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街中がピンク色に包まれる季節がやってきた。テレビをつければ話題の若手女優がチョコレート色のコックコートに身を包んでお菓子を作るCMが流れるし、街を歩けばそこら中に色とりどりの箱が積み上げられている。

もうすぐバレンタイン。学校帰りに友人たちと歩きながら彼女たちの会話に耳を傾ける。


「今年は何にする?」

「小春も作るよね!」

「え、わたしはいいよ」


渡す相手といえば赤司くらいしかいないのだが、自分が渡さなくても彼はきっと処分に困るほど貰うのだろう。そもそも甘いものが好きなのかどうかも知らなかった。これではまた誰かさんに疑われてしまう。


「なんで?!赤司くん絶対待ってるよ」

「え〜、そんなこと…」


誕生日を祝ったときは確かに喜んでくれていた、と思う。思い出していただけなのに、ニヤニヤしてるとからかわれてしまった。抗議をしている小春は宥められながらそのまま本屋に連れられてあれよこれよと雑誌の特集ページや製菓本を見せられる。


「こんなのとかどう?」


見せられたフォンダンショコラのページは確かにとても美味しそうだがあまり手の込んだものを用意するのも嫌だったのでもっと簡単なやつ、持ち運びやすいやつ、とどうにかブラウニーまで交渉を重ねた。それだけでもどっと疲れたのにそのままラッピング材の調達まで連れ回され、前日に友人宅で集まって作る約束まで結ぶ。気がつけばもうとっくに夜になっていた。




****




「てことでね、バレンタインの準備してたんだ〜疲れちゃったよ」

『おー、おつかれ。でもお前もなんだかんだ楽しんでるんじゃねぇのか?』

「いや、まぁ友達と遊ぶのとかは全然いいんだけど。いつもバレンタインなんてお父さんくらいにしか渡さないのに」


宿題のプリントに文字を埋めながら左手に持った携帯で従兄弟と通話。先日の二人のお出かけをクラスメイトに見られていたらしいことも伝えれば、それはもう爆笑していた。バレてしまったときは笑い事じゃなかったというのに。


「そうだ、来年からは真くんにもあげれるね!全然甘くないやつにするから貰ってね」

『そりゃあ楽しみだな』


別にお菓子を作るのだって嫌いなわけじゃない。友人たちと楽しく作れるならなおさらだ。机の脇に置いた雑貨店の袋からはみ出すピンク色の箱を眺めてまた机に向き直った。




****




当日がやってきた。昨日は遅くまで友人宅にお世話になりみんなでブラウニーを作った。味見をしたが、多分悪くはない。普通に食べれるレベルだと小春は思う。今の今まで甘いものが好きかどうかを聞いていないが、好きじゃないなら食べなければいいと半ば開き直っていた。

朝、昇降口に着いた頃小春は突然男子生徒に呼び止められた。


「あの、藤原さん」


確か隣のクラスの、名前はなんだったかな。首を傾げて用を促せば小さめの紙袋を渡された。


「返事とか別にいらないからさ、彼氏いるの知ってるし。気持ちだけ貰って欲しいんだ」

「…うん、ありがとう」


いわゆる逆チョコというやつだろうか。小春もこれは初めての経験だった。どこかで買ったらしい可愛らしいパッケージのチョコレート。返事がいらないというのは助かるが、モテる男子は今日これを何度も何度も繰り返すのかと思うと同情してしまった。

渡してスッキリしたのか彼は早々に去っていった。取り残された小春は手元のチョコレートをどうしようかと思う。その気のない相手からの好意というのはどうしても快く受け取れない。人の気配を感じたと同時に小春の視界は暗くなった。


「おはよ〜」

「紫原くん、おはよう」


見上げれば見知った紫色の髪。そうだ、と思い当たりキョロキョロと見渡して先ほどの男子生徒が完全にいなくなったことを確認する。小声でチョコ食べる?と聞けば予想通り即答された。紙袋から箱を取り出して紫原に渡す。手紙のようなものも入っていたが、気付かなかったことにしてしまおう、と小春は思う。


「バレンタインっていいよね〜、チョコいっぱいもらえるから。ありがとね〜」


背も高いし頭もいいし、実はモテるんだろうか?という疑問を抱いたが、そうでなくてもきっと美味しそうに食べてくれる紫原には義理でも渡したくなるのだろう。

教室へ着けば心なしかいつもより騒がしい気がした。赤司の机を見ればまだ来ていないのか、既にいくつかの箱が置かれている。もしかしたら下駄箱にも入っていたのかもしれない。

その後も休み時間になれば教室の外から女子が赤司を呼び出す。小春には貼り付けたような笑顔でお礼を言って受け取っているように見えるが、それでも彼女たちからすれば王子様のようなのだろう。どんどんと増えていくそれに、自分の持ってきたものを渡す必要などないように思えてくる。

結局放課後まで赤司には話しかける隙もなく、既に黄瀬にチョコを渡し終えた友人たちに置き去りにされて小春は一人取り残されてしまった。


「はぁ、どうしよ」


HRが終わった教室に残っている生徒は少ない。数人残っていた生徒が教室から出て行くのを小春はまた明日ね、と笑顔で見送った。

朝から変わらず自分のカバンにある箱にため息が溢れる。赤司のカバンはまだ教室にある。どこかに呼び出されているのだろうか。おそらく部活に行く前に取りにくるだろう。そしてカバンと一緒に置かれる大きな紙袋には溢れんばかりのチョコレートが入っていた。可愛らしい文字で「赤司征十郎様」と書かれたメッセージにはいったい何が書かれているのだろう。見るからに本命のようなこれは、どんな子が作ったのだろう。


「小春?」


ぼんやりとしていたので赤司が戻ってきたことに気付かなかった。それどころか荷物を見ているところを見られてしまったので慌てて小春はなんでもないふりをした。


「征くん、すごい量だね」

「はは、そうだね。これでも去年よりは少ないと思うよ」

「へぇ、これで」


どっさりと紙袋二つ分はあるチョコレートを指して減ったとは、去年はいったいどうなっていたのだろう。さらに今しがた手に持っていた包みを一番上に重ねればいよいよ溢れ出しそうだった。


「それ、どうするの?食べれるの?」

「いや、流石に難しいね。手作りのものは申し訳ないけど処分させてもらうよ。よくお腹を壊している人間を見るしね」

「…そっか」

「それ以外は優秀なお菓子処理班に任せるよ」


頭に思い浮かんだ紫色に思わず笑ってしまった。もしかすると彼がバレンタインを好きなのは、モテる友人たちからチョコレートを分けてもらうからかもしれない。それなら心配いらないね、と笑い合った。


「ところで、キミからは期待しちゃダメなのかな?」

「…え?…あるにはあるけど…。でも手作りだから食べてもらえないのかも」


遠慮がちにカバンから持ってきた箱を取り出す。揺れないように気を使っていたからきっと大丈夫だと思うが、今になって中身が心配になってくる。


「まさか」


受け取ると赤司は紙袋ではなく自分のカバンへそれをしまった。


「大切に食べるよ。もちろん自分でね」


宛名も差出人も、愛の言葉も添えられていないただのお菓子。たくさんのプレゼントに紛れてしまえばもうどこにいったかわからなくなってしまうそれだけを特別に扱ってくれたような気がして嬉しかった。さっきまで感じていたモヤモヤとした気持ちは晴れた。どんなに他の女子からアプローチされたって、自分だけが特別なのだ。

小春は嬉しさを隠しきれないまま、口に合うといいんだけど、とはにかんだ。

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