ゆめのあとさき | ナノ


 31


「いくぜ、HELL DRAGON!」
「唸れ我が槍っ、火焔車っ!」
 政宗と幸村が放つ激しい雷撃と炎が、亡者達を片っ端から滅していく。
「お仕事お仕事、と!」
「政宗様に仇なす奴は容赦はしねえ。鳴神っ!」
 佐助に影を縫いつけられ、無理矢理に足を止めた亡者を、小十郎の雷撃が貫いた。
「Hum、五葉の言う通り、コイツらは婆娑羅の力に弱ぇみたいだな」
「そうみたいですね。刀や槍では、切り裂いても吹き飛ばしても、すぐに立ち上がり向かってくるばかりでしたが……、読みが当たっていて、安心しましたよ」
 この世界の名のある武将には、婆娑羅と呼ばれる属性の力が宿っているという。五葉が初めにそれを見たのは佐助が闇に溶ける姿であったが、それは雷であり、炎であり、風であり。万物を構成する元素たる力は、五葉が想像していたよりも、ずっと凄まじかった。
 先程、八握剣を握る亡者の手を貫いた、政宗の雷。直撃した場所から崩れ、塵と化した亡者の姿をみて、五葉は気付いたのだ。婆娑羅の力ならば、あの鏡から放たれる光のように亡者達を滅せるのではないか、と。
「安らぎの浄化とは、いかないでしょうが」
 苦痛ではあるだろう。炎も雷も、かの光のようにあたたかくも優しくもない。然し、望まぬ蘇りを与えられ、意思もなくただ虚ろなまま在るほうが、余程可哀想だと思ってしまうのは、五葉のエゴなのだろうか。
「五葉殿、気に病まれる事はありませぬ。義姫殿が持つ水晶を壊してしまえば、亡者達もまた安らかに眠れるというもの」
「そう、だね。……政宗公、片倉さん、お願いします」
「OK、俺に任せな」
「言われずとも、政宗様をお守りするのが俺の役目だ」
 頷いた二人が、同時に放った雷撃で、辺りに蔓延っていた亡者達は一掃された。

 そして、黄泉の狭間で、親子がようやく邂逅する。
「Hey 久し振りだな、mum。少しは気晴らしになったか?」
「戯言を。貴様を灰に変えるまで、わらわの気は晴れぬわ」
「HA!そうかよ。こっちもアンタに優しい言葉なんざ、期待しちゃいねぇけどな」
 刀を構えた政宗を、義姫は強く強く睨み付けた。そこには憎しみと……、何故だろう、僅かな哀しみが、五葉には見えた気がした。
「政宗……」
「……っ、どいてろ、父上」
「いいや。彼女をこれ以上傷つけることは、私が許さないよ」
 義姫のそばに控えていた輝宗が、彼女を守るようにその背に隠した。亡者とは思えぬしっかりした足取りで、恐らく生前と何も変わらぬであろう、穏やかな微笑みを湛えて。
「輝宗様、どうかおやめ下さい!この小十郎、貴方を斬りたくはありませぬ!」
「小十郎、君の今の主は政宗だろう?ならば何を躊躇することがある。好きなだけ私を斬るといい」
 凛とした声音で、そう言い捨てた輝宗は、腰にさした刀を抜いた。
「震えているね、政宗」
「……っく」
「あの日も震えていた。敵もろとも私を斬って捨てたお前が、涙を流していた事を私は知っているよ」
 一歩。抜き身の刀をぶら下げた輝宗が、政宗に近づいた。父の威厳に気圧されるように、軽く足を引いた政宗を見て、柔らかく笑う。
「私は、お前を恨んではいない。情けなくも人質となり、伊達家にとっての足枷となるならば、殺されるも本望」
「……恨んでいない、だと」
「ああ、恨んでいないよ。伊達家を守る為ならば、私の命など安いものだ」
 然し、と。笑みを深くした輝宗は、ゆっくりと刀を構えた。
「どうせ男に産まれたならば、愛する女(ひと)を守って死にたいと、誰でも一度は思うだろう?」
「!政宗様!」
「手を出すな、小十郎!!」
 がきんっ、と鋭い金属音が響き渡った。一気に間を詰めた輝宗は、素早い斬撃を絶え間なく繰り出していく。
「早い……」
「流石は竜の旦那の父上殿、って感じだねー。動きは優雅だけど、なかなかの腕だよ」
「しかし、あれでは……政宗殿には遠く及ばぬでござる」
 成り行きを見守りながら、三人は言葉を交わす。伊達家と関わりのない三人が出来ることは、こうして政宗と小十郎の身を案じることくらいだった。

「アンタにとっては愛する女でも、俺にとってはただの鬼にしか見えねぇんだよ!」
「自分を殺そうとしたからか?それとも右目を失った自分を醜い子と蔑んだからか?どちらも確かに弁護は出来ない、肩をもつつもりもないよ」
 剣撃が火花を散らす。独白のような輝宗の語りは、そんな中でも静かに静かに紡がれていく。
「だけどね、政宗、義姫も苦しんだんだ。病に冒された哀れな子を哀しんだ。腹を痛めて産んだ子が病に蝕まれる姿を見て、自分が政宗を産んだりしなければ、と。現実から逃げてしまう程にはね」
「……っ、下らねぇ!」
 雷を伴った太刀筋が、輝宗の肌を焼いていく。ボロボロとそれが剥がれ落ちても、彼は決して何も止めようとはしなかった。
「お前は義姫の想いを考えた事があるか?一度でも、慮った事があるか?政宗の事は、現実から逃げた己のせいだとしても、彼女は私を失った。お前にとっては父でしかないが、義姫にとっては唯一無二の存在であった私を」
「それ、は……」
「考えてみなさい、政宗。お前の母が、お前を心底憎むようになったのは、いつからだった?」
 お互いに距離を取った二人は、刀を下ろして見つめ合う。

 醜く飛び出た右目を母が見た日から。自分達はすれ違ってきた。蔑まれ、疎まれ、挙げ句の果てには毒殺されかけた。
 ……否、と政宗は小さく首を振る。確か自分が殺されかけるより前に、決定的に袂を別つ事になった出来事がなかったか、と。
「……父上を……殺した、からか」
 人質となった父を、政宗が討った。それを伝えた時の義姫の錯乱振りは、目に余る程であったという。
 既に会話を交わすことも、顔を合わせることもなくなっていた政宗は、それに対して何も思わなかったけれど。
 ――自らの愛した男を失った母は、あの日から鬼となったのか。
「先程も言ったね、私はお前を恨んではいない。然し、義姫はそう思わなかった。私の無念を晴らそうと、己の哀しみを晴らそうと、ただその一心で政宗を憎んでいた」
「……そう、だったのか」
「言う言葉は、わかるね?」
「……ああ」
 かちり。刀をおさめた政宗が、ゆっくりとした足取りで義姫に近づいていく。手を伸ばしかけた小十郎が、輝宗に静かに首を振られて、戸惑いながらもその手を下ろした。
 小十郎でさえも、彼らの間に介入する事は出来ない。これは、政宗自身が乗り越えなければいけない壁なのだ。
「……母上」
「……母上などと呼ぶでない。わらわは鬼。そなたが申す通りの鬼じゃ」
「だけど、アンタをその鬼にさせたのは、俺だったんだろ」
 眉を顰めて、寂しげに政宗が言えば、ようやく義姫の瞳が政宗の独眼を捉えた。
「父上を殺した事を……謝ることは出来ねぇ。謝れば、あれは間違いだったと認めることになる。あの日、あの戦いで散っていった兵達に、申し訳がたたないからな」
「……」
「けど」
 ぐっ、と拳を握り締めた政宗は、目をそらさずに言った。
「小次郎がいたとはいえ、旦那を失ったアンタを、独りにした事は悪いと思ってる。……俺も、支えてやるべきだった」
「ふん……そなたの支えなどいらぬわ。どのみち、輝宗様はもう、還って来ぬ」
 義姫の瞳から、憎しみの色が薄れていく。泣きそうに歪んだ顔で、彼女がそう呟いた瞬間。膝の上にあった紫の水晶玉に、ぴしり、と大きなヒビが入った。
「……私の愛しい義姫」
「輝宗、さま」
 いつのまにか、彼女の横に現れた輝宗は、今にも零れ落ちそうな涙を指先で拭って、微笑んだ。
「憎しみは、人を変える。私は、そんな醜い感情に支配された君の顔を、見たくはないよ」
「……っ!」
「笑っていてくれ、いつまでも。それが、私のただひとつの望みだ」
「は、い……」
 こくり、子供のようにしゃくりあげながら頷いた義姫の頭を撫でて、輝宗は立ち上がる。そして初めて、五葉を見た。
「貴女が、神に遣わされし娘か」
「……そう、呼ばれることもあります」
「そうか。手を出さずに、政宗を見守っていてくれてありがとう」
「いえ。お家騒動に、他藩の口出しは無用でしょう」
「なるほど。面白い娘さんだ」
 くすくすと優雅な笑い声をもらした輝宗は、ゆったりとした動きで両手を広げた。
「私を、浄化してくれないか、その鏡で」
「しかし、鏡は……」
「大丈夫、君も見ただろう、あの水晶玉にヒビが入ったのを。まもなく、この空間は崩れ落ちる」
「力が弱まっている今なら、浄化できると、言うことですか」
「その通りだ」
 輝宗に言われ、鏡を腰から外して手に取れば、確かに。微かな光がそこから漏れだしていた。
「輝宗様……」
「小十郎、政宗を頼むよ。あれはまだ若い、いつ暴走するとも限らないからね」
「はっ、この命にかえても」
 苦笑した輝宗は、次に幸村を射抜いた。
「真田家の幸村殿とお見受けするが?」
「いかにも。某は真田源次郎幸村と申しまする。しかし、何故某の名をご存知で?」
「こういった存在になると、少しだけ世の中に詳しくなるんだよ」
「さ、左様にござるか」
「これからも、政宗の良き好敵手でいてくれれば嬉しい」
「ご心配なされるな、輝宗殿。政宗殿の好敵手は、某にしか務まりませぬ」
「そうか。頼もしいね」
 満足げに頷いた輝宗は、最後に、ほんの少しだけ距離が近づいた親子を見て、目を細めた。
「多くは言わない。少々語り疲れたからね」
「ああ、……父上」
「伊達を頼む」
「……任せな」
 力強い息子の姿を眼に焼きつけるように、そっと目を閉じた輝宗が、五葉のほうを向いた。
 その姿を鏡に映し、五葉は願う。
 光を。この優しい父を、安らげる癒しの輝きを。
「……God be with you.」
 政宗がそう囁いた刹那、すべてを包み込むような清廉な閃光が、五葉達の瞼を焼いた。


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