▼ 01
最初はただの先輩だった。ゼミの中ではかっこいいと評判だったけれど、私はそれほど興味があるわけでもなく。
彼の周りにはいつも女の子がまとわりついていて、むしろイメージは悪かった気がする。
下手に仲良くして女同士のいざこざに巻き込まれるなんてごめんだ、と遠巻きにさえしていた。
それが変わったのは、ゼミで行った合宿のとき。
「…」
眠れない。少し夜風に当たるために外に出てきた。ぼんやりと月を眺める。部屋は…なんとなく戻りたくない。今は一人がいい。
律、今頃何してるかな。もう寝てるかな。
電話をしてみようかと思ってみたけど、やめた。いいや。いきなり電話なんかしたらきっと心配するだろうし。
あてもなくぶらぶら歩いていると、後ろから肩を掴まれた。思わず体が強ばる。
「おい」
「…な、なんですか」
振り向くとそこには噂の彼がいた。…やだな。誰にも会いたくなかったのに。
「こんな時間に出歩いたら危ないだろ。家はどこだ。送ってやる」
「…」
貴方と同じゼミなんですけど。そりゃ特別目立っているわけでもないし、人数も多いから名前くらいなら覚えてなくても当然かもしれないが。顔は認識できるだろう。
むっとしたのが表情に出てしまったらしい。瀬戸さんは少し困ったように眉を下げる。
「いろいろ事情はあると思うが…でも夜に一人でうろつくのは良くない。危険だ」
「瀬戸さんだって一人じゃないですか」
「俺は男だから…って、どうして君が俺の名前を知っているんだ?」
「私、超能力があるんです」
「えっ」
「人の名前がすぐに分かっちゃうんですよ」
「ほ、本当か!」
何故信じる。
「すごい。初めて会った。超能力か…」
キラキラした眼差しで見つめられ、耐え切れなくなった私は種明かしをした。彼はホッとしたような、でもそれでいて残念そうな溜め息を吐く。
「なんだ…そうとは知らず、失礼なことをしてしまったな。申し訳ない」
「いえ」
「人の顔を覚えるのがどうも苦手で…とくに女の子は」
「たくさんはべらせてるくせに?」
「はべらせてる?」
いつもいつも女の子に囲まれてへらへらしてるじゃないですか。あ、なんかやだな。私すごい嫌味な女だ。
「…モテモテじゃないですか、瀬戸さんは」
「そうか…?別に普通だと思うけど」
「別に謙遜しなくてもいいですよ」
「…」
じっと顔を覗き込まれる。彼の整った瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていて、動けなくなってしまった。
「どうして怒っているんだ?」
「え」
「眉間に皺が寄ってる」
私、怒ってた?
「何か気に入らないことをしてしまったなら謝る。すまない」
分かんない。でも、何だかイライラしてしまっていたのは事実だ。
…人に当たるなんて、最低かも。瀬戸さんが悪いわけじゃないのに。
「ごめんなさい。嫌な態度でした」
「…?」
「私、瀬戸さんのこと苦手なんです」
「苦手?」
何か言葉を発する度、彼は不思議そうに首を傾げる。本当に訳がわからないといった表情。
「いつも女の子と一緒だし…なんていうか、だらしがない人だな、と」
「なるほど」
「でも貴方のことが苦手なのは私の勝手であって、貴方には関係の無いことです。ごめんなさい。失礼なのはこちらでした」
「…」
ぺこりと軽く頭を下げる…と、それを突然撫でられた。
「君の名前を教えて欲しい」
「え…」
「あ、別にやらしいことを考えているわけでもないので安心してくれ。第一俺は今好色なことに興味はない」
真剣な表情。嘘をついているようには到底見えない。…まぁ、そうよね。私みたいなやつに声をかけなくたって、彼の周りにはもっと可愛い女の子がたくさんいるもの。
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