エゴイスティックマスター | ナノ


▼ 01

エバーラスティング・ラブを読んでいた方がわかりやすいかと思います。読まなくても一応大丈夫です。


こんにちは。私、伊原と申します。本日はお屋敷ではなく、空港からのご挨拶です。

「じゃあ、行ってくる」

たくさんの人が行き交う搭乗ロビーで、坊ちゃんは私を振り返りました。その手には大きなスーツケースが握られています。

「えぇ。お気をつけて」
「必ず連絡する。電話も手紙も」
「お待ちしています」
「伊原」

はい、と返事をすると、人前だというのに彼は私の額に口付けてきました。

「離れていても、僕の心はいつもお前の傍に在るからな」
「…はい」

――そうして彼は、海の向こう、遥か遠く、海外へと飛び立っていったのです。



バン、と玄関のドアが大きな音を立てて開きます。私は目を疑いました。そこに立っていたのは、現在留学中の望坊ちゃんだったからです。

「出かけるぞ」

彼は私のスーツの襟を掴んでそう言いました。

「えっ、ぼ、坊ちゃん!?貴方、大学は!?」
「少し早めに切り上げて帰ってきた」
「大丈夫なんですか!?卒業できなくなったりは…」
「しない。僕を誰だと思っている」
「…いつ帰ってきたんです?」
「昨日」
「昨日!?」
「父にはもう話は通してある。お前も仕事のことは気にしなくていい。さぁ乗れ」
「あの、待っ…」

ぐいぐいと見慣れない車の助手席に押し込まれたかと思うと、なんとその横の運転席には座ったのは坊ちゃん本人です。私は驚いて固まってしまいました。

「貴方が運転なさるんですか?それにこの車は…」
「僕の車だ」
「いつの間に!聞いてませんよ!」
「さっき買った」
「さっき!?」

そんな「新しい洋服を買った」みたいな気軽な感じで、とんでもないことを報告しないでください。

そうこうしているうちにも、みるみるうちに屋敷が遠ざかっていきます。何が何だかわかりません。

「一体どこに行くって言うんです…」
「旅行、だ」
「旅行?どうしてまた急に」
「行きたくなったから」
「例によって私の都合は考慮してくださらないんですね」
「お前の言うことを聞いていたら、いつになるかわからんからな」

こうなってしまえばもう何を言っても無駄です。文句を言うのを諦め、大人しくシートに背をもたれかけました。運転をする彼の方に視線を向け、その綺麗な横顔をじっと眺めます。

――本物だ。本物の坊ちゃんが、今ここにいる。

「なんだ、そんなに熱心に僕を見つめて」
「…いえ…」
「僕の美しさに見惚れたか?」
「違います!」
「図星だな」
「う…っ」

だって、仕方ないじゃありませんか。もう随分長い間お会いしていないんですから、そりゃ見惚れもします。言い当てられて罰の悪い私は、ぷいと顔を窓の外へ視線を背けました。

「…聞きたいことが沢山あります」
「あぁ、僕もだ。だがそれは目的地に着いてからにしよう」

それもそうだ、と思います。少し頭の中を整理する時間も必要です。

「到着まで少し時間がかかるから、寝ててもいいぞ」
「大丈夫です。起きてます」
「そうか。じゃあ一度やってみたいことがあるんだが」
「なんです?」
「フェラチオをしてくれ。このまま」
「わぁ、なんだか今日は車が多いですね。平日なのに…」
「無視するな」
「無視させてください」
「お前のテクニックに翻弄され多少ハンドルを持つ手が震えるかもしれないが大丈夫だ。事故は起こさないと誓う」
「誓わなくていいです。絶対にしませんから」
「冗談だ」
「…」
「車内でのよくあるエロシチュエーションを体感してみたいという己の欲望を、ついうっかり口に出してしまっただけだ」
「そんな欲望は一生胸の中に留めておいてください」

溜息を吐く私に、坊ちゃんはじゃあ、と言葉を続けます。

「赤信号の度にキスを交わす、というのはどうだろう」
「周りに見られたらどうするんです。丸見えですよ」
「別に構わない」
「私は構います」
「いやなのか」
「…いやではないですけど」
「なら、問題ないな」

丁度そのときタイミング良く…いや、タイミング悪く赤信号に遭遇してしまいました。坊ちゃんはハンドルを握っていない方の手で、私の顎をくいと掴みます。

「ほら、伊原。お前も顔を近づけてくれないとキスができない」
「…」
「早くしないと信号が変わってしまう」
「…もう…」

運転席の方へ身を乗り出し、軽く触れあわせるだけの口付けを一回。唇を離して見る彼の顔は、満足そうに輝いていました。

「ただいま、伊原」
「…おかえりなさい、坊ちゃん」

己のしたことの恥ずかしさに項垂れる私の横で、坊ちゃんがはははと軽快に笑いました。



彼の言う「目的地」に辿り着いたのは、もう日も暮れてからのことでした。

「お待ちしておりました、西園寺様。本日は遠いところをありがとうございます。お部屋にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

綺麗な女将さんと愛想よく会話を交わしスタスタ歩く坊ちゃんの後ろを、キョロキョロと辺りを見回しながらついて行きます。何度か名を耳にしたことのある有名老舗旅館でしたが、実際に訪れるのは初めてのことでした。

おまけに案内された部屋は本館からは少し距離のある離れです。ここに一泊するのに一体どれだけの金額がかかってしまうのだろう、と想像してみましたが、恐ろしくなってすぐにやめてしまいました。

「夕食はお部屋でとのことでしたが、何時頃にいたしましょう」
「あぁ、もう少し後に。先に風呂をいただくことにするから」
「かしこまりました。それではどうぞごゆっくり」

優美な仕草で礼をして女将さんが去っていったその瞬間、坊ちゃんの肩をガシリと掴みます。

「ちょっと!!いきなりこんな場所に連れてきてどういうおつもりですか!!」
「旅行だと言っただろう」
「まさか行き先がこんな高級旅館だとは思わなかったんです!ほんの少し遠出する程度だと思っていたんです!」
「いいところだろう。料理も美味いし、源泉かけ流しの温泉もある」
「…温泉?」
「夕食のときには、特別に取り寄せた酒を用意してもらう手配もしてあるからな」
「お酒…」
「たまには二人でゆっくりするのも悪くないとは思わないか?」

自分の欲に負けた私は、はい、と頷きました。我ながら浅はかとは思いつつ、そんな風に甘い言葉をかけて誘われてしまっては抗うことなど出来ません。全くこの人は私のツボをよくわかっていらっしゃる。

温泉。お酒。最高じゃないですか。

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