01

「気持ちは嬉しいよ。でもごめんなさい」

「気持ちだけありがたく受け取るよ」

((あと何度、この面倒なやり取りを繰り返せばいいのか))


Fake Lover



『またか、今月入って何人目だよ?』

「わかんないよそんなの。数えるのも面倒だわ」

『ふはっ、それもそうだな』


いつしか夏は終わり肌寒い風が吹く屋上。雲の隙間から覗く太陽だけでは長居するには厳しい今そこにいるのは女子生徒一人だけだった。ひゅうと風が吹く。いくら昼時とはいえジャケットくらい持ってくればよかったと小春は少し後悔した。


『彼氏でも作れば虫除けにはなるんじゃねーのか』

「えぇ…そんな都合よく彼氏のフリしてくれる人なんていないよ」

『フリは決まりなのかよ』


当然でしょ、とケラケラ笑う小春は後ろに近づく人物の気配に気付いていなかった。

上履きが細かい砂利を踏み、その音に振り返った小春は屋上に自分以外の人物が来ていたことにようやく気がついた。


「…あ、赤司くん。どうしたの?」

「すまない、邪魔をするつもりはなかったんだが」


電話口にまたあとでかけ直すね!と早口で言って通話を切る。相手からの返答は待たなかった。


「人を探しているんだ。ここに誰かいなかったかい?」

「ううん、誰も見てないよ」

「そうか、ありがとう。……あぁ、それと」


左右で少し色が違う瞳が小春を捕らえた。細められたその目は見透かしてくるようで苦手だと感じる。先ほどの会話は聞かれていたのだろうか?この男にはバレてしまったのだろうか?

焦りながらもいつもの癖で笑顔を作って首を傾げてみせる。


「屋上は立ち入り禁止だよ、藤原さん」

「…そうだよね、ごめんなさい」


眉を下げて上目遣いで答えた。

知ってるよ。あんたはいいの?心の中で毒吐くことは忘れずに。それでも内心ホッとしたのは事実だった。赤司はなんでもないように今回は見逃すよ、と告げて屋上を後にする。

見逃してくれたからと言って長居するわけにもいかずメッセージを受信した携帯の画面をちらりと見てから小春は教室へ戻ることにした。



****



藤原小春はどんな人物か。そう聞かれたらこの学校の人間ならば口を揃えてこう答えるだろう。優しい、真面目、頭がいい、可愛い、守ってあげたい、と。

1年生の頃から名前は知っていた。試験の結果が出ればその名前は必ず10位以内に入っていたし、才色兼備だという噂は赤司の元まで回っていた。とはいえ普段行動を共にする友人といえば極度の変わり者と他人には微塵も興味を示さない男だから、赤司自身もさして気に留めていなかった。

2年生になってから初めて同じクラスになったが彼女とはこれといって関わる機会はなかった。ただ目にする機会が増えた彼女は確かに噂通りの人物という印象だった。いつも笑顔でいる彼女は男女関わらず誰にでも優しい。教師からの信頼も厚く授業にも真面目に取り組む姿は好ましかった。ただ、それだけ。それ以上でも以下でもなかった。


その日赤司は昼休みに行う予定だったバスケ部のミーティングに不在だった部員を探していた。全中2連覇を達成した後チームの方針は変わり赤司自身も明確に”変わった”が主将として一応の責務は果たすつもりだったからだ。

マネージャーに行方を聞いても彼女は悲しそうに目を伏せてわからないと言うので探すことを頼むのも気が引けて自分で探していたときのことだった。


「そんな都合よく彼氏のフリしてくれる人なんていないよ」


クラスメイトの声が聞こえてきた。鈴が転がるような声で笑っているはずなのに少し棘のある言葉は普段の彼女を思えば違和感があった。通話に夢中なのか、案外強い風の音に掻き消されたのか、ドアを開けても気付かない。赤司の上履きが砂利を踏んでようやく振り返った小春は驚いた顔をしていた。


「……あぁ、それと」


さっきの会話は?

それを問うつもりだったがとっさに口をついたのは当たり障りないことだった。

この話をするのはまたにしよう。スカートを揺らしながら教室へ戻っていく小春の後ろ姿を見て赤司は人知れず口角を上げた。

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