ゆめのあとさき | ナノ


 46


 この世界には時計がない。
 携帯でも見ればわかるのだけど、恐らく携帯は上着のポケットの中だろうし、元親さんの前で操作するのも憚られたので諦める。
 だから、きっちり一刻経ったのかどうかはわからないが、体感でそれなりの時間が経過した頃。毛利さんが再びやってきた。
「心は決まったか」
「はい」
 私の目の前に座っていた元親さんを邪魔だと蹴り飛ばし、優雅な所作で腰を下ろした毛利さんは、私を静かな眼差しで見据えた。
「協力します。瀬戸内の異変が解決するまで」
「だとよ、毛利。これでテメェも文句ねェだろ」
「……フン」
 起き上がった元親さんを睨み付け、毛利さんは鼻を鳴らす。私の答えに満足したかはわからないけれど、とりあえず不満はなさそうだったので良しとする事にした。
「これよりは、貴様も我が一手。応えてみせよ」
「努力しますよ」
 本当に、どこまでも居丈高な人だと思う。ため息を吐きながら、私は次の話を促した。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
「貴様、船には乗れるか」
「何度か乗ったことはありますが……あまり得意ではありませんね」
 あのぐらぐらと足元が定まらない感覚が苦手で、どうも船は好かない。もちろんそんな状態だから、酔う時もあるし、現代の船でそうならば、この世界の船なんかもっと厳しいだろう。
「なんだよ、五葉、船は苦手か?」
「広い海を、船の上から見渡すのは好きなんですけどね。長く乗ってるのは辛いです」
「ふむ……、ならば、誘き寄せるしかあるまい」
 ひとつ唸った毛利さんの言葉に違和感を感じた私は、首を傾げた。
「誘き寄せる……?何か、いるんですか?」
 黒い海の話は聞いたが、そこに何かが潜んでいるなんて話は聞いていない。そう問えば、毛利さんではなく元親さんが頷いてくれた。
「ああ、まァな。これは、五葉が俺らに協力するのを了承してから、話そうと思ってたんだが」
「目撃情報が上がっている。あの黒く染まった海から……、何かの影が追ってくると」
「影が……」
 黒に染まる海より現れる、漆黒の影。それは、周辺海域を航行していると、まるでその船を追うようにひたりと後ろについてくるのだとか。
「ある者は、あれは水竜の御使いだと申しておったが、実態は掴めておらぬ。しかし……」
「あの気味の悪ィ海から現れるんだ。そいつが今回の原因なんじゃねェかってな、俺と毛利は推測してる」
「なるほど」
 確かに、それは怪しい存在には違いない。魚が死滅する原因も、もしかしたらその正体不明の“何か”が住み着いてしまった事にあるのかもしれないし。……だが、ひとつ気になることがある。
「水竜の御使い、ですか」
「何ぞ、気になるのか」
「少し。……水竜、ということは、その影はの姿をしているんですね?」
「……左様。海の中で、光る何対かの眼を見たという者もいる」
「何対?一匹じゃないんですか?」
「そこまではわからぬ。だが、同様の情報がいくつか上がってはいる」
 わからない、と言葉にするのが悔しいのだろう。毛利さんの眼差しがどんどん冷たい光を灯していった。これ以上の情報は得られないか、と私はそこで質問を打ち切る。
「誘き寄せる作戦はあるんですか」
「フン、相手が化物ならば、餌を撒けばよいだけよ」
「俺が船で、あの海域に餌を撒きに行く。五葉は、毛利と一緒に陸でそいつを待ち構えていてくれ」
「そんな……、その作戦じゃ、元親さんが危険すぎます」
「ははっ、心配すんな。鬼は、蛇なんかに負けたりしねェよ」
 片目を細める元親さんには、自信が満ち溢れていて、余程船の扱いに自信があるのだろう、と私にも理解出来たから。それ以上、水をさすような事を言うのはやめておいた。心配にはかわりないけど。
「作戦開始は明朝。長曽我部、準備を怠るな」
「わァってる。……そんじゃ、俺は野郎共の様子でも見てくるぜ」
 毛利さんに睨まれて、肩を竦めた元親さんは、ひらりと手を振ると部屋を出て行ってしまった。
「(明朝……)」
 どんな怪物が待つのか。じわじわとにじり寄る戦いの予感に、私はひとり身を震わせた。


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