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休日、快晴、予定なし。ちょっと寂しいかもしれないけど、たまにはこんな日があったっていいと思う。朝から洗濯に掃除と家事を済ませて用もないのに軽くお粧しをしてわたしは家を出た。ゆっくり買い物をして気になっていた茶店に行く、そんな素敵な休日にするのだ。

目当てにしていた新しい草履の他に気に入った小物もいくつか買えて上機嫌のまま茶店に入る。道沿いに置かれた縁台に腰掛けて平和な街を眺めた。騒がしく人々が行き来しているし物騒なことが起こることだってしばしあるけれど、わたしはこの街が大好きだ。


「間抜け面して誰かと思えば、小春じゃねぇか」


聞き覚えのある声に顔を上げると黒い隊服に身を包んだ総悟くんがこちらを見下ろしていた。仕事中なのだろうか、気怠げな目をした彼はそのままわたしの隣へ腰を下ろす。何かひどいことを言われたような気がするけど気にしないでおく。


「見回り中?」

「今から休憩」


たびたびこうしてわたしのバイト先にやってきては休憩と称してサボる彼を見てきたからもう慣れっこだ。今日はいつものお店じゃないけど、きっと色んなところで休みたくなった時に休むのだろう。警察としてどうなの、なんて思うこともあるけれど隊長としてやるべきことはやっているのだろうから、それも気にしないでおく。


「お疲れさま。今日はアイマスク着けないの?」

「そういう気分じゃねぇこともあるんでね」


運ばれてきた餡子のたっぷり乗ったお団子を迷いもなく手に取り口に運ぶ総悟くん。そんな気はしていたけれどやっぱりなんの断りもなく奪われて、それでもまぁいいかなんて思ってしまうわたしは案外彼に甘いのかもしれない。


「そういうアンタは休みですかィ」

「うん、今日はお休みなんだ」


お買い物してたの、と言えばそーですか、なんてさして興味もなさげに呟き彼は店員さんを捕まえて団子を追加注文した。人のを奪っておいて結局頼むのなら初めからそうして欲しい。という気持ちを込めた視線を無視して相変わらず暑苦しい隊服の襟元をパタパタと仰ぎだらんと姿勢を崩す。

運ばれてきたお団子に仕返しとばかりに手を伸ばせばまた豚だなんだと言われたけれど無視しておいた。別に太ってないから。多分、一般的には。これでも女子なのだから気にすることはあれど彼の言うことにいちいち傷ついていたらハートがいくつあっても足りない。

軽口を叩きながらのんびりと過ごしているとどこかから物騒な声が総悟くんを呼んでいるのが聞こえた。その声が聞こえた途端総悟くんは顔を歪ませ至極嫌そうな表情を隠すことなく声の主から顔を背ける。彼と同じ隊服を着た人が鬼のような形相でこちらへ向かってきていた。


「総悟テメェ!いないと思ったらこんなとこでサボりやがって」

「あーあ、土方さんのせいでせっかくの休憩が台無しでさァ」


今は休憩時間じゃねぇ!タバコを咥えたまま器用に怒鳴る人はきっと総悟くんの上司さんかな。やっぱり何の断りもなしにサボっていたのだと呆れた視線を送ると上司さんはわたしに気付き一旦怒鳴るのをやめた。瞳孔は開きっぱなしで怖かったので目があった後すぐに逸らしてしまった。


「お前、」

「あの、わたしは別にサボらせたりとかしてないですよ?無関係のしがないフリーターです」

「土方さん、一般市民をそんな顔で怖がらせないでくだせぇ」


総悟くんを睨みつけて一つ舌打ちを落とし、それから律儀にわたしに謝ってくれた上司さん。よかったらお団子いかがですか?なんて言葉がなぜだか口を出てしまい冷や汗をかいたけれど予想外にも彼はその誘いを断らずに腰を下ろしたのだった。勧めたお団子はもちろん総悟くんのだけれど。


「土方さん…ですよね。いつも総悟くんがあんさ……じゃなくていろいろとお話してくれてます」

「今暗殺って言いかけたよな?聞き間違いじゃねぇよな?」


笑って誤魔化すわたしに土方さんは慣れているのかため息を落として店員さんを呼びつけた。土方さんが手を伸ばそうとするより前に総悟くんが全部食べてしまったからだ。そんなにお腹が空いていたのだろうか、食べ盛りの男の子の胃袋は計り知れない。

総悟くん、わたし、土方さん。肩を並べて座るには違和感しかないけど、総悟くんから発せられる物騒な言葉に言い合いが始まってしまうので仕方なく間に挟まれて過ごした。店員さんが持ってきたお団子、そしてマヨネーズ。マヨネーズ?間違えて持ってきてしまったのかと思いきやお団子と一緒に置いていく。不思議に思って眺めていると当たり前のように土方さんはそのチューブを握りお団子に綺麗に盛り付ける。餡子が薄いクリーム色に覆われて見えなくなった。え、声を出そうにもなんと言っていいかわからない。マヨ団子に目を奪われていると土方さんはなんの躊躇もなしにそのお団子を口に運んだ。


「どうかしたか?」

「……い、いえ…」


視線に気づかれて思わず目を逸らす。あぁ、と土方さんは何かに気づいたように声を上げてからぱくりと一口齧り付いた。もぐもぐ咀嚼しながら置いてあるマヨネーズをこちらへ差し出してくれる。意図が掴めずマヨネーズと土方さんの顔を交互に見るとぐい、とさらにこちらへ押し付けるようにした。


「お前も欲しかったんだろ?マヨ」

「土方さん、犬の餌を人に勧めるのはどうかと思いやすぜ」


わたしが断るよりも前に総悟くんが一言切り捨ててくれて事なきを得る。といってもまた言い合いが始まって挟まれてしまうのだけど。土方さんは極度のマヨラーというやつなのだろう。美味しいのはわかるけれど甘味にかけるのはさすがにどうかと思う。


「そういやアンタ1人ですか」

「…1人ですけど…」


別に友達がいないわけじゃないんですというアピールをぼそぼそと漏らしても総悟くんは冷めた目で見てくるばかりで悲しくなってやめた。ブタは持ってんだろうな、と言われて一瞬なんのことだかわからず固まり、防犯ブザーのことだと思い当たってあぁ!と声を上げる。カバンを漁って財布の下に紛れていたそれを掴んで見せればまた呆れたような冷たい目で見られた。


「アンタ馬鹿ですか、すぐ出せなきゃ意味ないですぜ」

「…あ」


ごもっとも。総悟くんの言う通りだ。使う場面になってカバンを漁る時間があるとは到底思えない。素直にごめん、と謝れば別に、と目を逸される。謝る必要はないはずだけれど、なんとなくまたごめん、と言っておいた。

次の瞬間、わたしの手の中の防犯ブザーが大きな音を立ててけたたましく鳴り始め、周囲のお客さんや店員さん、通りすがる人までがこちらを何事だと見ている。


「ちょ、ちょっと!なんで?!すみません、何でもないので…!」


紐を引いて鳴らした張本人の総悟くんは何事もなかったように席を立つ。そして当然のようにお会計もしないつもりである。落ち着いて冷静にブザーの音を止めて側にいた店員さんに小さく頭を下げた。待って、このまま帰るつもり?こんな空気にしておいて、その上わたしと土方さんを2人で置き去りにする気?

ぱっと土方さんを振り返れば彼はマヨ団子を1人で完食したらしく、伝票を手に持っていた。よかった。初対面の人と2人になることは避けられた。別に人見知りはしないけれど瞳孔の開いた男性と取り残されるのは避けたかったから。伝票はまとめて付けられてしまったのでお財布を取り出そうとすると手で制された。


「悪いな、総悟が付き合わせて。今日は休みだったんだろ?」


どうせ経費だから気にすんな、なんて言ってお会計を済ませた土方さん。経費ということはつまり税金では?と思ったけれどまぁいいか。ごちそうさまです。経費らしいけど一応言っておく。こんな形で税金が返ってくると思わなかった。

外に出るなりすぐにタバコに火をつけた土方さんはじゃあな、と立ち去ろうとしてピタリと足を止めた。見送ろうとしたわたしは首を傾げてその顔を見上げる。あー、なんだ、その、言葉を選ぶように目線を泳がせた土方さんは咥えたタバコを手に持ちもう片方をポケットに突っ込んでわたしを見下ろした。


「総悟はあんなんだけどいいヤツだからな、よろしくな」

「はい……え…?」


何か勘違いをされているような気がするけれど、確認する間もないまま土方さんは去っていってしまった。何だか疲れてしまったので買い物は終わりにしてもう帰ろう。数歩歩いてから思い出してカバンの中に手を入れる。豚さんの防犯ブザーのついた鍵を取り出しやすいところに入れ直してから家路についた。それにしてもよく覚えていたなぁ、なんて市民思いの総悟くんに感心してしまった。

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