▼ 01
こんにちは。私、伊原と申します。
西園寺家に仕える執事である私の仕事は、お屋敷の掃除、洗濯、食事の準備など多岐にわたります。
その中でも最も大きな役目というのが、坊ちゃん…西園寺家の次男である、望様のお世話をすることなのですが。
今夜だけ、とある大きなパーティに参加される智様のお傍につくことになったのです。
「…坊ちゃん、まだ拗ねていらっしゃるのですか」
「拗ねてなどいない。怒っているのだ」
「仕方ないじゃありませんか」
「仕方ないだと!この僕を放っておいて!あの変態男をとることが!仕方ないだと!」
変態は貴方でしょう。
「今夜だけですよ」
「放っておけばいいじゃないか!僕と一緒に居る方が何倍も有意義な時間だろう!」
「有意義ではありません。非生産的ではあります」
「大体あの愚兄はいい年して一人で出かけることもできないのか!」
「パーティです。遊びに行くのではありません。大切な社交場です」
「お前は僕の世話係だ!僕の傍から離れるなんて許さない!」
彼があんまりにも怒るので、私は困ってしまいました。こんなにも腹を立てている姿は見たことがありません。
「坊ちゃん、怒らないで」
「怒るよ!!!!!!」
「坊ちゃん」
地団太を踏む坊ちゃんの手を、そっと握ります。
「坊ちゃん、私は…貴方のお傍に必ず帰ってきます」
「伊原…」
「そのときは、どんなに私を独占なさっても構いませんから」
彼の指で、誘うように自分の唇をなぞりました。ごくり、と彼の喉が動きます。
「伊原、そんないやらしい顔をして…あぁもう!」
「この続きは、坊ちゃんがいい子になさっていたら許して差し上げます」
うううう、と唸り声が聞こえました。
「…分かった。早く帰ってこい、僕の伊原」
なんてチョロいのだろう、と思いました。
*
「相変わらずだなぁ望は」
「むしろ幼い頃の方が聞き分けが良かった気がします」
「あいつは執着型だからな。面倒なのに気に入られて、お前も大変だろう」
「はい。とても」
会場へ向かう車の中、私が昼間にあったことを話すと、智様は笑います。坊ちゃんによく似た切れ長の瞳です。
「まぁ望もあと2年もしないうちに高校を卒業するし、そうなれば解放されるだろう」
彼の言葉にハッとしました。そうです。お世話係は坊ちゃんが高校を卒業するまでの話で、大学生になれば私はただの雑用係になるのです。
現に、大学生でおられる智様にはお世話係がもういません。
「…そう、ですね」
「どうした。そんな寂しそうな顔をして。やはり子どもの頃から連れ添った主人と離れるのは、嫌か?」
心臓がきゅうっと苦しくなったので、素直にこくこく頷きました。ここには坊ちゃんはいませんし、意地を張ってもしょうがないのです。
智様はそんな私を見て微笑み、そっと髪を撫でてくれました。
「よしよし。そうだよな。寂しいよな」
「坊ちゃんには、内緒にしてください」
「分かってる。もう着くから、そのしゅんとした顔をなおしなさいね」
「はい。すみません」
私としたことが、自分の気持ちを顔に出してしまうなんて。
うううう、と唸りながら、私は必死に坊ちゃんの気持ち悪い言動を思い出しました。ちょっとだけ冷静になることが出来ました。
prev / next