痛いんだってば。
ホームに帰るなり、シャルナークはカウチに沈みこんだ。目をつぶって、ピクリとも動かない。おい、シャル。と声をかけても返事もしないんで、オレはつかつか近づいてシャルの顔を覗き込んだ。
「どうした?シャル」
「……どうもしない。顔近いよ、離れて。フィンクス」
まだ、目を開けもしない。イラっとくるより先に、どうも気になった。
「お前、平気か?」
肩もだらんと落ちて、足を投げ出して。こんなだらしのない格好を晒すやつじゃないのに。両手もガラ空きだ。
「お前、そういえばケータイどうした」
「充電中」
短く答え、それでようやく目を細く開け、かすかに首を振った。
「いいからさ、オレのことはほっといてよ」
「もしかして、傷口から毒でも入ったのか?」
「まさか。そうだとしてもこのオレが、みすみす毒を回らせる訳ないだろ。解毒方法なんていくらでも知ってる」
ま、そりゃそうだが。
「でも、さ……」
「とにかく、構わないで」
「そうは言ってもさ。あ、そうそう、今フェイタンがメシ作ってるんだ。シャルも食うだろ?」
「悪いけど、要らない。動きたくないんだ」
シャルはまた目をつぶってしまった。
「オレはいいから、行きなよ。なんか良い匂いしてきたし。作ったのにフィンクスが来ないなんてフェイが怒るよ、可哀想に」
オレはシャルをまじまじと見た。確かに怪我はしているが、包帯巻いて済む程度。顔色も悪いわけじゃない。でも、こんなシャルは初めて見る。
「なあ、お前……そんなに蟻に苦戦したの?」
「そんなわけない。速攻で殺った。当たり前だろ」
即座に否定される。たしかにあの時はシャルもすぐに来た。それは真実なんだろう、けれども。
「本当は動きたくないんじゃなくて、動けないんだろ?」
「……うるさいな」
シャルはゆるゆると腕を上げて、肘で目を覆ってしまった。てことは、図星か。
「どんな奴だったんだ。強かったのか?」
少し首を傾け、シャルはしばらくの間、言葉を選んでいた。
「強くは、なかった。でも、相性が悪かったかな。お互いにね」
「お互い?どういう意味だ」
「相手も操作系でね。そういう意味ではやりにくかったよ。双方手の内丸見えだから」
そこでシャルは腕をずらし、オレをちらっと見て、ニヤリとした。
「強化系だったらもっと楽だったかもね」
「なっ、なんだよそれ。オレとやんのか?」
「もう、すぐそういう短絡的なこと考える!」
シャルはやっとこ表情を崩して、げらげら笑う。
「あのね、オレ、フィンクスのそういうとこ大好きだよ」
「ふざけんな!オレがせっかく」
心配してやってたのに、とわめこうとしたその時、キッチンの方から声が聞こえた。
『炒飯作たよー、食べたい奴は来るねー!』
『はーい!』
『オレも食うわ』
『ボクもいい?』
あっちはにぎやかだね、とシャルは微笑んだ。
「ほら、フィンクスも行きなよ」
「……うん、ああ」
そうだな、それならこうしてやろう。オレはシャルの肩をポンと叩いた。ちょっと嫌な顔をされたけど。
「ここへ持ってきてやる。腹減ってんだろ」
「いいってば。正直言うよ、腕を動かすのも億劫なんだ」
そうまでなるって、どういう念の使い方をしたんだ?とふと聞いてみたくなったが、たぶんシャルは言わないだろう。というか、聞かない方が良さげだ。知られたくない、または知らない方がいい技の一つや二つ、だれにでもある。でも知りたい……が、オレは、とりあえず頭を切り替えた。
「なあ、『フェイが可哀想』だろ?せっかく作ってくれたんだから。本当はあいつも、帰ってからお前の動きがなんかぎこちないって気にしてたぜ?」
「……ほっといていいのに」
「あのな、そんなこともう言わせないからな」
オレは勢いよく立ち上がり、ばんと手を叩いた。
「よーし、待ってろ。オレとフェイで食わせてやるから、お前は大人しく“あーん”すりゃいい」
「嫌だよ、そんなの!」
「いいから観念しな。オレのこと大好きなんだろ?」
オレがウインクしてみせると、シャルが盛大に吹き出す。
「フィンクス、壊滅的にウインク似合わないね!腹筋痛くて笑い死にしそうだよ」
「そうか。じゃあ死ね」
笑い転げるシャルに捨て台詞、でもオレは最高に満足だった。さて、フェイを呼んでくるかな。オレは早速部屋から飛び出した。