▼ 05
ぐすぐすと本気で泣き出した俺に気がついたらしく、奴が目に見えて狼狽えだした。後ろから性急な手つきで指が抜かれる。
「あの、瑞貴サン…?」
「…しね、うぅ…」
「え…マジ泣き…?」
「しね!!!」
「痛っ」
拳でその薄い胸板を叩く。ドン、と鈍い音と共に小さく悲鳴が上がった。ざまあみろである。
「うっ、う…」
「…」
「ひ…っ、く」
一度勢いがついたら中々止まらないのが涙だ。二十代半ばの大の男がこんな馬鹿みたいな理由で泣いているのもどうかと思うが、しかし実際泣けてくるのだから仕方がない。
後から後から零れてくる水滴を手の甲で拭いながら、ただひたすらに泣き続ける。
「…瑞貴」
やっと聞こえた自分の名前。ほっとすると同時に怒りが沸々と湧いてきた。
「俺、俺、何回も謝ったのにぃ…っ、なのにお前が」
「ごめん。ちょっと調子乗った」
「うるさいっ!絶対許さん!」
枕を手元に手繰り寄せて泣き顔を隠す。見えなくなっても、ひふみが焦っている気配が手に取るように読み取れた。
「み、瑞貴」
「…」
「瑞貴、ごめん」
「うるせぇ」
「ごめん」
…そんなしおらしい声出しても駄目なんだからな。今日という今日はとことん反省してもらわないと困る。
大体最近いつもいつもいつも人の反応を面白がって焦らすようになったのも気に入らない。そういうのじゃなくて、俺はもっとこう…甘やかされたいというか。
…何言ってんだ気持ち悪い。
とにかく、生半可な謝罪じゃ俺の怒りは治まらない。
「ごめん、瑞貴」
「…」
「顔見せて」
「…いやだ」
治まらない、けど。
「瑞貴」
「…」
…はぁ、もう。俺も大概こいつに甘い。
「…」
何度も何度も名前を呼ばれるものだから、耐え切れずに枕の端から顔を出してしまった。まだ涙の残るぼやけた視界の中で、そっと視線が合う。
「うっ」
ぎゅう、と枕ごと抱きしめられた。苦しくなって呻き声が漏れる。
「瑞貴、ごめん。もうしないから」
「…ほんとかよ」
「本当。絶対。だから泣くな」
「泣いてねぇ!」
鼻を啜りながら何を言ってるんだと思われるかもしれないが、俺にもまだ男としてのプライドというものがあるのだ。
名前を呼んでほしい。もっと甘やかしてほしい。なんてそんな理由でぼろぼろと涙を零したなんて、例えそれが事実であったとしても認めたくはないのだ。
そっと枕を顔から退ける。そしてその背中に手を回して抱きしめ返した。
「…泣いて、ない」
「うん。ごめん」
あやすような優しい口付けが、額や頬に繰り返し降ってくる。ひふみはその度にごめんと謝罪の言葉を口にした。
「…もういい。分かったから」
「ん、ごめん」
ちゅ、と軽いリップ音が響く。目尻に溜まった涙を舐められ、冷めかけていた熱が再び戻ってくるのが分かった。
「ごめんな」
「だからもういいっつってんだろ!」
「痛っ」
べしんと手のひらで頭を叩く。
「あ、謝るのはもういい…」
背中に回していた手を移動させ、その二の腕を掴んだ。仕草だけで俺が何を言いたいかが伝わったらしい。ひふみはじっと俺の顔を見つめ、口元を緩ませた。
「…ん?」
「だ、だから…その」
「言って、瑞貴」
…どっから出してんだその声。優しいお前なんて気持ちが悪い。
気持ちが悪い、のに。
「…続き、しろよ」
もっと甘い顔をしてほしい、なんて思ってしまう俺がいるのだ。
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