[会]

(・・・ヤバイ、何か来る)


ぬらりひょんがいない事に安堵して、家へと向かって歩き始め暫く経った頃・・・
私は嫌な気配が近付いてくるのに気付いた。
たぶんこの感じは、生き肝信仰の妖。
私は少しだけ足を速めて、人気の無い方向へと足を運んだ。
そして周りに誰もいないのを確認してから嫌な気配がする方を振り向いて足を止める。
薄暗くなり始めた路地で私はスッと呼吸を整えた。
そして相手が視界に入った瞬間に短く発する。


「”縛”」


一瞬で迫り来ようとした妖の動きを縛る。
必死に動こうとしてるみたいだけど無駄。
今までこの状態から無理矢理抜け出した妖はいない。
だから私は冷静に相手へと問いかける。


「あなたは私の生き肝を狙ってきた妖で間違いないですか?」


私の問いに返ってきたのは怒声。
自分に何をしただの、小娘の分際で殺してやるだの喚かれて思わず眉間に皺を寄せる。
一応間違いだといけないから確認のため問いかけたけど、これは私に害があると判断して間違いないだろう。
私は小さく溜息を吐くと、妖へと真っ直ぐ視線を向けて発する。


「”滅”」


私が言い終わるのと同時にサラサラと風化するように滅していく妖。
後には何も残らない。


(最近多いなぁ・・・)


ぬらりひょんも京入りしている事だし、羽衣狐が本格的に生き肝を集め始めているんだろう。
これは帰る時間を明日からはもっと早めた方がいいかもしれない。
私だって好き好んで生き肝を狙われたくは無いし、平常心を装ってはいるけど妖と遭遇するのに恐怖を感じないわけではない。
うん、やっぱり明日からは夕暮れ前には家に帰るようにしよう。
そう己の中で決定事項を下して家路を急ぐ。
しかし・・・


「ひゃあっ!!!」


角を曲がった所で私は驚きから叫んで飛び退いてしまった。
元来た道の壁に手をついて何とか倒れる事は防いだが、心臓が尋常じゃない速さで脈打ってるのが分かる。
そして私の耳には、その原因となった人物の声が届く。


「やっぱりわしが見えとるんじゃな」


はい、ムスッとした顔のぬらりひょん様のご登場。
しかし私はそれどころでは無い。
完全に油断していた。
生き肝を狙われたが無事妖を滅して安堵から気が緩んでいたのもある。
そこにこの突然の登場だ。
しかも気配が全く無かった。
これは驚く、心臓がバクバクだ。


(ほっ本気でビックリした!
いきなり出てくんなよこの馬鹿!!!


口には出さないけど、驚き過ぎて浮かんだ涙目で思わず睨む。
しかしぬらりひょんも不機嫌顔だ。
まぁそれもそうか。
あれだけ無視したからね。
顔も良い、百鬼夜行を率いる実力もあると女性には不自由したことの無いであろうぬらりひょんにとってはちょっと屈辱的な事だったかもしれない。
まぁ私の知った事ではないけれど。
しかし困った・・・
この状況どうしよう?
さすがにこれだけ分かり易く反応してしまったら誤魔化すのは不可能だろう。
私はぬらりひょんから視線を逸らさないまま、彼の次の行動を待つ。
するとぬらりひょんはぬらりひょんで私をどこか怪訝そうな顔で見つつも口を開く。


「おまえ、なんだ?」

「・・・人間です。普通の」

「普通の人間の目にはわしは映らん」

「・・・ではたまたまあなた様の事が見えてしまっている極普通の平凡な人間です。
どうぞお気遣い無く」


ぬらりひょんの事が何故見えるのかなんて私にも分からない。
でも見える人間が少しくらいいたっていいじゃないか!
百鬼夜行を率いるほどの男がそんな小さい事気にしたらダメだって!!
とにかくここはこれ以上ぬらりひょんの興味を惹かないように淡々と受け答えして帰ろう。
幸いにも力を使ったところを見られたわけじゃない。
なら、ぬらりひょんにとって私は今『己の事を何故か視認できる人間の小娘』程度だ。
それ以上にならなければいいだけの話じゃないか。
しかし脳内でそうまとめる私の目に、それはそれは嫌な感じのぬらりひょんの笑みが映った。
あえて形容するなら、肉食動物が獲物をジワジワと追い詰める時のような・・・
私は本能的にそれを感じ取って思わずじりっと後ずさる。
しかし目の前のこの男から逃げれる気は全くしない。
そしてぬらりひょん自身も逃がすつもりなんてないんだろう。
私の様子をそのいや〜な笑みを浮べたまま余裕そうに見ている。
そしてさらに追い詰めるように口を開く。


「近頃の極普通の平凡な人間の娘は妖を退治できるんじゃな。
そりゃ知らんかった。」


ぬらりひょんの言葉に脳内で「終わったー」と力無く叫んだ。
これはダメだ、見られてたんだ。
私がさっきの妖を力を使って滅するところをしっかりと見られていたらしい。
でもおかしい・・・
あの時は気を張っていて、他に妖はいないか確認までしたのに・・・


「・・・・・どこから見てらしたんですか?」


観念する代わりに教えてもらいたい。
どうせここまで来たら関わりに合わないなんて選択肢は消えてしまっている。
私がやっと認めるような発言をしたら、ぬらりひょんはさらに面白そうな笑みを浮べた。
そして私の問いに対しての答えを口にする。


「ずっとじゃ。
ずっとおまえの後をつけておった。
そう離れた所におったわけでもないぞ?」

「えぇっ?!」


驚きの答えに思わず大声を上げる。
聞けばぬらりひょんは私の視界に入らないギリギリの位置からずっと私を見ていたらしい。
もちろん、私が最後の子を送り終えた時も屋根の上から見ていたそうだ。
あの時もしっかりと確認したしそんなはずは無いと絶句しそうになる私だけど、ハッとある可能性に気付いた。


(まっまさか・・・)


私は確かめるように、改めて目の前のぬらりひょんの気を目を閉じて探ってみる。
しかし、確かに目の前にいるはずのぬらりひょんの気配は全然しなかった。
パッと目を開ければ確かに見えるのに、気配はしない。
これはあれですか、もしかしなくても・・・


(畏れ発動中のぬらりひょんは見えても、気配までは感知できないって事ですか・・・)


そう結論を出せば、訪れるのは盛大な疲労感だ。


(せっかく頑張って無視したのに・・・・全部無駄だったなんて・・・・・)


大体の状況は察し済みなのだろう。
目の前のぬらりひょんはどこかしたり顔だ。
あぁもう腹立つイケメンだなほんと!!!
悔しさから思わず眉間に皺が寄る。
しかしそこはぬらりひょん、私のそんな睨むような視線などのらりくらりとかわして話を続ける。


「わしはぬらりひょん。
百鬼夜行を率いり、魑魅魍魎の主となる男じゃ」

「あーそうですか。
それは大変ですね、頑張って下さい。
ここで私は失礼しますが応援だけはしておりますのでどうぞ私の事は綺麗に忘れて思い出さないで下さ」

「なんじゃ、近頃の人間の娘は礼儀もなっとらんのじゃな。
相手にだけ名乗らせるとは・・・」


私の言葉を遮って、ぬらりひょんはわざとらしく溜息をついて見せた。


(私から名前を聞いたわけじゃないんですけど!)


そんな不満を込めて睨んでみるが、ぬらりひょんには効果無し。
どこまでも自由奔放、いや傍若無人な男だ。
しかしそんな奴でも珱を任せなければならない相手。
怒りに任せてうっかり滅してしまうわけにもしかない。
私は「これも珱のため、これも珱のため」と自分に何度も言い聞かし、ぬらりひょんの目を真っ直ぐと見つめ返す。
そして気持ち姿勢を正して答えた。


「私は麻衣と申します」

「麻衣、か・・・」


私の名を聞いて、どこか満足そうな笑みを浮べるぬらりひょん。
うん、改めて言おう、イケメンだ。
一瞬怒りを忘れてしまう程にはイケメンなのだこの男。
しかし・・・


「では麻衣、またな」


そんな事言われて立ち去られても、正直もう会いたくないと思ってしまった。
しかしそんな私の思いも虚しく、それから度々とぬらりひょんに遭遇することになるとはその時の私は思いもよらなかった・・・・


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