雪月歌 | ナノ


「ねぇみつなりー、これなぁに?」
「知らん」
「知らんって、三成が買ってきたんでしょ」
「興味がない」
 わたしと三成の逢瀬は、いつもこの問答から始まる。
 テーブルの上には箱がひとつ。三成はいつのころからか、わたしの家を訪れるとき、こうして手土産を持参するようになっていた。
 それは食べ物だったり物だったり。三成の気分によって様々だ。
 興味がないと切り捨てるわりには、三成が持ってくる品々はいつもわたしのツボをしっかり刺激してくる。
「あ、ケーキ。しかもホールケーキじゃんこれ。食べきれるかなぁ」
「ひとりで食べるつもりか」
「え、だって三成は……」
 いつも食べないじゃない。真っ白ふわふわなホールケーキから三成に目を移すと、仏頂面の彼の手には銀色のフォークが握られていて。
「食え」
「むぐっ!」
 艶々の真っ赤な苺をぶっ刺したかと思うと、わたしの口に無理矢理押し込んできた。
 爽やかな香りと、甘いクリームの味が口のなかに広がる。
「なにす……、ぅえ?」
「……今日は、私も付き合ってやる」
 文句を言おうとすれば、三成はそれを遮るように、白いケーキを自分の口に運んだ。
「おいしい?」
「不味くはない」
 だけど美味しくもなさそうな顔をしながら、ケーキをほおばる三成に、顔がいやでもほころんでしまう。
 どういう風の吹き回しなのか。そんな気紛れな彼だから、惹かれているのも事実で。
「どうした」
「んー?」
「ひとりで食べるな。私にも食わせろ」
「えぇ……」
 あれからフォークが動かなかったから、本当に付き合ってくれただけなのだと判断して、ひとりで食べ進めていれば。黙って眺めていた三成が、不満そうな表情で口を開けた。
 入れろってか、そこに。
「はい、じゃあ、あーん」
「……黙って差し出せ」
 突き出したフォークに、三成がぱくりと食いついた。
「今度は美味しい?」
「……悪くはない」
 不味くはないと、悪くはない。どちらも似た言葉だけど、こっちのほうが三成にとっては評価が上だとわたしは知っている。
「千歳、」
「なーに?」
「遅い。早く食い進めろ」
「そんな急かさないでよー」
 何度か三成にも差し出しながら、仕方なくハイペースで食べ進めていると。
 突き刺していたフォークが、ちょうどケーキの真ん中でがつん、となにかに衝突した。
「……なにこれ」
 透明な板で出来たそれは、そのまた中にある、小さな桃色の箱を汚さないように覆っているようだった。
 急いでケーキの壁を切り崩して、その小さな箱を取り出せば。わたしの行動を見ていた三成が、やわらかく微笑った。
「開けてみろ」
「……うん」
 ぱかり。微かに甘い香りが移ったそれを開けば、そこには銀色に輝く指輪がひとつ。
「……気に入ったか」
「これ、三成が……?」
「私以外に、誰が貴様に指輪を贈るというのだ」
「そう、だね」
 自信たっぷりに宣言されて、わたしは頷く。そうだね、そんな相手は、三成しかいない。
「……指を貸せ」
「ん、」
「そちらではない」
 戸惑い気味に右手を差し出せば、握られたのは逆の手で。わたしの手を取った三成は、やさしい手つきで、薬指に指輪をはめてくれた。
「以後、これを外すことは許さない」
「え、寝るときも?」
「そうだ」
「お風呂入るときも?」
「そうだ」
「でも、なくしちゃうかもしれないし……」
「その時は、何度でも買い与えてやる」
「えぇー……」
 そんなの悪いじゃん、と呟けば、三成はゆるく首を振って、わたしを真っ直ぐに見つめた。
「私がそばにいない時は、この指輪が千歳と共にいる」
「……」
「だから、……決して外すな」
「わ、かった」
 いつでもそばにはいられない自分のかわりに、と。そう言ってくれるなら、わたしはもうこの指輪を外したりしないだろう。

「千歳、」
「え?」
「……誕生日おめでとう」
「……ありがと、三成」
 覚えてなんてくれてないと思っていたのに。こんな風にされるから離れられなくなるのだ、と。そんなことを思った、とある冬の日。

きみが産声を上げた日

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