毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 01

「ん、んっ、あぁ…っ、んぅ、ふ…」

朝から晩まで仕事をして、身体は疲れている。家のベッドに寝転んで思いっきり眠りたい。なのに、どうしてこの男に抱かれることを許容しているのだろう。

身体の中を満たす強い快楽。心の奥底で湧き起こるなんとも形容しがたい気持ち。二つの矛盾する気持ちが並存している状況を扱う術を、今の自分は知らなかった。

「小山」

口付けの合間、挿入の間際、律動を繰り返す間、絶頂の瞬間。津々見は度々小山の名前を口にした。

意味なんてない。自分と彼が身体を重ねるのは、純粋な快楽のためだ。小山は名前を呼ばれる度に心の中で言い聞かせる。そうしないとおかしくなってしまいそうだった。

「小山」
「や、やめ…っ、ん、ぁっ、もう、もう…っ」

やめろ。呼ぶな。これ以上おかしな感情を抱かせるな。

「やめないよ」
「い、やだっ、やだ、ぁ…ッ、ひっ、んんんっ!」
「やめない。だって本気で嫌じゃないでしょ?」

もし今一つだけ願い事が叶うならば、すぐにこの関係を断ち切ってしまいたい。そしてできれば時間を巻き戻してもらいたい。

――この男は自分を本気で好きなのではないか。そんな錯覚をしてしまう前に。



「…はぁ、出張ですか」
「うん。急で悪いんだけど平気?」
「大丈夫です」
「まぁ俺も行くから安心して」

ぴくりとこめかみの辺りが引きつった。目敏く気がついた津々見が不敵に笑う。

「露骨に嫌そうにするね」
「…どうして自分と課長なんですか」
「重要な取引先が相手だから。優秀な部下を連れて行こうと思って」
「…」

自分はどう考えても人受けするようなタイプではない。重要な取引先との会議が目的ならば、もっと他に適任者がいるはずだ。以前ならばなんとも思わなかったが、今は少々事情が違う。

「仕事だよ」
「分かってます」
「ならどうしてそんな顔するの?」

分かっている。これは仕事だ。勝手に疑って予防線を張るのはらしくない。だがそこにどうしても仕事以外のものを感じ取ってしまうのを、気のせいだと片付けるにはあまりにも軽率すぎる。

「期待してるのなら喜んで応えるけど」
「結構です」
「つれないなぁ」
「職場で変なことを言わないでいただけますか」
「職場でセックスしてるようなやつに言われたくない」
「…」

至極真っ当な指摘を返され、それ以上何も言うことが出来なかった。

――そして有無を言わさず話は進み、小山は津々見と二人きりで出張に行くことになったのである。

「とりあえず先方に伺うのは明日ってことになってるから、今日はゆっくりしてくれていいよ。長時間移動で疲れたでしょ」
「分かりました。チェックインしてきますね」
「よろしく」

移動には新幹線を使ったが、お互い自分のパソコンで作業をしたり本を読んだりで、なんだかんだでそれほど会話をせずに済んだ。ほっと胸をなでおろす自分に気がついて、小山はまた頭を悩ませる。

ここのところ、津々見に振り回されっぱなしだ。向こうは振り回しているつもりなど毛頭ないのかもしれないけれど。関わらないでおくのが一番なのに、彼はそれすらも許してくれない。

悶々とした気持ちを抱えながらもチェックインを済ませ、ルームキーを受け取る。そこでふと、渡された鍵が一つしかないことに気がつく。

「あの、二部屋予約したはずなんですが」

小山の申し出を受け、すみません、とフロントの女性が手元のパソコンを確認する。

「確認させていただきましたが、確かに二名様一室でご予約をいただいております」
「…」

――今すぐにこの場所から逃げ出したくなった。

受付の女性に非があるはずもなく、小山はそれ以上追及せず素直に引き下がった。

非があるとすれば、間違いなく。

「課長」
「あぁ、終わった?じゃあ行こうか。何階?」
「どういうおつもりですか」

手の中にあるルームキーを押し付け、津々見を睨む。

「どういうって…何が」
「同室だなんて聞いてません」
「経費削減だよ。その方が安くつく。男女ならさすがに別室にしたけど、男同士なんだから別にいいじゃない。何か問題でもある?」

大ありだ。

津々見も自分もノーマルではない。ましてや既に何度も何度も身体を繋げているというのに、男同士だから問題ない、なんてよくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだ。

「…やめてください、こういうの。仕事とプライベートの区別もつかないんですか?」
「少なくとも小山よりは区別してるけど」
「どの口が、」

津々見の手が小山の手首を掴む。込められた力の強さに顔を顰めると、津々見はいつものように笑いながら言った。

「“仕事で”一緒のホテルに泊まるのに、なんで襲われる心配してるわけ?」
「…っ」
「小山の方がよっぽど公私混同してるんじゃない?」

痛いところをつかれ、ぐっと押し黙る。今のは完全にこちらがしくじった。津々見の方が一枚上手だ。

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