ゆめのあとさき | ナノ


 34


 はじめて迎えた奥州の夜は、甲斐よりもずっと肌寒かった。
 ちらちらと灯る篝火は静かで。ようやく、穏やかな安寧の夜が奥州に訪れたのだと、五葉はそっと息を吐いた。
「五葉殿、ここにおられましたか」
「……幸村」
 青葉城、眺瀛閣。辺りの風景を一望出来るこの場所から、五葉は異変が去った町並みをただ眺めていた。
「眠れませぬか」
「……眠る気になれなくて」
 活気づく奥州の民に当てられたか、初めての戦いを終えたことに高揚しているのか。それとも。
「一体、何者なのでしょうな……」
 隣に立った幸村が、ポツリと呟いた。
 義姫が語った、謎の僧。この日ノ本に異変をもたらしたと思われる、その誰かの事が気になって仕方なかった。
「水晶玉の欠片が残っていれば、少しは予想がついたかもしれないけどね」
「うむ。佐助や他の十勇士に探らせることも出来たのでござるが……、残念でござるな」
 死者を蘇らせたあの水晶玉は、五葉達が現世に戻ると同時に、跡形もなく消えていた。力を失ったから、塵となって砕けたのか。はたまた、それを渡したという僧のもとに戻っていったのか。
「私が、この世界に飛ばされた時……」
 あの時、私の手を掴んだあの男が、僧と関係がありそうな気がする。そう言えば、幸村はくっと顔をしかめた。
「五葉殿に、怪我を負わせた者でござるな」
「まあ、もうとっくに治ってるけどね」
「そういう問題ではありませぬ!女子に傷を負わせるなど、男子の風上にもおけぬ輩にござる」
「ほら、もう夜なんだからあまり大きな声出さないの」
「む……っ」
 自分のかわりに怒ってくれるのは嬉しいが。五葉が笑えば、幸村は慌てて口を押さえた。然し、すぐにその手を離し、じっと五葉を真剣な眼差しで見据えた。
「その者が、今一度現れた時には……」
「え?」
「いや、その者だけではない。例えどんな者が立ち塞がろうとも、某が、五葉殿を必ずお守りいたそう」
「……幸村」
「だから、どうか気に病まれずにいて下され」
「ありがとう。……心強いよ」
 明確な敵が判明した、ということは。いずれ戦いは避けられないということだ。
 既に生を終えた死者とではない。少なくとも生きて、血が通っている人間と、刃を交えなくてはならない。
 覚悟を決めていた筈なのに。迷う五葉の心を、きっと幸村は見抜いたのだろう。
「焦ることはありませぬ。ゆっくり、ゆっくり覚悟を決めればよいと、某は思いまする」
「そうだね。……もう一度、しっかり考えてみるよ」
 生者同士の戦い、刃を向けることの意味を。
「そういえば明日は、政宗殿が城下を案内して下さるそうでござるよ」
「あ、そうなの?」
「うむ。奥州には美味な甘味が多くあるゆえ、楽しみでござる!」
「幸村は、本当に甘いものが好きだね」
 奥州の甘味か。ずんだ餅とかそのへんだろうか?
 わくわくとした幸村の顔を見ていれば、曇っていた心が徐々に晴れていくような気がした。


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