風が欲しい
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「?」
何事かと、あたしも兄弟も広場の方を振り向く。何やら揉め事のようだ。
「でも、どうしても風が必要なんです!お願いです!」
悲鳴にも似た懇願の声。
それに眉を寄せると、ディアがああ…と声を上げた。
「あれはダーテングの隊ですね」
「有名なの?」
「この辺ではまあまあ。でもあまりいい意味での《有名》ではないですよ。ほら、あの一番前にいる一番大きいの…あれがダーテングなんですけどね、彼、がめつくてお金たくさん貰わないと引き受けないんですよ。その辺ワタシらよりも融通聞きません。ワタッコもあんなに頼んでるのに…可哀想ですよねぇ」
もう一度その集団を目を向ける。あの青色のポケモン…ワタッコ。確か、風が必要だとか言ってたっけ。
真っ赤な瞳に涙を滲ませ、必死にダーテングに頼み込んでいる。…ていうか、こんな往来の場であのダーテングもよく断れるよなぁ……。いくらなんでも可哀想じゃないか。
「――――待て!」
あたしが一歩踏み出そうとしたその時、新たな声が聞こえてきた。あたしの後ろからだ。
振り向いた瞬間、黄色い影が横切った。
「――――――」
その後ろをふたつの巨大な影がついて歩いていく。ブローとディアが小さく息を呑んだ。
嫌そうな顔を隠そうとせずに振り向いたダーテングも、《彼ら》の姿を見て目を見開く。
「おっ…お前達は!?」
「あれは…フーディンさん…!」
「…フーディン…?」
何やら感動している兄弟は置いといて。その名前に眉を寄せた。
どうやらこちらも有名人らしい。ただしダーテングと違い、良い意味での《有名人》らしいが。
「おい、可哀想じゃないか。ワタッコの仲間を助けるには《風》が必要なのだ。お前のその両手の葉は強風を巻き起こせる。お前にとっては簡単な事だろう?頼みを聞いてやれ」
威圧感が半端ない。断ることを許さないというような、そんな言葉。声音。ダーテングが顔を青ざめさせる。
「う…わ、わかったよ!やればいいんだろ、やれば!!」
吐き捨てるようにそう怒鳴り、ダーテングは取り巻きらしいコノハナ達を連れて逃げるようにその場を走り去った。
――――あのフーディンの雰囲気に、呑まれたようだ。
ワタッコが慌てたようにフーディンたちの方に歩み寄る。
「あ、あの、ありがとうございました!」
「いや、気にするな。また何かあったら儂の所に来ると良い。ではな」
頭を下げたワタッコに微笑み、ダーテングが歩き出す。
あたしはその後ろ姿を見ながら、目を細めた。
「――――あ!いたいた!ユウ!!」
ダーテングが姿を消したことで再びざわめき出した広場に、聞きなれた声が混じりあたしの耳に届く。スイだ。
広場を挟んだ向こう側の道で手を振っている。手続きは終わったんだろうか。あたしはカクレオン兄弟にもう一度礼を言い、スイの所に走った。
するり、とフーディン達を追い越す。
「――――――!」
後ろで僅かに目を見開いたフーディンの視線に気付かず、あたしはスイに駆け寄った。
「スイ!」
「もう、急にいなくなったから心配しただろ?」
「ごめん、ブローとディアの所に行ってて」
そんな私達を、フーディンは無言のままじっと見つめていた。
その視線に、私達は気付かない。
「? どうしたんだ?」
「…イヤ、なんでもない……」
フーディン達が立ち去った後、広場には元の賑やかな声が溢れていた。