01

放課後、部室へ行こうと進めていた足は後ろからかかった声によって問答無用で止められた。
それどころかそのまま腕を引っ張られ、今の時間帯は人気の無い特別教室棟の脇まで連れて来られる。
何となく相手の雰囲気からして嫌な予感はしていたが、目の前の女の言葉に俺は面倒だと溜息を吐いた。


「だから、日曜も部活だって言ってんだろ?」

「部活終わってからでもいいの。
私待ってるし、遅くなってもうちの親ってそういう事にはあんまり煩く言わないから」

「お前の親の事なんてどうでもいーっつーか、部活終わった後に外出るとか面倒なんだよ」


中学の頃もそうだったが、高校に入って練習量も多くなり内容も厳しいものになった。
別に練習後バテて体が動かないって事はないが、それでもわざわざこの女とどこかに出かけようとは思わない。
それならまだ先輩らと買い食いでもしてる方が有意義に感じる。
俺が全くノリ気でない事を察したのか、途端に目の前の女はその表情を尖らせた。


「ねぇ、私達付き合ってるのよ?」

「・・・だから何だよ?」

「デートぐらいしてくれてもいーじゃない」

「だからんな時間がかかる事するくれーなら俺は休みたいんだよ」


つーか、こんな無駄な話してる時間も惜しい。
とっととコートに行かねーと真田副部長の鉄拳がとんでくるじゃねーか・・・
俺は肩にかけたバックを持ち直すと「んじゃ俺部活行くから」と足を進めようとした。
しかしそれより一瞬早く一応今の俺の彼女である女が腕を掴んでくる。


「待って!」

「・・・・何だよ?」

「時間がかからない事ならいいの?
なら・・・・・・・私、キスしたい」


はぁ?
何をいきなり言い始めんだと、思わず目の前の女の顔をマジマジと見る。
しかし目からは本気が伝わってきて、同時に必死さも感じる。
正直それは引く程で、思わず顔を顰めた。


「俺はしたくねぇー」

「っ、赤也は普段テニスばっかりじゃない!!!
私・・・いろいろと我慢してるんだよ?!
これくらいしてくれたっていいじゃない!!!」


さすがに怒ったのか急に声を荒立てられて叫ばれた。
でも逆に俺の心はスッと冷める。
細くなる目と冷たくなる声を自覚しつつ、俺は口を開いた。


「・・・我慢するくれーなら終わりにすりゃーいいだろ」

「えっ?!ちょっと待って赤也!」

「もう面倒だし別れよーぜ。じゃーな」


それだけ言い残すと、今度こそ部室へと向かって歩き始める。
また引きとめようと伸ばしてきた手は、腕を引くことで避けた。
何か必死な声で呼び止めようとしてるが、もう俺の中では別れは決定事項。
これ以上付き合ってやっても時間の無駄だ。
後ろから小さく嗚咽が聞こえ始めても、俺は一度も振り返らずにその場を後にした・・・










「はぁ?!お前もう別れたのかよ?早過ぎだろぃ」


ジャッカル先輩がクラスの雑用で遅れるからと、柔軟体操の相手を丸井先輩に頼まれた。
了承して柔軟体操を開始したのはいいが、丸井先輩はすぐに俺の不機嫌さに気付いた。
別に隠すような事でもないので正直に彼女と別れたと告げれば、返って来たのは呆れ返った声。
何で俺がそんな反応されなければならないのかと不満から口を尖らせる。


「別にいーじゃないっすか。
向こうがごちゃごちゃ言うのが悪いんすよ!」

「おっ前本当に要領悪いな〜。
うまくすりゃー彼女なんて菓子作ってきてくれるし、誕生日にはケーキくれるしでいいじゃねーか」

「そりゃ丸井先輩だからっすよ・・・」


今度は俺が丸井先輩に呆れて言葉を返す。
好きなタイプは物をくれる人と公言しているだけあって、丸井先輩への差し入れの量は部内1だ。
特にその中身はほぼ菓子。
たまにおこぼれを貰う事があるが、その時に「もし不味いの貰ったらどうするんすか?」と訊ねてみた。
すると丸井先輩は、当たり外れは見たら何となく分かるから食わないと平然と言っていた。
まぁ正直丸井先輩本人が作る方が美味いんだろうが、それを本人に言えば毎日作れるかと笑っていた。
俺がそんなどうでもいい事を思い出していると、丸井先輩も何かを思い出すように宙を見上げた後に口を開く。


「・・・今回の彼女は3週間くらいか?
まぁお前にしちゃー結構もった方か・・・」

「正確には18日だ。」

「あぁ、あの春休みの間もよく練習を見に来てた子?
顔は可愛かったのに別れちゃったんだ」

「・・・・・・・先輩達、そんなに俺のプライベートに興味あるんすか」


柳先輩と幸村部長まで話しに加わってきて、思わずガクッと項垂れた。
そんな俺の様子に幸村部長は小さく笑う。


「赤也、別に俺は赤也が誰と付き合おうが止めやしない。
でもそれが意味あるものにならないのなら、付き合わないのと変わらないよ」

「・・・・・でも、断るのも面倒なんすよ。
誰かと付き合ってる間なら、断るのもラクじゃないっすか」


高校に上がって、周りの女の煩さは格段に増えた。
それと同時に告白を断るのにも苦労し始めた。
何で駄目なの?、好きな人がいるの?、テニスが一番でもいいのよ?、ちゃんとした理由を言って
別に好きな奴がいるわけでもない俺には断る口実も出てこない。
ただ集中してテニスがしたいだけなんだ・・・
しかし邪魔にならないようにするからとまで言われれば、もう仕方ないと頷いてみるしかなかった。
そうして始めて付き合った女は、正直思っていたより彼女っていいもんだと思えた。
弁当は作って来てくれるし、勉強は教えてくれる。
テニスの応援は練習試合まで来てくれていたし、マネージャーみたいな雑用もしてくれていた。
そして何より、煩わしかった告白も「俺、今付き合ってる奴いるから」の一言で片付くのが嬉しかった。
しかしそう思っていられたのも2、3週間の間だけだった。
徐々に見返りを求められ、それがだんだんと面倒になってきた。
増えるメールに、貴重な休みにデートの約束。
メールの返信をしなければ文句を言われるし、デートは女の好きそうな店を回るばっかで全然楽しくねぇー。
苛々して少しばかり冷たい態度を取れば不機嫌になるか泣きそうになるかで、気付けば1ヶ月ちょっとで別れを切り出していた。
それから暫くはまた告白も断っていたが、一度彼女を作ってるってだけで以前にも増してしつこくなった。
で、結局告白されれば付き合う。
面倒だと感じたら即別れ、また告白されれば付き合うという今の状況が出来上がっちまった。
別に俺も好きでこんな状況にした訳ではないと強く言いたい。


「赤也もまだまだ子供じゃの」


後ろから肩にかかった重み。
そして笑いを含んだ言い方に思わず顔を顰めた。


「まぁ仁王みてーに二股とかしてねーだけマシだろぃ」

「俺の場合は事前に承諾済みじゃ。
赤也みたいに相手を怒らせたりはしとらんよ。
のぉ?」

「仁王先輩、重いっすよ」


仁王先輩から同意を求められたが無視する。
すると苦笑しつつも離れた仁王先輩の重みに腕を軽く回した。


「あーーもーーーいいじゃないっすか!
そんな事より幸村部長!
今日は俺と試合して下さいよー!!!」

「赤也が敵うわけねーだろぃ」

「んなっ?!それを言ったら丸井先輩もじゃないっすか!!」

「そりゃそうじゃ」

「なっ?!赤也に、てめっ仁王まで!!!」

そうやって騒ぎ始めて、結局真田副部長の鉄拳を喰らっちまった。
それでも俺にとってはこれが日常で、何より優先してしまう日々なんだ・・・










部活も終え、暗くなった空を見上げて今日も一日終わりかと息を吐いた。
そんな俺を見て、何故かジャッカル先輩の首を絞めていたらしい丸井先輩が声をかけてくる。


「おっ!何だよ赤也、溜め息なんて吐いちまってよ!」

「別に何も無いっすよ」

「あーーー分かったぜぃ!
お前また英語の課題でも出たんだろぃ」

「んなわけ・・・・・・・あーーーーー!!!


ヤベッ!
そうだ、英語の課題マジで出てた!!!
俺はいきなりの大声に驚いてこちらへと集まる先輩達の視線を無視して鞄の中を漁り始める。
ない、ない、・・・・・・・マジでない


「あ〜〜〜〜机に置きっぱなしかよ・・・」

「相変わらず馬鹿だろぃ、お前」

「煩いっすよ丸井先輩!」

「んだと、お前!誰のおかげで思い出せたと思ってんだ?!」

「いひゃいいひゃい!丸井先輩、ギブギブ!!!」


腕を叩いて降参を示し、何とか丸井先輩の頬を引っ張る手から逃れる。
そしてそのまま逃げるように校舎へと向かった。


「つーわけでお先っすーーー!!!」

「赤也!明日菓子ぐらい奢れよぃ!!!」


後ろから聞こえてきた声に、どこまで食い物好きなんだと呆れちまった。










薄暗い教室内で携帯の光を頼りに目当ての英語の課題を見つけ出す。
適当に鞄に放り込むと、早く帰ろうと急いで教室を出る。
しかし、特別教室棟へと繋がる渡り廊下の角で思いっきり誰かとぶつかった。


「うわっ、わりぃ!」


俺は何とか耐えたが、相手は廊下に倒れたのが分かる。
さらに持っていたらしい本がその場に何冊か音を立てて落ちた。


「怪我ねぇ〜か?」

「あっ・・・・・」


本を拾いつつ相手へと問いかけると、そいつは俺と目が合った瞬間何故か驚いたように目を見開いた。
一瞬知り合いかとも思ったが、こんな大人しそうな女は一年の時のクラスメイトでも、この前から新しくなった今のクラスメイトでもなかった気がする。
俺がそんな事を考えていると、俺の持つ拾った本の存在に気付いたのかそいつは慌てた様子で口を開く。


「あ、ごっごめんなさい」

「いや、思いっきりぶつかっちまったのは俺の方だしよ。
まっさかこんな時間に俺以外に人がいるとは思ってなかったんだよなー」


苦笑を浮かべつつ本を渡せば、目の前の女はそれを大事そうに受け取る。
その姿を確認してから、俺も鞄を持ち直した。


「じゃっ、マジで悪かったな!」


そう言い残して、今度こそ急いで帰ろうと足を進める。
しかし・・・・


「あのっ、切原君!」

「ん?」


呼び止められて振り返る。
すると緊張して力が入っているのか、まるで本を抱きしめているような女の姿。
その口から、おずおずと言葉が紡がれる。


「えっと、あの・・・私、切原君に言いたい事があるんだけど・・・少しいいかな?」

「・・・・・・・・・」


この空気には覚えがある。
思わずげんなりと肩を落としそうになったが、こういう場合はさっさと済ませた方が結果的には早いと知っている。
だから俺は小さく溜め息を吐いてちゃんと向き直った。


「ここでい?
どうせこんな時間だし誰もいねーだろ?」

「あっ、うん。ありがとう」

「で、何?」

「あの・・・」


とっとと終わらせたいが、なかなかと続きの言葉は出てこない。
俺はその間に、改めて目の前の女を観察するように視線を向けた。
印象は『おとなしそうな女』だ・・・
今日別れたばかりの奴みてーに化粧もしてねーし、制服も着崩してない。
軽い感じもしねーし、どっちかっつーと真面目っぽい気がする。
だが、そんなものも所詮は表だけのイメージだ。
実際前にもおとなしそうな奴と付き合った事があるが、学校内と学校外との差に驚いた事があった。
そしてそういう奴に限って束縛感が強かったりする。

つーか、別れたのは部活前だがそれを知ってのこれだろうかと疑問に思った。
最近は付き合ってる間の告白など皆無。
その代わり別れたと噂が広がれば怒涛のように呼び出しの嵐だが・・・
しかしそれも一人目の告白に俺が頷き、それがまた噂に乗って広がれば治まる。
あのプライドが高そうだった女が自ら別れたと言い振らすはずもないし、ならどこかから誰かに見られていてそれがもう噂になってるって事か?
でもあんな特別教室棟の脇なんて人通りも少ない。
そもそもあの辺って何があった?
すぐ後ろの1階部分は確か調理室だったろ?
んで2階はは化学準備室。
3階は・・・あ〜図書室?
行った事ねーからよくわかんねーけど、部活前にあの辺って人がいんのか?
そんな事を考えて眉根を寄せていると、目の前の女の口が動くのが映った。
そして・・・


「私、切原君の事が好きです」


小さく聞こえてきた言葉。
まぁ、想像通りの内容だな・・・
俺はとっとと進めようと口を開く。


「そりゃどーも。
で、何?俺と付き合いてーの?」

「・・・・・・・・切原君がいいなら」

「いや、俺的にはあんたの方がいいのかって思うんだけど」


俺がどんな付き合い方をしてるのかぐらいは知ってるだろう・・・
面倒だ、煩わしいと思ったらその時点で終了な関係だ。
しかし目の前の女は小さく頷いた。
その事に俺は少しの呆れから軽く頬を掻いて言葉を続ける。


「んじゃ、これからヨロシクっつーことで」

「あっ、・・・宜しく、お願いします」


小さく返された声に、なんかいつもと感じが違って調子が狂う。
最近では俺の反応など分かりきった雰囲気の中でのやり取りが多かった。
しかし今回はそれが無いように感じる・・・
まぁそれでも結果は同じだ。
また俺に彼女と言える人物が出来たって事。
用は済んだだろうと、「じゃーな」と昇降口へと向かって進む。
しかし、階段に差し掛かった所で慌てたような声がかかった。


「きっ切原君!」

「ん?」


まだ何かあるのかとチラリと視線を向ける。
すると、薄暗くてもその顔が赤く色付いているのに気付いた。
そして・・・


「・・・・・ありがとう」


そっと小さく告げられた言葉に、思わず目を見開く。
そして始めて目にしたその女の控え目な笑顔に驚いた。
こいつ、こんな笑い方すんだな・・・
そう思った所で、俺はハッと気付いて口を開く。


「あっ!そういやお前名前は?」

「えっ?あっ、ごめんなさい!」


いや、この場合ごめんなのは一応付き合ってる奴の名前も知らない俺の方だろう。
だが、そいつは本当に申し訳なさそうに顔を赤らめた後答えを口にする。


「私、2年5組の聖莉麻衣っていいます」


こうして、俺達の関係は始まった・・・


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