青の少年ナビ、ロックマンは、額に何かを感じた。 それは今まで感じた事のない感覚だった。
ウイルスから攻撃を受けたわけでもなく、痛みはない。 その感覚は痛みではなく、甘いというとおかしな表現かもしれないが、その表現がとにかくぴったりだった。
「あ、アイスマン…?」
彼の額にその感覚を感じさせた張本人。 緑の小さなナビの名前――アイスマン。
感覚の正体――それはアイスマンからのキスだった。
彼は顔中を真っ赤に染め、俯いていた。 良く見てみると、震えていることがわかる。
彼の頭の中には、なんてことをしたんだろうと、それしかなかった。 ロックマンの声も届いていないらしい。
そんなアイスマンの表情を見ようと、ロックマンは跪こうとした。 それと同時に、アイスマンは顔をあげた。
「…ごめんなさいです、ボク…」
顔中真赤で、しかし悲しそうな表情を彼はしていた。 今にも瞳からは涙が零れそうになっている。 震えが増すと同時に、声も震えはじめていた。
「…ロックマンの事……好きです。 こんな事ダメだってわかってるです、もうしないです…。 本当にごめんなさいです…っ」 「あっ、アイスマン、待って!」
ロックマンの呼び止める声を聞きながらも、止まることなく彼はプラグアウトしてしまった。 アイスマンがいた場所をしばらく見つめ続けるロックマン。
額に触れながら、彼もプラグアウトしてPETへと戻っていった。
***
それから、アイスマンはロックマンと会うことを避けるようになった。 姿を見かけては見つからないようにと走り出したり、プラグアウトしたり。
ロックマンはそんなアイスマンに声をかけるが、走りだすアイスマンに追いつく前にプラグアウトしてしまい、話すことが出来ない。 アイスマンのオペレーター、透に事情を話すも、アイスマンがロックマンの前に現れることはなかった。
そんなある日の事だった。
――アイスマンが帰ってこないという声を聞いたのは。
インターネットにプラグインし、ロックマンはアイスマンを探し始めた。
アイスマンが行きそうなところを優先的に、至る所を走った。 立ちふさがるウイルスを倒し、すれ違うナビ達にアイスマンのことを聞いた。
やがてナビの気配を感じられない、涼しい所へと辿り着いた。
アイスマンはそこに居た。 ――ウイルスに囲まれた状況で。
「ブリザード!」
彼の口から発射される吹雪が、次々とウイルスを氷漬け、デリートへと導く。 しかしウイルスは数を減らすことなくアイスマンに襲いかかった。
「アイスマン!」
声をあげて駆け寄るロックマン。 オペレーター、熱斗からバトルチップ、ワイドソードを転送してもらうと、彼は次々とウイルス達を斬っていった。
ロックマンの戦いに見とれながらも、アイスマンは再び吹雪を発射する。 暫くし、大勢いたウイルスは全てデリートされた。
「アイスマン、大丈夫?」 「ロック、マン…大丈夫、です」 「…良かった」
安心した様子で笑顔を見せるロックマン。 そんな彼の表情に、アイスマンは顔が火照っていくのを感じた。
「…熱斗くん、アイスマンと話があるから、少しだけ通信を切るね」
突然のロックマンの言葉に熱斗は不思議そうに顔を傾げたが、すぐに分かったと告げて通信を切った。 それを確認すると、ロックマンはアイスマンの瞳を見た。
そんなロックマンから顔を逸らすアイスマン。 顔をそらすと同時に、右手に暖かい感覚を感じた。 ロックマンの手だった。
「…アイスマン、透くんがすごく心配してたよ。どうしてこんなところに一人で来たの?」 「そ……それは」 「アイスマンにもし何かあったら、透くんはもちろんみんな心配するよ」 「……ごめんなさいです」
酷く悲しそうな表情を見せるアイスマン。 ロックマンは顔を振ると、改めて笑って見せた。
「無事で良かったよ。…何もなくて本当に良かった」
その時、ようやくアイスマンはロックマンの表情を見た。 いつもの、暖かくて優しい表情を見せてくれていた。
「……ありがとうです、ロックマン。来てくれて嬉しかったです…。 …それから、あの時は本当にごめんなさいです」 「……アイスマン」
なんですか?そう、アイスマンは声を出そうとした。
目の前にあるロックマンの顔。 額に感じた甘い感覚。
何が起こったのか、アイスマンは咄嗟に理解することが出来なかった。 それに気付いた時、今まで以上にアイスマンの顔が真っ赤に染まった。 それはもう、溶けてしまいそうな程に。
「ロック、マン…?」 「謝る事無いよ、アイスマン。…僕は嬉しかったよ」 「えっ……」
ロックマンの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。 普段と変わらない、暖かくて優しい笑顔を見せていた。
「僕も、好きだよ。アイスマンの事」 「……えっ」
アイスマンの頭の中は真っ白になった。 ロックマンの言葉に、アイスマンは耳を疑ってしまっていた。
慌てた様子で、一旦深呼吸をすると、アイスマンは確認するようにロックマンに向けて言葉を告げる。
「で、でも…ロールさんは…ブルース、は…。それにボクは、その…男の子、で…」 「もちろん、ロールちゃんもブルースも、みんな好きだよ。アイスマンが男の子って事も、承知してる」 「ロックマン…でも、でも…」
不安そうに顔を傾げてしまうアイスマン。 ロックマンは跪くと、アイスマンの顔を覗き込んだ。
「…じゃあ、こうすれば伝わるかな?アイスマン」
えっ、その一言も口にする事は出来なかった。 全く知らない感覚が、アイスマンとロックマンを襲った。
アイスマンの口に重なった、ロックマンの口。
生まれて初めてのキス――ファーストキスだった。
「――!?」 「この好きは、特別な好き…だよ」 「ロック、マン……ふぇ…っ…」
アイスマンの瞳から、いくつもの雫が零れはじめた。 その雫を手で拭うロックマン。
そうして、アイスマンを優しく包み込んだ。
「ロックマン…これは、夢じゃないですか…?」 「うん…夢なんかじゃないよ」 「…ボク、男の子です…いいんですか…?」 「僕も、男だよ」 「ロックマン…っ…」
アイスマンの手が、そっとロックマンの背中に回された。 最初は遠慮がちに、やがてそれは力強く、もう離さないとでもいうかのようだった。
「…ロックマン」 「何…?」 「……もう一度、気持ちをちゃんと言っても良いですか?」 「うん、もちろんだよ。聞かせてほしいな、アイスマンの気持ち」
ロックマンから離れ、アイスマンはしっかりと向き合って顔を見る。 緊張しているのが表情から伝わってきた。 そんなアイスマンに応えるように、ロックマンも彼の顔をしっかりと見た。
「ボク…ロックマンの事が…。好き…です」 「ありがとう…アイスマン」
そう言い合うと、二人はとても幸せそうに笑い合った。
一時して、ロックマンの人差し指が鼻元へと当てられる。
“この事はみんなには内緒”
その行動が、無言でそれをアイスマンに伝えた。 彼も頷き、同じように鼻元へと人差し指をあてる。
“内緒です”
そう行動で示すと、二人はもう一度笑い合った。
まるで夢のような、幸せな出来事。 二人のシンクロが起き始めていた。
2015/7/15 |