▼ 02
「っ」
泣きじゃくる俺の前に影が落ちる。誰。
慌てて涙を拭おうとした手を優しく掴まれた。すぐ後に聞こえる声。
「…傑」
そこには姉さんの本当の弟で、俺のもう一人の幼馴染でもある人物が立っていた。
「っ、あら、た」
びっくりした。誰か別の人だったらどうしようかと。みっともないことには変わりがないが。
「馬鹿じゃん。急に抜け出すなよ」
「ごめ…っ、でも」
「分かってる。見たくないんだよね」
新太の問いかけにこくりと頷く。
情けなくてごめん。未練がましくてごめん。でも今は、純粋な気持ちのまま笑ってなんていられない。
「…まだ姉ちゃんのこと好きだったの」
「まだって、いうか…」
姉さんのことを好きじゃなかった時期がないんだ。いつか俺も彼女のことを忘れる日が来るのかな。それすらも想像できない。
「はぁ」
彼は短く溜息を吐くと、ぼろぼろと泣く俺の横に腰を下ろした。
「俺のことはいいから…戻りなよ」
「別にいい。俺みたいなガキなんていてもいなくても一緒だし」
いやそんなことないと思う。きちんとセットされた髪やスーツのおかげで、今日の新太はまるで別人のようだ。高校生には見えないよ。
「ひっどい顔」
「う…」
「この後食事会あるのに、目腫れたらどうすんの」
考えてなかった。姉さんが不審に感じたらどうしよう。感動して泣いたって言えば信じてくれるかな。
新太がハンカチを出して、ぐいぐいと乱暴に俺の顔を拭う。はっきり言って痛い。
「い、ひゃい」
「…」
「あらた?」
「…なよ」
「え?」
何だろう。よく聞こえなかった。首を少しだけ傾げて聞き返すと、彼は真っ直ぐな瞳でこちらを見据えた。
「勝手に一人で泣くなよ…っ」
「あら…」
た。
呼びかけようとした声が喉の奥に消えて行く。
「え、な、なに」
ぎゅっときつく抱きしめられて、突然のことにただただ驚くことしかできない。
壊れ物を扱うような手つきで背中を撫でる新太。…慰めようと、してくれているのか。
俺の方が年上なのに。ごめんね新太。子どもでごめん。
今の俺は、欲しかったものが手に入らなくて駄々を捏ねてるだけだ。何の成長もしていない。ずっと同じ場所で立ち止まって、そこから動こうともしない愚か者だ。
でもね、姉さん。俺は真剣に貴方のことが好きだったんだ。
姉さんにとって俺は、新太と同じでただの弟だったかもしれないけど。俺は一度も姉さんのことを「姉」だなんて思ったことはないよ。
「ありがとう、ごめん…離して。スーツ汚れるから」
じわりとまた涙が滲む感覚がしてそう言うと、何故か彼は余計に抱きしめる腕に力をこめてきた。
「嫌だ」
「?」
嫌って、言われても。スーツを汚しちゃう方が嫌だよ。何言ってんの。
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