bocca chiusa
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Goodnight, My Love


 後ろ手にドアを閉めて、上着を脱ぎ捨てた。ゆるゆるのシャツに着替えて、やたら広いベッドに寝転がり、天井を見つめる。


 流星街のアジトの一角。ぽつん、というかどーん、とベッドだけが置かれているこの部屋は、みんななんとなく「仮眠室」と呼んでいた。オレが1人寝るのに広すぎるのは、このベッドをフランクリンや……かつてウボォーギンも使っていたからで。


 ヨークシンではいろいろなことがありすぎた。
 4人、居なくなった。


 いつまでもこのままで居られるはずもない。明日をも知れぬ世界で生きてきて、同じ明日がやってくると信じていられるほど甘くもないはずだった、それでもその不在が堪える。まあ、そんな中でもヒソカはどっちでもいいと言えばいいけど。そう思って、少し笑った。それでも、いろいろな理由込みでなら会いたいことには変わりない、かな。


 寝返りを打ち、目を閉じる。と、がちゃ、と誰かが扉を開けた。


「あ。先客」


 パジャマに着替えた、シズクだった。


「ごめんシャル。邪魔しちゃったね」
「いいよ。シズクも寝るならこっち使いなよ。どうせ場所は余りまくってる」


 オレはベッドの片側に寄って、シズクのために場所を空けてやった。二人横になって、天井を見つめる。シズクが今何を考えているか、なんとなくわかる気がした。
 目を閉じて考えるのはあなたのこと。
 今、どこで何をしているかもわからないあなたのこと。


「静かだね」
「……そうだね」


 たったそれだけの会話がとても重かった。横目でシズクを見ると、薄暗がりの中、それでも目をぱっちり開いて中空を見ている。何の感情も読み取れないのが、逆にホッとして、もう一度目を閉じた。シズクが言ったようにとても静かで、時折外から強い風の音がし、トタンの吹き飛ばされていく音が遠く聞こえた。


 こんな夜に、あなたはどこで眠っているのだろう。
 オレたちが、こんなふうにあなたの帰りを待っていることを知っているだろうか。


『シャル、コルトピと代われ』
『OK』


 こんな会話が、最後だった。
 あの時はこんな事思いもしなかった。せめて、せめて一言、あの夜……あなたと離れる前に、もっと話しておきたかった。あなたに会えなくなるとわかっていたのなら、聞いてみたかったことも山程あるというのに。


 と、いきなりばたんと扉が開く。
 入ってくるなり、奴は素っ頓狂な声を上げた。


「うおっ!誰が居るのかと思ったら!」
「フィンクス、うるさい……」
「全くだよ。ここ、寝室なんだけど?」


 フィンクスは見るも可哀想にうろたえて、ぶんぶん首を振った。


「い、いや。邪魔したな。他意はない。申し訳ない。まさかおまえらが……」
「あたしたちが、どうしたの?」
「あ、あの、だからその。スマンかった」


 しどろもどろのフィンクスに、おもわず笑ってしまう。


「別にオレとシズクはそういうのじゃないから。気にしないで」
「“そういうの”ってなに?」
「あのね、フィンクスは、これから俺とシズクがセックスする、もしくはしてたんじゃないかと思ったんだよ」
「シャル!お、お前……!!」


 目を白黒させて飛び上がるフィンクス。
 うーん、期待通りの反応は楽しいね!


「違うの?フィンクス」
「そういう露骨な表現すんじゃねー!」


 でも、シズクは不思議そうに首をかしげる。


「えー?あたしシャルとはなんにもしてないよ、フィンクス」
「だよねー」
「二人掛かりでオレをからかうなっ!」
「そんなことより、何しにきたんだよ」


 引っ張るのもめんどくさくなって水を向けてやると、フィンクスはハッとして肩を落とした。


「いや、オレも寝ようと思ったんだ。でも誰が居るのかなと思って」
「じゃあフィンクスも一緒に寝る?シズク、空けてやって」
「まだ入れるし、いいよ。はいどうぞ、フィンクス」


 シズクが枕をずらし、ベッドをポンポンと叩いた。


「ちょ、ちょっと待った。シズクが真ん中でいいのか?」
「え、はじっこは嫌なの?」
「フィンクスは真ん中がいいのか。両手に花がご希望ですね」
「お前自分が何言ってんのかわかってんのか、シャル?」


 オレはのそっと起き上がって、枕がわりにクッションを一つ追加した。ここまでやってやるのもかったるいが、面白いからまあいっか。


「どうでもいいけどさ、さっさとしなよ。オレたちとにかく眠いんだから」
「ほら、フィンクス。まんなか空けたよ?早く入って」
「オレは逆に目が冴えちまったぜ……」


 ぶちぶち言いつつ、あわあわしつつ、フィンクスはシズクに引っ張られてベッドに寝転がった。やれやれ。


「なんか、こういう童話なかったっけ。寝床に次々仲間たちが入ってきて、ついに壊れちゃう話」
「あたし、しらない」
「お前がネットかどっかで読んだんじゃないのか。それとも団長が持ってた古い本とか」


 ……団長。


 オレたちはシンとなった。
 外の風の音が、さっきよりずっと強く窓を叩く。大粒の雨の吹き付ける音がする。空き缶の転がる音もやけに派手に響く。全部集まって轟音になり、吹き荒れる嵐になる。


「こんな夜だけど。団長もどこかで、静かに眠れているといいね」


 今ここで全員が思っていることを、シズクがそっくりそのまま言ってくれた。オレたちはすぐに応えはしなかったけれど、それで良かった。みんなが同じ気持ちだっていうことが、お互いにわかっていれば、たったそれだけでも。


「明日でも、あさってでも。一ヶ月後でももっとかかっても……」
「団長だって、わかってるさ。オレたちが待ってるってこと」


 オレが呟くと、フィンクスが上手にオレの言葉を拾って繋げてくれた。胸が痛い。


「そうだよ、シャル。泣かないで」
「えっ、シズク、オレ泣いてないし」
「泣きそうじゃねーか」


 フィンクスがオレの頭をぐりぐりかき混ぜる。痛い。シズクがくすくす笑うのが聞こえる。胸が痛い。


「わかってるよ、団長は」


 何かが頬に触れた。
 シズクが起き上がり、フィンクス越しにオレに手を伸ばしていた。オレは自分の頬が濡れているのに、そこでようやく気がつく。二人の手にぺたぺた触られ、オレは恥ずかしくて、くすぐったくて身をよじった。


「ねえ、シャルがまんなかの方が良くない?」
「いや、いいし!オレはここで!」
「遠慮すんな。ほらこっち来いや」


 今度はオレがフィンクスに無理やり引っ張られる。変なことになったな、と思う間もなく両側から手が伸びて、オレの両の手をやさしく包む。
 温かかった。
 ……とても、温かかった。


 3人手を繋いで、また天井を見つめる。


「大丈夫。団長は、きっと帰ってくるぜ。いくら待たされるか、わかんねーけどさ」


 言葉が胸に沁みる。あ、これ、今日はなんか泣いてもいいかな、と思う。たぶん今泣いても、二人は黙っていてくれるだろう。でも、だからこそ、ここで泣かなくてもいいような気もする。目を閉じると、両手の体温が心地よかった。二人の気遣いが、嬉しかった。


「おやすみ、シャル」
「とっとと寝ちまえよ、シャル」


 願わくば。
 素敵な夢と深い心地よい眠り、そしてオレたちの想いがあなたのそばにありますように。
 そして、明日があなたの上にも明るく晴れて、そして、そして……そう遠くない未来が、あなたをここへ連れて来てくれますように。


「おやすみ。シズク、フィンクス」


 そしてありがとう、と心の中で付け加えた。

元ネタ:“Goodnight, My Love” by Jesse Belvin
https://youtu.be/OJwLFtGDWXQ ←by Paul Anka

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(c)ソト@bocca chiusa

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