▼ 02
私の考えていることが伝わったのか、彼は顔をしかめた。
「君は勘違いをしている」
「勘違い、ですか」
「俺が女の子をはべらせていると言った」
「はぁ、言いましたね」
「それは違う。はべらせてなどいない。ただ話をしているだけだ」
「話?」
「彼女たちはいろんな話を俺にしてくれる。どれもほかでは聞けないような話ばかり。今はやりの服の話、好きな男のタイプ、おいしいパスタ屋の話エトセトラ、だ」
「…そういうのが面白いんですか?」
「いや別に面白くはない。でもわざわざ遠ざけることでもないだろう。自分の知識が広がると思えばいい」
「女の子は別に好きではない、と」
「人並みには好きだ。でも研究の方がよほど興味をそそられる」
変な人、と思わず心の声が漏れてしまう。
想像していたところとは全く別の場所に位置している人だ。人を見かけで判断してはいけないって、こういうことなのかも。
…名前くらい、いっか。
「百瀬です。百瀬凛」
「百瀬くんか。俺は瀬戸亮一」
「知ってます」
「あぁそう」
これが、瀬戸さんとの初めての会話だった。
それからは大学の中でもよく話すようになって、仲がいいと呼ばれる関係になるのにそう時間はかからなかった。
彼は天然というか本当に研究にしか興味がないような人で、イケメンの無駄遣いだと何度思ったことか。
でも私は、そんな彼に惹かれていくのをはっきりと自覚していて。
別に付き合おうとか、そういうことは考えなかったけれど。このままなんとなく一緒に仲良くやっていければいいなと気楽に思っていた。
それが、まさか。
「百瀬くん…君のお兄さんを、俺にくれないか」
「はい?」
「ほら、その…この間、夜遅くまで飲み会があったとき、迎えに来てくれてただろ?それで、ひ、一目惚れしたっていうか…」
「一目惚れ!?」
「こんなことは初めてなんだ…君にしか頼めないんだよ。どうしていいか分からない。胸が苦しい」
「瀬戸さん…もしかして、同性愛者だったんですか…?」
「いやちがう、と思う…女性とお付き合いしたこともあるし」
開いた口がふさがらない、とはまさにこのことではないだろうか。
「無茶なことは重々承知だ。百瀬くん…頼む」
「…」
どうして、どうして私じゃダメなんですか。律と私、顔は同じなのに。
そんな汚いことを思う自分がいて、慌てて頭を振った。駄目。瀬戸さんが私を頼ってきてくれるんだから、それで十分じゃない。「特別」なことには変わりないじゃない。
「分かりました。でも…私にとって兄はすごくすごく大事な存在なんです。変なことしたら、例え瀬戸さんでも許しませんよ」
「…ありがとう」
大好きな兄と、大好きな瀬戸さん。二人が幸せなら、それでいい。
*
「はー…あんなこと言うつもりなかったのにな…」
リビングのドアを乱暴に閉めながら、ぽつりと一人呟いた。
律、すっごく困った顔してた。ただえさえあの人は優しいんだから、私が瀬戸さんのことを好きだなんて言ったら、きっと自分は身を引こうとするだろう。
…瀬戸さんのこと、好きなくせに。見てれば分かるよ。
私のことなんか気にしないで、強引に奪っちゃうくらいの勢い見せてよね。
「さっさとくっついちゃえ」
本当に世話の焼けるお兄ちゃんめ。私がいないとなーんにもできないんだから。
いいんだよ。私はもっといい女になって、瀬戸さんよりもずーっとずーっとイケメンな男の人を捕まえるから。
だから、律。お願い。あんなひどいこと、もう二度と言わないでよ。
「律のばーか」
瀬戸さんのこと、好きって認めなよ。
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