DOG | ナノ


▼ 01

「結局、国内になったんでしたっけ」

俺の言葉に、二年生の学年主任である教員が頷く。彼はこの学校に勤めて数十年という古株である。担当教科は現国で、同じ国語教師としては話す機会も多い。

「えぇ、最近はテロなんかも多いでしょう。わざわざ危険を冒してまで海外に連れて行くのもねぇ。我々も責任はとれませんし」
「なるほど」

もっともだ。

「生徒にしてみれば不満もあるかと思いますが、私としてはこのままずっと国内にしてほしいところです」
「海外と国内じゃ気構えが違ってきますしね」

いいじゃないですか、と俺は言う。

何の話かというと、今月半ばに予定されている修学旅行の話である。

この学校では二年生が例年一月に一週間の修学旅行に行くことになっている。通常、行き先は海外だが、今年度は今述べたような理由で国内旅行に決定したらしい。

「この季節は冷え込みそうですけどね。冬の京都には行ったことがないので、実はかなり楽しみです。やっぱり金閣寺でしょうか」
「嵐山温泉も有名ですよ」
「あぁ、いいですね」

特に旅行をしたいという欲が湧いたことはないが、彼の話を聞いていると確かに冬の京都は少し魅力的に思えた。

「是非楽しんできてください」

修学旅行は来週月曜からの予定となっている。次に生徒たちが学校に出てくるのは再来週になるわけだ。

そのときになればまたうんざりするほどくだらない話を聞かされることになるのだろう。誰に、とは言わないが。

「お土産話、楽しみにしてますから」

土産、とはよく言ったものである。それを本当に楽しみにしている自分に気がついて零れた笑いを、会話に紛れ込ませることで誤魔化した。



――その次の週、何故か俺は京都へと向かう新幹線に揺られていた。

まさか、こういう展開になるとは。

旅行に同行するはずだった教員が一人、体調不良で来られなくなってしまった。その教員は担任を持っているわけではなかったし、一人欠けるくらいなら問題ないだろうという意見もあったのだが、やはり念には念をという。生徒たちの安全を考えるにあたり、人員が欠けるのはやはりよくない。

ということで、急遽俺がその教員の代わりとして駆り出されることになったのである。

「急なお願いで大変申し訳ありませんでした。助かりました」
「とんでもないです。これも仕事のうちですから。僕は他の先生よりも授業を持っているクラスも少ないですし」

申し訳なさそうに頭を下げる学年主任に、俺は慌てて首を横に振ってみせた。

「むしろ先生と話してから冬の京都に行ってみたいなと思っていたところなので、丁度良かったかもしれません」
「そう言ってくださるとありがたいです」
「基本的には打ち合わせの通りでいいんですよね」
「そうですそうです。藤城先生は修学旅行の引率は初めてですか?」
「いえ、前の学校にいたときにも何度か」
「でしたら大丈夫ですね」

一週間よろしくお願いします、と言う彼に合わせ、こちらこそと俺も頭を下げる。

――それにしても。

朝、集合場所で俺の姿を見つけたあいつの顔といったら、面白いことこの上なかった。

今すぐにでも話しかけたい、という様子でこちらを見てくるので、あえてその視線に気づかないふりをした。

大方「なんで先生がいんの?一緒に来るの?やった!」と一方的に捲し立てるだけだろう。そんなのは鬱陶しい。うざい。いちいち聞くな。黙って察しろ。

ただ、九条が浮かれるのも仕方がないというのも理解はしている。

なにせ、一週間もの長い時間一緒にいるのは初めてなのだ。これまでは精々二日間。それも人に見つからないようにほとんどが俺の家で、だ。

まぁ堂々と一緒にいられるのが一週間もの長い時間になったからと言って、何ができるわけでもないのだが。そもそもする気もない。こんな大勢の目のある中で、そんな危険を冒すバカがどこにいる。

「先生!」

……ここにいた。

いつの間に移動してきたのか、九条がにこにこと満面の笑みで俺の席の横にやってきた。

「待ってよ徹平。ちゃんと席についてないと怒られるよ」

しかも余計なおまけまでつけて。

「ちょっと話するだけだって。すぐ戻るから、司は戻ってていいよ」

九条の一言に市之宮は一瞬拗ねたような表情をしたものの、すぐにそれを引っ込めていつもの顔になる。俺が言えた義理ではないが、そこまでして押し隠そうとしなくたっていいのにと思う。ガキはガキらしく素直でわかりやすくいりゃいいものを。

「戻らない。俺も先生と話したいことあるし」

俺ダシに使うな。いいから戻れ。

「大人気じゃないですか、藤城先生」

何も知らない他の教員たちは、こちらの様子を微笑ましく見守っているようだった。何が大人気だ。ちっとも嬉しくない。むしろこのクソガキ共を引き受けてほしい。

「藤城先生は本当にたくさんの生徒に慕われていて……教師の鑑みたいな方ですものね」

耳障りな声が聞こえてきて、俺は一層頭を抱えたくなった。

そうだ、中津川も二年生所属の教員だった。当然今回の旅行にいないわけがない。

「今回、藤城先生に同行していただけて大変心強いです。一週間、頼りにしていますからね」

どう考えてもその顔は「折角俺のいないところで九条くんを独り占めできると思ったのに、余計な真似をするな」と言っている顔だ。取り繕えてないぞ二重人格女。

「先生、後で写真撮ろ」

そんなくだらないことをわざわざ言いに来たのかお前は。帰れ。

「ほら、早く席に戻ろう徹平」

いいぞ。頼むからこの浮かれ野郎を早く連れて行ってくれ。

「藤城先生、お茶はいかがですか?」

誰がお前の持ってきたお茶なんか飲むか。どうせ怪しいものでも入っているに決まってる。

――俺は早くもこの場所にいることを後悔し始めていた。

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