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しばらく送るのをやめていたメッセージも、久しぶりに他愛もない内容で送れば普通に返ってきた。携帯に触れるたびお揃いのストラップが揺れる。今この画面の向こうで返信をしてきた赤司にも同じようにストラップが目についているのだと思うとそれだけで心が満たされるようだった。

3年生の卒業式も終わり、いよいよ春休みが近付いてきた。ほんの2週間程度の春休みは勉強と友人との約束、それから東京に帰ってくる従兄弟と会う約束もしている。先日母親に進路について聞かれたので霧崎第一だと告げれば優秀な従兄弟と同じだと喜んで応援してくれた。

従兄弟は入学前からバスケ部の練習に参加するようで東京に帰ってからも忙しいようだった。小春は友人と遊ぶ以外は基本的に空いていたので予定を合わせるべくメッセージを送ればオフの予定を教えてくれた。入学祝いになにかあげようかな、と考えていると小春の携帯が震えた。


(征くんからだ)


受信したメッセージの送信元を見れば赤司の名前。その名前にはっと息を飲む。たった一度画面に触れれば開くことのできるメッセージにこんなにも緊張するなんて。いったい何の用だろうか、思い切り息を吸い込んでそのままの勢いでメッセージを確認すればそこには小春の想像もしなかった内容が書いてあった。


”○日は部活が午前で終わるんだ。終わってからになるけど一緒に出かけないか?”


まさか赤司から誘われるなんて思っていなかった。彼は忙しい上にわざわざ小春と一緒に出かける意味もわからない。もしかするといつだかの勉強会のようにバスケ部のメンバーと一緒だろうか、とも思えてくる。2人だったらいいな、と淡い期待を胸に返信を打つ。


”大丈夫だよ。何か用事?”


もうちょっと女の子らしい文面がいいだろうか、気合いを入れすぎも良くないだろうか。たったこれだけの返信を5回ほど書き直してから送れば、赤司からはホワイトデーのお返しをしたいと返信があった。家まで迎えに行くから待っていて欲しい、と大まかな時間まで連絡をもらった時点で小春は顔が緩むのを抑えきれなかった。

これはまるでデートだ。ホワイトデーのお返しのために2人でお出かけ。こんなの、デート以外に呼びようがない。机に置かれたカレンダーを眺めてその日まであと何日か数えてみる。1週間ほどあるが、その日はちょうど友人との約束も入っていない。前日会う友人に服の相談でもしようか。小春はクローゼットを開けて気に入っている服をいくつも引っ張り出した。




****




デート当日。昨日友人に相談して決めた服はデートにふさわしい格好なはずだ。赤司と出かけるのだと言えば張り切って一緒に選んでくれた。どこに行くかは聞いていないので念のため歩きやすいヒールの低い靴を用意して、小さめのバッグに必要なものが入っているか何度も確認した。

赤司はそろそろ到着する頃だろうか。練習が終わったという連絡はすでに貰っていたので手持ち無沙汰に携帯をいじっては鏡で髪型のチェックをする。到着したとメッセージが届き居間にいる母親に行ってきます、と投げかけて小春は玄関を出た。


「お待たせ」

「征くん!部活おつかれさま」


初めてみる赤司の私服姿に新鮮さを感じながらも、清潔感のあるカジュアルなスタイルは彼にぴったりだと思った。


「行こうか」


もう当たり前のように差し出されるその手を握るのにいつもより緊張したのは彼が見慣れない姿だからだろうか。付き合いたての頃に演技でしたはにかむような笑顔を思わず自然にやってしまった。

赤司に行き先を任せて電車に乗りたどり着いたのはデートスポットの定番の港町。平日といえど春休み中の今は観光客も多くいるようで混雑していた。いくら携帯を持っているとはいえ慣れない地ではぐれては大変だ。


「結構混んでるね」

「そうだね。僕から離れないようにね」


繋がれた手に少し力が込められた。頷いてからそっと握り返してみれば赤司は笑っていた。いつからだろう、別に誰が見ているわけでもないのに手を繋ぐのが当たり前になったのは。

街を探索しつつふらりとお店に入ってみる。まるで用途のわからないインテリア雑貨を見てくだらないことを言い合ったり、いろんな種類の伊達眼鏡を赤司に着せ替えてみればどれも似合っていて突っ込みどころがなかったり。キラキラとしたアクセサリーが並ぶ店も赤司は嫌がるでもなくむしろ率先して一緒に入ってくれた。

そうこうしているうちに陽が傾き空はオレンジ色に染まっていた。海の見える大きな公園に来れば、水面に陽の光が反射してキラキラと輝いていた。


「征くん、今日はありがとね。これ大切にする」

「気に入ってくれて嬉しいよ」


ホワイトデーのお返しとして買ってもらったネックレスの入った袋を大切に持ち直す。優しく見下ろす赤司の瞳は夕日に照らされて綺麗な赤色をしていた。

見渡してみるとあたりはカップルだらけ。側から見れば自分たちもその中の一員になっているんだろうか。同級生のいないここで恋人のふりをする必要などないけれど、少しでも恋人同士のような気分を味わえて今日はラッキーだったなと思う。


「なんだかこうして歩いてるとデートみたいだね」

「僕はデートのつもりだけど?」

「え?」


キョトン、とした顔で赤司を見上げればキミは違ったのかな、と眉を下げて困った顔をしていた。


「え、あ、そうなの?えっ?そ、そっか」


デートだと思っていたのが自分だけじゃなくて嬉しかった。律儀な彼がホワイトデーのためにわざわざ予定をくれたのだと思っていただけに、少なからず楽しみにしていてくれたのかなぁ、なんてポジティブな思考が浮かんでくる。

焦ったり嬉しそうに笑ったり、忙しなく変わる表情を見ていた赤司は声を上げて笑い出した。


「もう!からかったの?」

「はは、ごめん。違うよ。さっきのは本音。……これ、貸してくれるかい?」


頬を膨らませた小春の手から紙袋を奪う。簡易的な包装を解いて買ったばかりのネックレスを取り出せば赤司は小春と向き合った。

そのまま小春の首に腕を回して、器用に髪を避けながら留め具をはめると満足そうに離れていった。突然目の前に赤司の肩が迫ってきてうっかり鼻が触れてしまう距離に息が止まってしまいそうな小春は何も言えず、赤司が離れるまで微動だにできなかった。


「…うん、似合ってる」

「あ…、ありがと…」


手で触れてみれば買ってもらったネックレスが胸元にある。ただネックレスをつけただけだ、と言い聞かせてもどうしてもドキドキが止まらなくて顔に集まった熱をどうにか冷まさなくては、と必死になる。


「学校じゃつけてるところを見られないからね」


にこりと笑う赤司は再び小春の手を取って歩き出す。いつの間にか夕日は沈んでオレンジ色だった空は藍色のグラデーションになっていた。


「小春」


3月の終わりでも日が沈めば少し肌寒かった。赤司が小春を呼ぶ。首を傾げて隣の赤司を見上げれば、彼は真剣な瞳をしているようにみえた。


「キミは覚えているかな、最初にした僕たちの約束」

「…好きな人ができたら終わりってやつ?」

「あぁ、」


どうしてそんなことを。もしかして、まさか、と小春の脳を嫌な想像がよぎる。真っ直ぐこちらを見つめる赤司の瞳から目をそらしたいのにそらせない。不安を隠しきれずに名前を呼べば、その唇からは残酷な言葉が紡がれた。


「征くん…?」

「この関係を終わらせて欲しいんだ」


やっぱり、と思った。一気に血の気が引いていくような感覚をどうにか堪えて大きく息を吸い込んでから小春は笑って見せる。いつかこうなるなんて初めからわかっていた。それが今だったというだけで。


「…っ…、そっ…か。うん、わかった…。征くんならきっとどんな子ともうまくいくよ!応援してるから頑張ってね」


大丈夫。傷つくような立場じゃない。


「ありがとう、今まで利用させてくれて。少しは楽しかったわ」


目の奥が熱くなる。こんなところで泣いてはダメだ。そんな重い女になんてなりたくない。


「でもそれならもっと早く言ってくれたらよかったのに。せい…赤司くんは優しいからわたしに気を遣ったのかもしれないけど、」

「小春」


気持ちを誤魔化して隠すためにひたすら言葉を見つけて発していたのを赤司が遮る。名前を呼ばれて赤司の顔を見てしまったら本当に涙が出てきて、小春は手の平をぎゅっと握って俯いた。


「もう一つ、キミに伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」

「………何?」


下を向いたまま続きを促す。ぽたりと地面に雫が落ちたのを滲む視界で見ていた。何がデートだ、今日で終わりになってしまうような、そんな脆い関係だったというのに。浮かれていたのなんかわたしだけだったのに。


「オレが好きなのは小春、キミなんだよ」


聞こえてきた言葉があまりにも想像していないもので、小春は涙を隠すのも忘れて赤司の顔を見上げた。


「…え…」


瞳に溜まっていた涙が溢れ、頬を伝う。優しく赤司の手が触れて、指で涙を拭われた。今までに見たどんな笑顔よりそのときの赤司は優しい顔をしていたように思う。


「この涙は都合よく捉えてもいいのかな」

「なんで…」

「好きな人が出来たら終わりの約束だろう?」


泣かせるつもりじゃなかったんだけどな、そんなつぶやきに都合のいい夢でも見ているのではないかと思ってしまった。偽りの恋人になってから数ヶ月、小春は赤司と過ごした短いようでとても幸せだった日を思い出す。


「わたしね、あなたのこと絶対に好きにならないと思ってた」


赤司は何も言わずに聞いてくれる。


「でもいつの間にか、ずっと征くんのこと考えちゃうし、他の子といたら嫌だなって思っちゃうし、優しくしてくれたら嬉しくて、わたしだけを見ていて欲しくて…」


もう涙は止まっていた。誰かに気持ちを伝えるのはこんなにも緊張することなんだと初めて知る。再び見上げて赤司の真っ赤な両目を見つめてにこりと笑って見せた。


「…わたしも征くんが好き。本当の恋人にしてくれる?」

「もちろん」


ぐい、と引き寄せられて体が暖かいものに包まれる。そういえば、仮の恋人として付き合っていても抱きしめてもらうのは初めてだ。好きだよ、と自分だけに投げかけられる言葉を聞きながら全身で感じる温もりにまた涙が溢れそうなのを堪えて小春もゆっくりと背中に手を回した。




****




「ねぇ、聞いてもいい?」

「なんだい?」

「いつからだったの?」


赤司は質問にくすりと笑って人差し指を唇に当てる。


「それは秘密だよ、オレだけのね」



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