虹色の明日への番外編 | ナノ


色の明日へ
銀色と朝の逢瀬


※if設定。もしも6人+三成が落ちてきていたら。


 石田三成は、鍛錬を欠かさぬ男である。
 ひとつの事柄に囚われると他が見えなくなったり、疎かにしてしまうきらいはあるが、基本的にはストイックな人間なのだ。
 それは時代と世界を越えようが変わることはなく、夜も明けきらぬ朝方から、彼は家の庭で鍛錬を欠かさず行っていた。

「……はっ!」
 外からの死角となる庭の一角。ここであれば愛刀を振るっても構わないと、ゆずかから許しは得ている。
 あの“はたき”というやつも存外気に入っていた三成ではあったが、やはり刀を手にしている時が一番心が落ち着くような気がした。
「(……、やはり)」
 見られている。
 流れるような動作で刀を鞘におさめた三成は、ほんのわずかに首を動かして、肩ごしに二階へと視線を送った。
 ここ数日。三成がこうして鍛錬をしていると、二階からの視線を感じるようになったのだ。最初は風魔か猿飛あたりが自分を監視しているのかと考えたが、それとはどうも種類が違う。
「……よくも飽きないものだ」
 この羨望に似た眼差しは、恐らくあの幼子のもの。
 己の姿など眺めていても、何一つ面白いものはないというのに。その正体に気づいていながらも、三成が彼女に声をかけることはなかった。
 だが、ゆずかに見られていると知ってからはどうしてか、普段よりも鍛錬に身が入るようになった。それが何故なのか……残念ながら三成にはわからなかったけれど。
「……邪魔をしないのならば構わない」
 ため息混じりに呟いてから、三成は再びその鋭い刃を抜いた。

「……けほっ」
「どうした、風邪か?」
「ううん。なんでもない」
 朝食の時間。三成がリビングに入ると、軽く咳き込んだゆずかを片倉が心配していた。
「熱はないようだな」
「心配しすぎだよ、小十郎さん」
 額に触れる片倉に、ゆずかが苦笑を返している。そのやり取りをちらりと見やり、三成は鍛錬のことを思い出していた。
「(大方、薄着で私を眺めていたのだろう)」
 無駄な心配をかけるな、とここで怒鳴って自分を見るのをやめさせるのは簡単だったが、どうもそうする気にはなれなかった。
 然し、このままではいずれ風邪をひくかもしれない。どうしたものか、と三成は内心首を捻る。
「明日も……、見に来るのだろうか」
「ah?なんか言ったか石田」
「黙っていろ」
「なんでアンタはそんなに理不尽なんだよ……」
 呆れたような伊達のため息を受け流し、朝食が終わっても。三成はずっと考え込んでいた。

 からり。まだ薄暗い明け方に目を覚ましたゆずかは、ベランダへと繋がる窓を静かにスライドさせた。
 最近の日課である、三成の朝の鍛錬を眺める為だ。
「さむ……」
 ふる、と身体が震えるが、気にせずにベランダの冊から身を乗り出す。庭の片隅で、銀色の髪が朝日に照らされていた。
 初めは、純粋な興味からだった。
 幸村や政宗も鍛錬はするが、彼らは滅多に己の武器を使わない。自分に気を遣ってのことだとは思うが、だから、己の愛刀を振るう三成がゆずかにとっては新鮮だったのだ。
 躊躇いのない、真っ直ぐな太刀筋。キラリと輝く軌跡。薄暗闇の中で、舞うように銀髪を揺らす三成が、思いの外綺麗で目を奪われた。
「……かっこいい」
 ドキドキと胸が高鳴った。その姿をずっと見ていたいと思った。だから毎朝毎朝飽きもせず、ゆずかは三成を眺めている。
「……、あっ!」
 一心不乱に刀を振るっていたはずの三成が、突然こちらを振り向いた。隠れる間もなくばっちり目が合ってしまって、ゆずかにはばつが悪そうに小さく笑うしか出来ない。
「来い!」
「え?」
 ベランダの真下まで歩み寄ってきた三成が、鋭い声でそう言った。思わず首を傾げると、黙ってリビングの窓を指差すものだから、ゆずかは慌てて部屋に戻る。
「(リビングにこいってことかな?)」
 やっぱり叱られちゃうのだろうか。
 他の武将達を起こさないように、忍び足で階段をおりてリビングに入れば、庭と繋がる窓のところに、銀色の影が仁王立ちしていた。
「三成兄さま……、ごめんなさい」
「何故謝る」
「え、だって……」
「貴様が毎朝私を見ていた事については、叱るつもりはない」
「そうなの?」
「ああ」
 ならばどうして、とゆずかが訊ねる前に、大きな布がずいっと差し出された。
「タオルケット……?」
「身体を冷やすな。それをかけていろ」
「あ……」
 もしかして、昨日自分が咳をしていたから、心配してくれたのだろうか。
 照れたようにそっぽを向く三成に、タオルケットをぎゅっと抱き締めながら、ゆずかは柔らかく微笑む。
「三成兄さま、ありがとう」
「……貴様は礼を言いすぎる」
「お礼をいうのはわるいことじゃないって、小十郎さんいってたよ?」
「……ふん」
 その言葉を軽く笑い飛ばした三成は、再び庭へと戻っていく。それを追いかけて、ゆずかは縁側に腰かけた。もちろん、三成がくれたタオルケットでちゃんと身体をくるみながら。
「……そこで見ていろ」
「うん。これからも、見にきていい?」
「好きにしろ。ただし、体調を崩すな」
「わかった」
 それから鍛錬が終わるまで、三成がゆずかのほうを見てくれることはなかったけど。
 今日の三成は、今までベランダから眺めていた時よりも、一番かっこよかったなぁ、と。ひとつもぶれる事のない剣先を目で追いながら、ゆずかはそんなことを思っていた。


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