「あれぇ?なんでお前サッカー部のユニフォーム着てんだよ、陸上部期待のエースちゃん」
「ちゃん言うな」
その日の放課後は、皆どこかそわそわして落ち着きがなかった。
いつもなら一斉に下校するこの時間帯。だが、今日に限って皆はずっと教室に残っている。
何かあったっけ、と首をかしげていると、不意に「一縷」と名前を呼ばれた。振り向くと、そこには見慣れた青。
「風丸、一体どうしたよ」
「はぁ…ったく、聞いてないのか?」
「何が?」
一年生の頃から仲の良い友人である風丸一郎太。確かこいつは陸上部所属だったと記憶しているが、何の間違いでサッカー部のユニフォーム、しかも背番号2番を着ているのだろうか。
思ったことをそのまま口にすれば、風丸は少し呆れたように、でもまぁそれがお前だもんなとぼやきながら頬を掻いた。
「今日、うちのサッカー部と余所のサッカー部で練習試合するんだよ」
「……………………………あぁ、なんか昨日そんな話聞いた」
「昨日かよ!」
昨日だ、何か文句でも?
「…はぁ。まぁいいか…。で、人数が足りないから助っ人に入ってくれって頼まれて」
「あぁ、助っ人か。風丸、足速いもんね。適任適任」
「ははっ、サンキュー」
「…………ふーん…風丸が試合に出るんだ……」
試合…サッカー、か。
「頑張って、応援はするよ。俺帰るけど」
「…帰るのか?」
「当然。特別に勝利報告だけ期待しててあげる」
なんのストラップもついていない、飾り気のない携帯電話をちらつかせながら言うと、風丸は少し残念そうな顔をしたが、小さく笑って「了解」と頭を撫でてきた。
「本当は、応援してほしかったんだけどな」
「あら、風丸くんがなんか素直!でもごめんね、サッカー以外だったら喜んで応援旗振り回してやったのに」
「やっぱこなくていい」
「やーん風丸のいけずー」
「はいはい」
唇を尖らせたオレを軽く流し、風丸は苦笑して小指を差し出した。
「何?」
「頑張るから、心の中だけで応援しといてくれ」
「…しょうがねーな、じゃあ心優しい一縷ちゃんが《風丸》を応援してあげる」
「ん、サンキュ」
それに自分の小指を絡めながら、サッカー、とまた頭の中で呟く。
「…それじゃ、また明日」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「うん、風丸も気をつけて。怪我なんかすんなよ」
「善処する」
そう言って鞄を肩にかけ、教室を出ようとしたところで俺はふと気付く。
そうだ、そういえばまだ聞いてなかったな。
「なぁ風丸」
「ん?」
「そういや、相手の学校ってどこなの?」
「なんだ、知らなかったのか?相手は…」
「帝国学園だよ」
***
いつもより静かな帰り道、俺は一人で歩きながらぼんやりと考えに浸っていた。
「…帝国、か」
フットボールフロンティア。40年間無敗を誇る最強サッカーチーム、――――帝国学園。
「…あいつら、生きて帰ってこれんのかな」
ちょっとそこが心配になった。
耳に突っ込んだイヤホンから流れてくる音楽を口ずさみながら、俺は空を見上げる。
その時、フッと周囲が暗くなった。
顔を上げると、俺の真横の車道を喧しい音と共に走り去っていく……………えっと、軍艦?
とてつもなく巨大なそれは、太陽の光をすっぽりと覆い隠して、まるで俺のことなんて気にも止めず、俺が今来た道を進んでいく。
ふと、その車体に見慣れない旗がついているのが見えた。
《帝》という字が大きくあしらわれた校旗。あぁ…なるほど、あれが。
「帝国…」
色々規格外なんだが、大丈夫かあれ。
俺は胸を焦がすわだかまりに気付かないふりをして、風丸達の安否を願った。
*その車の中から、俺を見つめる視線には気付かなかった
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