宜しく、おじさん1


「…おっと、此処だな」

小さなメモを片手に、とある扉の前で立ち止まり、俺は一つ、深呼吸をした。
鋼鉄のドアには、『METEOR』と書かれた小さな看板が掲げられている。
駅から徒歩5分。緩やかな坂を上った先に建設された小さなビルの7階にある此処が、今日から俺の職場となる場所であり。古いからの友人であるアニエスが運営している、芸能プロダクションだ。
僅かばかり緊張した面持ちでチャイムを鳴らすと、扉の向こうから「どうぞ」という声が聞こえてきた。こちらが開ける前に、内側から開かれる。

「待っていたわ、鏑木さん」
「アニエス、久し振――…」

挨拶をしようとして、俺は一瞬、言葉を失った。アニエスのその美しさに――、というか、その派手さに。服装も、化粧もバッチリと決まっていて。
彼女は社長という肩書きを持っているのだ、これぐれいは当たり前なのだろうが。俺の見知っているアニエスは、もう少し、大人しい感じだった気がする。
声を掛けられずにいると、慣れた手つきで中へと招き入れられた。

「まぁ、入って。コーヒーで良いかしら?」
「…うん?あぁ」

案内されたマンションの部屋には、机が三つ。ベランダに面した所にもう一つ、机。少し大きめのデスクの上に、何枚かの書類が置かれている。恐らくそこが、社長であるアニエスの席なのだろう。それから、応接セットがあって…。芸能プロダクションと言うから、もっと凄いものを想像していたんだが。意外とこじんまりとした室内で、何と無く親近感がわいた。

「…今、私しか居ないの。生憎、皆、出払ってて。戻ってきたら、全員紹介する――」
「アニエスさんっ!」

突然背後から、バンという激しい音。何事かと、音のした方へ視線を滑らせると、こちらに向かってくる若い男が視界に映った。

「待ち合わせ時間を無視させられるのは、如何なものかと。こちらはすっかり待ちくたびれて…」

文句を漏らしていた青年は顔を上げると、こちらを見るなり、目を丸くした。来客がそんなに珍しいことだったのだろうか?それとも、俺の顔に何か付いてるのだろうか?

「………」
「…俺に何か?」
「いえ、別に…」

何でもないと言う割に、目の前の人物は俺から視線を反らそうとはしない。

「?」
「…丁度良かった」

そんな青年の視線に首を傾げていたら、アニエスは満面の笑みで俺を紹介してくれた。

「こちら、鏑木虎徹さんよ。私の古くからの友人なの。今日から此処で働くことになったから、宜しくね」
「…えぇ」

俺に向かって丁寧にお辞儀をすると、掛けていた眼鏡をくいっと上げた。
別段、驚いた様子がないところを見る限り、予め、俺が入ることは聞かされていたようだ。

「鏑木さん、この子はバーナビー。うちの事務所の稼ぎ頭なの」

こいつが此処の、稼ぎ頭――?
思ってもみなかった言葉に、俺はまじまじと相手を見つめる。
眼。鼻。口。そして輪郭、髪型。容姿に到るもの全て完璧で、おまけにスレンダーで長身ときている。同じ男として、何と無く悔しい気もするが、稼ぎ頭というのには、頷けた。


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