エゴイスティックマスター | ナノ


▼ 念ずれば花開く

僕には忘れられない人がいる。まぁ僕の心にいるのはたった一人なので、忘れられないといってもその人物を指すことになるのだが…なんというか、彼は彼であり彼ではない。

何を言っているんだと思うだろう。しかしこう言えば皆納得してくれるはずだ。

それはつまりにゃはらのことなのだから。

「…よし」

枕の下に、以前ハロウィンの仮装で伊原が着けていた猫耳のカチューシャを挟み、僕はふうと息を吐いた。これで今夜の夢にはきっと彼が登場してくれる。実に古典的なおまじないだ。

あのときの伊原…いや、にゃはらは最高だった。艶めかしい色気、快感に貪欲な身体、本物の猫のような鳴き声。夢の中での出来事だったとはいえ、僕の心を捉えて離さない。

もう一度だけでいい。もう一度にゃはらに会いたい。そして出来ればセックスをしたい。いや出来ればではなく是非ともしたい。

「何がよしなんです?」

そんなこちらの野望など知るよしもない伊原は、ベッドの上で鼻息を荒くしている僕を見て不思議そうな顔をした。全く相も変わらず可愛らしい恋人である。彼は僕を煽る天才ではないかと常々思う。

「何でもない。さぁ寝るぞ伊原。こっちに来なさい」
「…なんだか鼻息が荒くありませんか」
「気のせいだ」
「はぁ。まぁ良いですけど…」
「おやすみハニー」
「誰がハニーですか」
「いい夢を見られるといいな」
「そうですね」

いそいそとベッドに潜り込んでくる伊原を抱きしめ、僕は期待に胸を膨らませながら眠りに落ちていった。



「…ちゃん、坊ちゃん」
「んん…?もう朝か…?」

白く霞がかった視界。ぼんやりとする思考の糸を手繰り寄せ、掠れた声で返事をする。

部屋の中はすっかり明るくなり、朝日が差し込んでいた。どうやら夢も見ないままに夜を明かしてしまったらしい。

…くそう。やはり駄目だったか。しかし僕はまだ諦めないぞ。何度だって挑戦し続けてやる。にゃはらに会うまで。

「…起きる気力をなくしたから、もう少し寝る…」

自然と落ちてくる瞼。幸い今日は休日のはずだ。少しくらい寝坊をしたって構わない。未だ腕の中にある伊原の髪に鼻を埋め、柔らかなまどろみに身を任せかけようとしたその時。

「にゃ…にゃあ」
「!?」

ばちり。目を見開く。

「坊ちゃん、ちゃんと起きてくださらなきゃさみしいですよ」
「にゃ…にゃはら!?」
「はい」
「どどどどどうしてにゃはらが…!!!」
「貴方が私に会いたいと願ったからです」

なんと。やはり僕の思いは間違っていなかったのだ。

その頭には髪の毛と同じ色をした真っ黒な耳が付いている。どこからどう見てもにゃはらだ。僕が望んだにゃはらだ。

僕はドキドキしながら手を伸ばす。眠気など何処か彼方に消え失せてしまった。

「んっ…」

すりすりと耳を指で撫でてやると、彼はくすぐったそうに身を捩る。口から甘い吐息が漏れ、その艶やかな色気に身体が熱くなるのが分かった。

「坊ちゃん、ん、く、くすぐったいです」
「気持ち良くない?」
「きもちいい、です、けど…わぁっ」

そのまま手を下降させ、尻をまさぐる。なんとにゃはらはズボンを履いていなかった。ドエロい。しかしどんなに探してみても、あの柔らかな尻尾が見当たらない。

「尻尾がないぞ」
「えっ、あ…あの、そういうときも、あるのです」
「そうか…残念だ」
「…」

失礼いたします、と彼が腕の中から抜け出す。そしてどこかへ消えてしまった。何だ何だ。というかお前は下半身丸出しでそんな…眼福眼福。ありがたいにも程がある。身体を起こし、ベッドの上に座って待つ。

暫くして戻ってきたにゃはらは、手に何か卑猥なモノを握っていた。

「こ、これを…」

頬に紅を乗せ、手に持ったそれを僕に差し出す。

「…尻尾だ」

尻尾というか、尻尾を模した大人の玩具だ。

長い黒の尻尾の根本に、丸い小さな球体がいくつも連なってくっついている。所謂アナルパールというものだろう。

「どうぞ、あの、それを尻尾の代わりに…」
「お前…!!!」
「ひっ!駄目ですかやはり…!」

僕は感動した。にゃはらのいやらしさにだ。こんなものを自分で入れてくれと申し出るなんて…あぁ、もう…なんということだ。勃起が止まらない。

興奮した僕は、彼の身体をこちら側へ引き寄せ、熱い熱いキスをした。抵抗されることもなく、すぐにもたれかかってくる。

「んっ、ふぁ…んぅ、う」
「にゃはら、可愛いぞ…」
「あ、んん…やっ、そこは…」

舌を絡めながらも手を進めていく。尻の間に隠された小さな蕾を指でなぞれば、腕の中の身体がぴくぴくと痙攣した。やはり快感には滅法弱いようだ。

「ここに尻尾を入れるんだろう?こんなに小さくてはきっと痛いはずだ。ゆっくりほぐさなければ」
「ん、んん…ッは、はい、お願いします…」

お願いします、だと。普段の伊原は絶対にこんなことは言わない。にゃはらのこの素直さの10分の1でいいから見習ってもらいたいものだ。

いやでもあのツンツンしながら僕を罵る姿も愛しくはあるのだが。僕は結局伊原が伊原であるならばなんでもいい。全て愛せる。

「んにゃっ、ぁっ…ふ…あぁ、あっ!」

たっぷりと潤滑油で濡らした中指の先端を潜り込ませる。柔らかくて温かい内壁がきゅうきゅうと吸い付いてきた。

にゃはらはベッドの上に座る僕に、前からしがみついてくる。本物の猫のように擦り寄りながら吐き出される息が、首筋に当たってぞくぞくした。

「んう、は、あ…っぼっちゃん、ゆび、ゆびが…あぁっん、ん!」
「そうだな。指だな」
「もっと、んぁっ、もっとしてください…ふ、ぁあっあ、きもちい、きもちいです」

今すぐ叫び出したい衝動に駆られる。世界中を駆け回ってこの男の可愛さをアピールし、尚且つこれが僕のものであることを見せつけて自慢したい。あぁもう、なんというかただひたすらにイヤラシイ。

にゅぷにゅぷと小さな水音を響かせ、丁寧に丁寧に中を慣らしていく。早く早く入りたいと急く気持ちを必死で押し殺した。そんなことをしたら確実にすぐ達してしまう。誰が?言うまでもなく僕がだ。

「あっあっあっ…ん、やぁ、あっ、そんな…ぐちゅぐちゅしないで…」
「くっ、なんだその舌っ足らずな擬音語は…狙っているならタチが悪いぞ!」
「ん、こ、こっちのタチはいいですけどね…」
「…」

つん、とその細い指が僕の股間をつつく。それだけで射精しそうになったのを隠すため、余裕そうな笑みを浮かべた。実際はもういろいろ限界である。

「とうとう親父ギャグか…?三十路手前を自虐としてネタ化するんじゃない」
「そんなつもりは…っ!!」
「お前はいくつになっても可愛いよ」

ふにゃりとにゃはらの口が緩む。

「か、可愛くなんて…ないです…」

照れているらしい。

「照れてないですからね!!」

見透かされているのが恥ずかしかったのか、彼は隠れるようにして僕の下半身に顔を埋めた。

「…ご奉仕しても?」
「…勿論」

大歓迎である。

最近気がついたのだが、伊原は僕のものを舐めるのが好きなようだ。以前は完全に受身だった彼が、こうして自分から望んで何かをしてくれることが嬉しい。一方通行ではないということを実感出来る。

にゃはらも同じく口淫が好きなのか。夢とはいえ現実とよくリンクしているな、と自分の脳に妙な感動を覚える。

「ん…」

彼は控えめな喘ぎを漏らしつつ、僕のズボンと下着をずらす。そして取り出した性器に舌をぺろぺろと這わせた。その姿はまさに猫そのものである。

「ん、ん、かたひれす…」
「あぁ…早くお前の中に入りたいよ」

柔らかな快感に身を委ねそうになって、ふと思い直した。まだお楽しみが残っている。このアナルパールだ。

幸いなことににゃはらは目の前の行為に夢中で、僕がこのいやらしい玩具を手にしていることに気がついていない。溢れ出そうになる笑みを噛み殺し、揺れる尻たぶをさわさわと手のひらで撫でまわす。

「ふ…っぁ、あ、ん、ん」
「もっと深く咥えられるか?」
「んぐっ、は、はい…」

ずちゅッ

「んにゃぁぁぁぁ…ッ!?」

命令に従おうと彼が口を開いた瞬間、一気にその玩具を根元まで突っ込んだ。甲高い悲鳴が上がり、弓のように背中がしなる。

「…イったのか?」

かと思えばガクリと身体が崩れ落ちた。はぁはぁと荒い吐息の音が響く。…これは確実に達したな。にんまりと口角が上がるのが分かった。

「はぁ…っあ、な、なに…を…」
「そろそろ尻尾を生やしてやらねばと思ってな」
「いきなりなんて…ひどいです…」

怒る姿も愛らしい。何だかひどくムラムラした気持ちになって、力が抜けて起き上がれないらしいにゃはらの顔にペニスをぬらぬらと擦り付けてみる。

「あ…」

反射で口を開けるのがたまらない。この男は本当にいちいちツボを突いてくるのだ。

内心メロメロの僕は、彼にもメロメロになってもらおうと優しく微笑んだ。

「そんなにコレを食べたいか」

ん、と甘く鼻を慣らすにゃはら。自ら僕のペニスに愛おしそうに頬ずりをしている。それに煽られ、お尻に埋められた尻尾を少しずつ動かし始めた。

「んっんんぅ!は、ぁ…っあ、あ、あぁ…!」

ひとつ、またひとつとパールが抜ける度にビクビク跳ねる身体。さすが猫。しなやかで柔らかい。

「こんな玩具に感じるなんて、お前は本当にいやらしい猫だ」
「んぁぁっ!あっ、ごめ、ごめんなさい…っ、坊ちゃん…ふ、は…いやらしい伊原は、お嫌いですか…?」
「愛しているよ」

ぐちゅぐちゅと中をかき混ぜながら愛の言葉を囁く。僕が伊原を嫌うことなど未来永劫ありえない。伊原を愛していることは僕のアイデンティティであり、僕が僕であるための証だ。

…ん?ちょっと待てよ…?

「今、伊原と言ったな?」
「えっ…あ、ち、ちちちちがいます…にゃはらです!にゃはら!」
「…」
「あっ、やだ」

耳を引っ張る。ポロリと簡単に取れてしまった。これは僕が眠る前に枕の下に挟んだカチューシャでは…?

「伊原…」

なんということだ。僕が今まで夢だと思っていたこの淫らな行為は現実で、乱れに乱れまくっているこの男はにゃはらではなく、伊原本人だったのである。

うううう、とにゃはら…もとい伊原が半泣きで唸った。僕はというと、予想だにしない展開に鼻血を噴き出しそうになっている。

伊原が、伊原が、あんなにいやらしく乱れていたというのか。

「い、伊原、お前…なんでにゃはらのふりなんか…」
「だって、だって、こんなものを大事にしているのを見せられたら、仕方ないじゃありませんか…っ!」

こんなもの、とはカチューシャのことだ。どうやら眠っている間に彼に見つかってしまったらしい。

「私より、にゃ、にゃはらの方がいいんでしょう…だからっ、貴方に喜んで欲しくて…」

――いつか僕は伊原に殺されるかもしれない。

なんなんだお前は。心臓が止まるかと思ったぞ。萌え殺す気か。

「伊原」

ふわりとその身体を抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。そして力の限り抱きしめた。

「伊原、僕の伊原」
「…」
「お前は勘違いをしている」
「…勘違い?」
「僕がにゃはらの夢を見たいと思うのは当然のことだ」

伊原がむっと口を尖らせる。

「にゃはらはお前の一部だろう?僕は伊原の全てが好きなんだ。顔も、性格も、身体も…全て。世界で一番好きな男と夢で会いたいと願うのは、当たり前のことだ」

片時も離れていたくない。例え意識の中だとしても、僕は永遠に彼を独占したい。ずっと、ずっとだ。余すことなど許さない。

「それに…にゃはらの方がいいだなんて僕が一度でも口にしたことがあるか?」
「いいえ…」
「そりゃあお前よりにゃはらの方が素直だよ。セックスのときに素直に気持ちいいと言われるのも嬉しい。だけど」
「…だけど?」
「意地っ張りで天邪鬼なお前が、僕はとても愛おしい」

つまり何度も言うが伊原が伊原であるならばなんでも良い。僕の最初で最後の恋なのだ。

「…望、さん」
「ん?」
「ヤキモチ妬いて、ごめんなさい…」

ぎゅう、と伊原がしがみついてくる。

「大歓迎だよ。お前の可愛いヤキモチなんて、いくらでも受け止められる」

だから安心して妬け、と笑うと、彼は何故か顔を赤くした。

「あの、あの、坊ちゃん、私」
「なんだ」
「玩具じゃなくて、貴方のお、おちんちんが、欲しいです…」
「!!!」

い、伊原が淫語を。

「んぁぁぁっ!」

興奮した僕は耐えきれず、一気に尻尾を引き抜いた。その刺激で再び達した伊原が、とろとろと白濁を吐き出す。しかしそれに構っていられるほどの余裕は既に無い。

「…入れるぞ」
「うん、ン…早く、早くください…も、欲し…あっあぁっ!!」

座ったまま下から突き上げた。硬く熱くなった性器は、何の抵抗もなく 彼の中に埋まっていく。

「んっんぅ、ふぁ、ああっあっ…ん!」
「にゃあ、だろ?」
「やぁっ、やです、そんな…は、んんっ、はずかし…ひぁぁっ」
「さっきまでにゃあにゃあ鳴いていたじゃないか」

性急な腰つきでピストンを開始させれば、伊原はガクガク震えながら嬌声を上げた。達したばかりの内壁が、搾り取るように収縮する。

「んにゃあっ、あうっん、んっんっ…にゃっあぁ…ッ」
「ふ…可愛いぞ、僕の伊原」

命令通り猫のように鳴くが、恥ずかしくてたまらないのか、彼は顔を真っ赤にさせて僕の肩口に突っ伏した。耳元でくぐもった声が聞こえる。

「にゃうっ、あッ、んんん…!坊ちゃ、はぁっ、あ、好きって言ってください、んっあぁ、あっあっ」

うっ、そんな…そんな可愛いおねだりをされたら、達してしまうじゃないか。

「うううう…」

僕は唸った。必死に射精を我慢した。

「あぁっん、坊ちゃん、お願い…っ!言って、言って」
「イって?」
「ちがっ、ます…んぁぁっ、あっもう、もう、だめ…ん、ふっあぁぁぁっ」

啜り泣きながら縋りついてくる彼の姿は、最早凶器である。ぐっちゅんぐっちゅんと一層激しく腰を打ち付け、何とか先にイかせようと踏ん張った。

「ひぁぁぁっ、あっあっあっ、も、いく、いく…!!」
「イくときは…っ何と言えば良いんだ?教えただろう?」

伊原が口を開く。

「え、えっちなぁ…えっちな伊原に、望さんのおちんぽみるく、かけてくらさい…っ、んんんんん――ッ!!」
「あっ、もう出る…!」
「んにゃぁぁぁぁッ」

びゅる、と先端から勢い良く吐精していく感覚。その刺激で再び達した彼が、甘く声を漏らしながら擦り寄ってきた。可愛い。可愛くてたまらない。力いっぱい抱きしめてやる。

「伊原」
「んぁ、は、はい…」
「お前はそんなに僕のことが好きか」
「…はい…」
「僕がお前を好きな気持ちは、お前が僕を好きな気持ちの10倍はあると思うから、安心しろ」

ふんっと勢い良く鼻息を吐く音がした。

「…坊ちゃんのばか!おたんこなす!」
「えっ、僕は茄子じゃなくて人間だが」
「私の方が好きに決まっています!絶対負けません!」
「…いいや、僕の勝ちだ」
「私です」
「僕だ!!!!」
「私です!!!!」

なんという馬鹿げた言い争い。これではまるでバカップルだ。互いの気持ちの大きさを競うなど、どこまでいっても終わりの見えない迷路と同じではないか。

僕は彼を愛していて、彼も僕を愛している。それが真実で、その真実さえあれば僕は生きていける。

「…」
「…伊原」
「はい」
「キスしろ」
「はい、坊ちゃん」

とろけるような口付けを交わしながら、僕はこれからもたまににゃはらごっこをしてもらおうとか、アナルパールは次も使おうとか、そんなくだらないことに思いを馳せた。

end.

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