■言えない言葉
 放課後、マリアが廊下を歩いていると数学の教師から呼び止められた。
「ちょうど良かった、白鳥。……これを日向に渡しといてくれ」
 そう言われて手渡されたのは仁のノートだった。
「ちょっと待ってくださいっ! 何で私が…」
「いや、お前に渡しておいた方が確実だからなぁ。じゃあ、頼むな」
 教師はそれだけ言うと、教務室へと歩いていった。


 受け取ったノートを眺めながらため息をつく。
 仁のお目付け役という立場は、防衛組だったあの頃から高校生になった今でも変わらないまま。
 今でも仲の良さをからかわれたり、付き合っていると誤解されたりする事もよくあるのだが、仁からそういう素振りをされたこともなければ、自分から関係を変えるような何かを言ったこともない。
 仁に彼女ができるか、或いは自分に彼氏ができるかすれば、もう少し違ったかもしれない…とぼんやりと考える。

 小学生時代はただのお調子者でしかなかった仁が、中学に入学して以降、サッカー部で活躍するようになると、一気に女子たちの注目を集めるようになった。成長期の仁はあっという間にマリアの背を追い越し、今では頭一つ分ほど高い。中身はあまり変わっていないはずなのに、時折どきりとさせられる。
 何だかんだいってもマリアも年頃の少女である。周りでもカップルができる事が多くなってきた今では正直羨ましくもあった。
お節介な友人たちがいらぬ気を回して色々と世話を焼いてくれる事もあるが、マリア自身はこのままの関係でもいいと思っていた。
 自分の気持ちに嘘はつきたくはなかったけれど、つまらないことで仁とギクシャクするのは嫌だったからだ。今さら…という思いもある。
 第一、柄じゃないわよね、と自分を無理やり納得させていた。友達としてならずっと傍にいれるのだから。

――仁はどうして、彼女を作らないのかしら…?

 疑問に思っているのだが、その原因が自分にあるとは露にも思わないマリアだった。




 預かったノートを手にサッカー部の部室を覗くと、マネージャーが一人で片づけをしていた。
「えっと、仁…、日向君いますか?」
「日向先輩ならまだ来ていませんけど、何かご用ですか?」
「先生からノートを預かったから……これ、渡しておいて貰えるかな?」
「…わかりました」
 マネージャーはマリアからノートを受け取ると何か言いたげにこちらを見つめてきた。
「じゃあ、お願いね」
 そのまま部室から出ようとしたマリアが、背中を向けるより先に呼び止められる。
「……あの、白鳥先輩! 日向先輩と付き合ってるってウワサ、本当ですか?」
 こういう風に聞かれる事も一度や二度ではなかった。
 目の前の彼女のやや紅潮した顔に真剣な眼差し、その表情にマリアはピンときた。

――この子、仁のコトが好きなんだ

 チクリと胸に痛みが走る。
 彼女はいかにも女の子というようなふんわりとした雰囲気でとても可愛らしい。
 きっと男子からも人気があるのだろう。可愛い子よね、と素直に思う。
 仁から女の子扱いされた事がないマリアは、ただただ羨ましく感じた。
「先輩?」
 マネージャーは押し黙ってままのマリアを伺うように首を傾げる。マリアは慌てて取り繕うように笑顔を浮かべた。
「それは誤解よ。みんなが勝手に言ってるだけだから。全然、まったく関係ないの」
「でも、先輩たちはいつも一緒にいて、仲が良いですよね?」
「それは小学校から一緒だから…。うちのクラスって男女問わずにみんな仲が良かったのよ。だから特別なことなんて何もないし、仁だってそう思ってる筈よ」
「日向先輩もですか?」
「そうよ」
 そう言いながらも心の中で自嘲する。鈍く痛む胸を抑えながら、そのまま踵を返す。
「白鳥先輩は――」
 立ち去ろうとした背中から、投げかけられた言葉に思わず足を止めた。
「先輩は、日向先輩のコトどう思っているんですか?」

――私は仁が……

 喉まで出かかった言葉をごまかすように精一杯の笑顔を作って答える。
「いい友達だと思ってるわよ」




 偶然にも仁はそのやり取りを見ていた。

――友達、か…

 仁の胸にその言葉が強く重く圧し掛かる。
 今まで言い訳に使っていた言葉だったが、改めてマリアの口から聞くと何とも言えない気分になった。言葉に出した事はなかったが、自分にとっては特別な女だったから。
彼女にいい寄ってくる男たちに仲の良さをアピールして影から牽制したり、妬かせたくて他の女と仲のいい所を見せたこともある。
 けれどもモテるくせに恋愛事に疎く、鈍いマリアは少しも気付く気配がなかった。
 ただ時折見せる淋しそうな表情に密かに期待していたのだが…。


「前途多難、だな」


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bkm
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