Wedding bell 顔をあげてみると、空が見えた。 澄み渡る青空、その中には円形の太陽が顔を出していた。 暑すぎない日差し。 気温は暑すぎず、寒すぎず、丁度良かった。 青空と太陽の他に、彼のアイカメラには別のものが映った。 薄い桃色の花びら。 一片一片、風と共にそれは流れた。 満開に咲いた桜――その花びらだった。 結婚前夜は、不思議なくらいに眠ることが出来た。 体調も万全。 教会の傍で彼――タイムは空を見ていたのだった。 「…タイム、そろそろ時間だよ」 ふと背後から聞こえてきた声は、兄機のロックのものだった。 彼は、教えなくてもタイムならわかってるよね、とでも言いたそうに笑顔を見せた。 そんなロックに向けて微笑みを見せるタイム。 簡単な事だが、生み出されたばかりの頃は出来なかった事。 そんな事をふと思うと、タイムは改めて微笑みを浮かべた。 変わったんだな、と。 中へと入ると、控室――そこで衣装に着替えるのであろう――場所が左右に設けてあり、中心には教会の中心へと入れるのであろう大きな扉があった。 タイムはロックと右側の控室へと向かう。 結婚式用の衣装を着るためだった。 左側には、既にこの式のもう一体の主役――アイスもいる。 その方向を一時見つめると、タイムは角を曲がって控室へと足を踏み入れた。 「……いよいよなんだね。結婚式は何回か見てきたけど、やっぱり羨ましいな」 タイムに衣装を手渡しながら、ロックはどこか悲しそうにそう告げる。 それを受け取ると、タイムもその言葉に返事をする。 「ロックは、やっぱり挙げないのか?…ブルースとの式」 やっぱり、というのも、タイムも事情を知っているからこそのものだった。 ロックの夫であるブルースは、訳合ってライトの研究所へは帰らない存在。 それも含め、彼は目立つことを好まない。 ロックもそれをわかっているからこその選択だった。 式は挙げない、と。 「式は挙げられないけど、ウェディングドレスは約束通り着せてもらったから。 羨ましいとは思うけど、僕はそれだけで十分幸せなんだ。だから、大丈夫」 「…そう、か」 ロックの笑顔と言葉に、偽りは全く感じられなかった。 それどころか、本当に幸せそうな笑顔だとタイムは感じた。 思わず、タイムも微笑みを浮かべてしまっていた。 「幸せになってね、タイム。アイスと一緒に」 「……ん」 それは、控室で交わした最後の言葉だった。 ロックが教会の中心へと向かうため部屋を出る所を見送ると、タイムは着替え始めた。 残りわずかで行われる式に想いを馳せながら。 *** 「……はい、出来たわ。あの日よりもずっと綺麗よ、アイス」 姉機、ロールにそう言われて頬を赤らめたのは、式のもう一体の主役、アイスだった。 頭部の左右には花飾り、そこから伸びるいくつもの花びらのような装飾。 更に地面まで伸びる透明なヴェールが美しかった。 ドレスも繊細な装飾がいくつも施されており、その中にあるリボンが可愛らしく、そして美しくアイスを魅せていた。 首には、宝物である懐中時計がかけられている。 相変わらず時を刻む様子はなかったが、アイスの絶対的な願いだった。 式には必ず付けたい、と。 背後にいたロールへと、ウェディングドレスを着終えたアイスは向きを変える。 そうして、とても幸せそうな笑顔を見せた。 「ありがとうございます…ロール姉様」 「ふふ、どういたしまして。タイム、見たら絶対驚くわよ」 ふふっと笑って見せるロールに、アイスは増々顔を赤らめる。 そうして顔を俯けた時、ロールがあるものを差し出してきた。 様々な種類の花で形作られた綺麗なブーケ――ウェディングブーケだった。 カリンカちゃんと二人で作った自信作よ、とロールは満面の笑みを見せて告げた。 頭を下げ、ありがとうございます、とお礼を告げるアイス。 微かに、アイカメラには涙を浮かべていた。 「さあ、時間よアイス。人生で一度しかない幸せな日…行きましょう!」 「……はい!」 ロールの手を取り、二体は控室を後にする。 高鳴るコアは、治まる様子が全く無い。 これからの出来事に対する喜び、そして緊張がその原因だった。 しかし、勝っているのは前者。 彼の表情は無意識に綻びていたのだった。 *** 曲がり角に差し掛かり、ロールは足を止めた。 同じように足を止めるアイス――そして目に映った、もう一体の主役の姿――タイム。 白いタキシードに身を包んだ彼の姿はとても勇ましく、アイスには一番輝いて見えた。 タイムもそれは同じだった。 ウェディングドレスに身を包んだアイスの姿に言葉を失うほど見とれてしまっていた。 ロールがアイスの手を放す――同時に二体が走り出した。 「アイス……っ……!!」 「タイム…っ…!!」 教会の中心へと続く扉の前で、二体は強く抱き締め合った。 ロールは角へと身を潜める。 ――二体に気を使って。 二体は離れ、互いの姿を見つめ合う。、 一時の沈黙――先に声を出したのはタイムだった。 「……綺麗だ……アイス」 「タイムも…とっても素敵であります…かっこいいであります……」 お互いの頬がイチゴのように真っ赤に染まった。 それ以上何も言うことが出来なかった、あまりにも勇ましく、そして美しい姿に見とれてしまっていたためだ。 アイスが優しい微笑みを見せた。 まるで女神のように輝いた表情――つられるようにタイムも微笑みを見せた。 二体はそろって教会の中心へと続く扉に体を向ける。 タイムが腰に手を当てると、そこに出来た輪にアイスが右腕を通す。 左手には先程ロールから受け取ったブーケの姿があった。 扉が内側から開かれる――二体は再度顔を向け合う。 タイムの行くか、という優しい声にアイスははい、と優しい声を返し歩き始めた―― *** 教会の中心へと入り、ゆっくりと歩きだす新郎新婦。 一緒にバージンロードを歩くのは、二体の希望だった。 一般的には父と新婦が歩くものだが、必ずしもそうしなければならないと決まっているわけではない。 二体の新たなる始まりは、この時からすでに幕を開けていた。 二体の道の周りには、DRNはもちろんDWNやDCNのメンバーが揃っていた。 皆、二体を祝福するように微笑んでいたり、笑顔を見せていたりした。 ライトに生み出された日から、今まで過ごしてきた日々を思い出しながら二体は神聖なその道をゆっくりと歩いた。 喜びを感じた事も、辛く悲しかった事も、どれもが二体にとってかけがえのない大切なものだった。 そしてこれから先、互いの隣にいるロボットとの新たなる日々が始まる。 期待と幸福で心はいっぱいだった。 そうして二体は神父の前へとたどり着き、足を止める。 神父は二体の父、ライト。 その傍には先程まで一緒にいたロールの姿。 彼女はアイスの介添人の役割を務めたからだ ライトが落ち着いた様子で、優しい声を出し始めた。 「新郎、タイムよ。汝はアイスを妻とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか?」 迷いはない。 透き通る瞳を輝かせ、タイムははっきりと声を出した。 「誓います」 ライトが一瞬微笑みを浮かべると、今度は新婦に問いかける。 「新婦、アイスよ。汝はタイムを夫とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか?」 タイムと同じ、透き通った瞳。 優しさも感じられる美しい色をした瞳を輝かせながら、アイスもはっきりと声を出した。 「誓います」 「よろしい…では、指輪の交換を」 ライトの側に居たロールがアイスからブーケを預かると、タイムがアイスの手を取る。 そうして、左手薬指にゆっくりと結婚指輪をはめた。 続いてアイスもタイムの手を取り、同じように左手薬指にゆっくりと指輪をはめた。 二体の頬がほんのりと赤く染まる。 薬指にはめられたそれは美しく輝いていた。 ロールからブーケを受け取ると、二体はそろってライトを見る。 「では……誓いの口付けを」 二体のコアが高鳴った。 再度互いに見つめ合うと、タイムはドレスを着ている事によって露わになったアイスの肌色の肩に優しく両手を置く。 それと同時に、アイスはゆっくりをアイカメラを下に落とした。 顔を近づけると同時にタイムもアイカメラを落とす――そうして、二体の唇が重なった。 一時のそれを終え、二体はゆっくりと離れた。 更に赤く染まる二体の頬。 同時に、とても幸せそうに微笑みあった。 「タイム」 新郎を呼ぶライトの声にタイムは向きを変える。 そこにあったのは、神父としてのライトではなく、父としてのライトだった。 「アイスの事、幸せにしてあげるんじゃよ」 「……はい、ハカセ。いや――父さん……」 そう会話する姿を見て、アイスの瞳から一筋の涙が流れた。 その光景は、とても暖かいものだった。 タイムがライトの事を父さんと呼ぶのは、生まれて初めての事だったのだ。 それも重なり、その光景は一層暖かく感じられるものだった。 「アイス」 今度は新婦を呼ぶ父の声。 アイスはライトを見つめた――とても透き通った綺麗な瞳で。 「タイムと一緒に、幸せになるんじゃよ。タイムなら、絶対大丈夫じゃ」 「……はい!」 アイスはとても嬉しそうに、そして必ずと伝えるように力強く返事をした。 二体を見て、ライトは優しく笑って見せた。 「新しく誕生した新郎新婦に幸多からん事を――!」 ライトの力強い言葉を聞き終え、新郎新婦、ライト、そしてほかのメンバー達が教会をあとするのだった。 *** 教会の外に出ると、二体は瞬く間に数えきれないほどのおめでとうと言う祝福の言の葉に包まれた。 ブーケを投げる暇もなく、落としそうにもなった。 教会の外には色とりどりの食事が並べられ、辺りは幸せいっぱいに包まれていた。 二体に詰め寄る南極調査メンバーを初めとしたロボット達に、二体が困ってるでしょ!と力強く声を出すロールがいれば、傍にいるカリンカは微笑ましそうにその光景を眺めて笑っている。 食事に食らいつくロボットも入れば、既に酔い始めたロボットもいた。 「おにいさん!」 そんな中聞こえてきた、聞き覚えのある幼い声。 結婚を意識したあの日、そしてアイスが救った事もあった――あの少女ロボットだった。 「あなた様は…!」 「けっこんしき、だったんでしょ?パパたちにきいたの、おめでと…!」 「……!」 あまりの喜びに、アイスの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。 そんなアイスを抱き寄せるタイム、そうして懐から取り出したハンカチでその涙をぬぐった。 「おにいさんどうしてないてるの…?かなしいの…?」 「お兄さんはね、嬉しくて泣いてるんだよ」 「そうなの…?うれしいとなみだがでるの?」 「うん…そうだよ」 顔を傾げた少女に、タイムは優しく説明して見せた。 その声がとても優しい声で、アイスの瞳からはますます涙が零れ落ちた。 そんな少女を見て歩み寄ってきたのは、コサックの姿。 偶然なのか必然なのか、少女ロボットの父はコサックが作成したロボットだったのだ。 この結婚式を知っていても不思議ではないとタイムとアイスは思ったのだった。 少女に歩み寄ってきた父ロボット二体が祝福の言葉をかける。 新郎新婦は頭を下げ、ありがとうございます、と一礼した。 ライトの研究所にいつか遊びに行く、そう約束すると一家は結婚式を後にした。 「アイスも遂に結婚か〜!めでてえなぁ!ファイヤーッ!」 一家が去った後早々にやってきたのはファイヤーとパートナー、エレキ。 タイムは暑苦しそうに、しかし嬉しそうに笑って見せる。 アイスも嬉しそうにありがとうございます、と声を出した。 「しかし…ウェディングドレスも萌えるぜえ!ファイヤーッ!!」 「ひっ!?」 「……アイスを取ったりしたらオマエの時間永遠に止めてやる」 「ファイヤー…確かに氷の妖精はキュートだが…浮気したら許さないよ?」 「まっ、冗談だって!浮気もしないぜ!?ファイヤーッ!!」 二体に詰め寄られて汗をかくファイヤー。 結婚式だというのに普段と変わらない光景を見て、アイスはどこか安心した様子でくすっと笑いを見せた。 「おっ、やっぱり懐中時計付けてたな!オレがあげた写真入れてくれたんだろ?」 「あっ、はいであります。でも…時計は止まってしまって…、…あれ……?」 ファイヤーの声を聞いて懐中時計に触れたアイス。 ある事に気付いて不思議そうな声を出したことに気付いた三体は、どうしたんだと声をかけた。 懐中時計から微かな振動を感じとったのだ。 まさか、そうどこかで期待しながらも、アイスは懐中時計を開いて見せた。 「あっ……!」 アイスに続いて三体が懐中時計を覗き込む。 そこには、まるで今まで止まっていた事が嘘だと感じられる光景があった。 ――懐中時計が時を刻み始めていたのだ。 長針、短針、そして秒針は確かに動きを見せていた。 直すことは不可能だったはず、そして控室で見た時までは確かに止まっていたのだ。 「……まるで、この懐中時計も二人を祝福しているみたいだね」 「エレキ、どういうことだ?」 「結婚式に動き出すなんて、そうとしかワタシは思えないよ。奇跡って言ってもいいんじゃないかい?」 エレキの言葉に、タイムとアイスは互いの顔を見つめ合った。 止まっていたはずの時計が動き出した――まるで二体の新たなる始まりを祝福しているかのように。 アイスは嬉しそうに、大事そうに懐中時計を抱き締める。 そんなアイスを見てタイムも嬉しそうに微笑んだ。 「あ……あの、ファイヤー様」 「ん!?どうしたアイス!?」 「写真……撮っていただけませんか?」 その言葉に驚いたのはファイヤーだけではなかった。 隣にいたタイムも、そしてエレキも驚いた。 いいでしょうか?そう聞きたそうにタイムを見つめるアイス。 タイムの笑顔から、良いのかどうか言葉なしでも伝わってきた。 「……ボクからも、頼む」 「うおおおお!!まかせろおおお!!」 何処から取り出したのか、ファイヤーはカメラを取り出した。 二体は驚きを隠せなかったが、教会を背に写真を撮る体勢を取る。 二人の表情はやはり幸せがあふれ出ていて。 ファイヤーとエレキが驚くほどの満面の笑顔だった。 「撮るぜ〜!!」 そのファイヤーの声と同時に、辺りに光が放たれた。 後に懐中時計に収められる、一生の宝の日の写真がその時撮られたのだった。 「ありがとうございます、ファイヤー様…!」 「……礼は言っとく」 「ははっ!どういたしまして!」 それを聞くと、アイスはタイムの手を取って教会の傍へと歩き出した。 タイムは一瞬どうしたのかと焦ったが、未だ手に握られているブーケを見て悟った。 「皆様…!今日は、本当にありがとうございます…であります…!!」 「……ありがとう……!!」 新郎新婦の声が、ロボット達に届けられる――同時に、アイスは持っていたブーケを空に向かって投げた。 ロボット達が自分が、自分が、とブーケに向けって走り出す。 そんなブーケを手にしたのは――。 「わっ、私!?」 身近にいるロボット――そう、ロールだった。 ロールはせかせかと取りに行ったわけでもなく、ただブーケを追って走っていたロボット達を眺めていただけだったのだ。 自分の手元に来るとは思わず、ロールの顔は嬉しそうに真っ赤に染まった。 「ロール姉さん…おめでと」 「次はロール姉さまの番でありますね…!」 「次は…私…」 恥ずかしそうにするロールに周りは早い祝福の言葉を贈った。 まだ決まったわけじゃない、恥ずかしい、そう言いながらもロールの表情から喜んでいる事は伝わってきた。 「ほらほら!もっと飲むぜお前ら〜!」 「今日はめでてえ日なんじゃい!」 ボンバー、ガッツがそう声を出すと、再び賑やかになる教会の周り。 ロボット達は歌い、踊り、食べ、そして飲んだ。 盛大に新しい夫婦の誕生を祝った。 皆が祝福する中、アイスの手を取り時計塔の見える位置にやってきたタイム。 時計塔はいつも見ていたものと違って見えた、輝いて見えた。 風が吹き、二体の衣装が揺れる――同時に声を出したのはタイムだった。 「……アイス」 「はい……?」 アイスの方を向くと、タイムはアイスの柔らかな頬に手を添える。 そうして瞳を見つめると、続く言の葉を風に乗せて伝えた。 「……幸せにする」 「タイム……」 重なる二体の唇。 その味も、今までのものより一層甘く感じられた、幸せだと感じた。 「……不束者でありますが…よろしくお願いします、であります…タイム」 「アイス……ああ……」 今度はアイスがタイムへと口付ける。 夢のような甘い、幸せな日。 あまりの幸せに、それはもう壊れてしまいそうな程だった。 教会の鐘の音と、向かい合うように立つ時計塔の音が重なった。 その音は聴いた事の無い祝福のメロディーを奏でているように聞こえるのだった―― Wedding bell END [*前] 【TOP】 [次#] |