12

12月も半ばを過ぎ、定期考査を終えた帝光中学はどことなく和気藹々としていた。試験の結果は上位のみ廊下に張り出される。1位は入学以来不動の赤司で2位は緑間。その差は5点もなかったが結果を睨み付けて鼻を鳴らしながら去っていく緑間を見かけた。

意外にも紫原も6位とかなり上位に入っていたのを見て小春はひどく驚いた。普段の彼から成績がいいなど想像がつくはずがない。だから勉強会でもあんなに余裕そうだったのかと納得した。小春の結果は4位。まぁこんなものでしょ、と思うがすごいねと褒められるといつも謙遜して笑って返した。

青峰にはすれ違いざまにもうお前には教わらないなどと言われた。小春の教え方が悪かったわけではなく普段より得点は上がったものの、赤点で冬休みの補修は確定したようで部活のペナルティが課された、と黄瀬が教えてくれた。あの時の赤司っちは恐ろしかったっス、と顔を青くする黄瀬にバスケ部で一体なにが起きたのか考えたくもなかった。

ちなみに黄瀬はギリギリ赤点は回避したらしく酷く自慢してきた。学年4位の相手に言うことではないと心の中では呆れかえったが小春はニコニコと笑って褒めておいた。


(なんかバスケ部の人たち、普通に話しかけてくるようになったな)


前までは名前すら知らなかったというのに。彼らも赤司の彼女として接しているためかそのせいで女子生徒から疎まれることがないのが救いだった。


「なー藤原!」


教室で名前を呼ばれたので顔を上げる。話しかけてきたのはクラスメイトの男子だ。


「なに?」

「今度の土曜、あいつらと遊ぶんだけどお前も来ない?」


あいつら、と言いながら彼が指をさしたのは1組の男女。どこか初々しいあの二人は最近付き合い始めたカップルだったはずだ。あの二人と、ということは4人で出かけるということだろう。


「二人の邪魔しちゃ悪いんじゃない?」

「逆逆!まだ付き合いたてだし二人だと緊張するからってさ。クリスマス前の練習みたいなもんでしょ」

「そっかぁ。でもそれだとなんかダブルデートみたいじゃない?わたしには征くんがいるからなぁ」


面倒臭い、とは言わずに断り文句を言う。本命のコイビトがいるのに何故他の男子と遊ばなくてはならないのだ。


「でも赤司部活で忙しそうだし、いいじゃん遊ぶだけだよ!」

「だから…、あ、ごめん」


ちょうどいいタイミングで鳴った携帯を取り出す。従兄弟からのメッセージが届いており、そこには週末東京に行くと書いてあった。


「あ!やっぱり行けないや!親戚が来るから」


久しぶりに会える従兄弟を思えば自然と笑顔になる。それならまぁ仕方ないか、と引き下がってくれたので万事解決だ。せっかく赤司と付き合ってるのに、やはり彼の忙しさはつけ入る隙と考えられてしまうのだろうか。もう少し考えないと意味がないなぁと思いながら従兄弟へメッセージを返信した。

真くんが来るのは金曜日かららしい。推薦をもらった学校の見学に行くのだそうだ。もう志望校を絞っているのであとは実際に見て決めると言っていた。真くんのお母さんは東京に住んでいるため家に泊まったりはしないが土曜日は丸一日小春のために空けてくれたと聞いて思わず電話口で大好き!と言ってしまった。そう言うとかならず、バァカと返ってくるが、その声が小春は大好きだった。

行きたいところ考えておけよ、と言われたので無難にショッピングと水族館と映画、どれがいい?と聞くつもりだ。会うのは1年ぶりくらいだし、大人びているだろうか。3年近く関西にいるのだから、関西弁がうつったりしていないだろうか。真くんの口からぽろっと関西弁が出て来るのを想像してちょっと笑ってしまった。




****




「あら真くんいらっしゃい!大きくなったわね〜」

「お久しぶりです、叔母さん」

「相変わらず礼儀正しくて、姉さんもいい子をもったわ!小春の旦那さんになってくれたらいいのに」

「ちょっと、お母さん!」

「冗談よ。あんたに真くんは勿体無いわ」


会うたびに行われるこのやり取りは恒例と化していて、その度に猫をかぶってニコニコしている真くんを見るのはちょっと面白い。後から小春が嫁か、ありえねーなと見下されるのはわかっている。


「じゃあ行ってきます。帰りはここまで送るので安心してください」


声のトーンを上げて爽やかに話す真くんと一緒に家を出る。出た瞬間いつもの真くんに戻り、叔母さんは相変わらずだなと言っていた。

結局買い物と水族館に行くことになったので駅へ向かう。1年前より伸びた身長は赤司よりも高くて隣に並べば見上げなければいけなかった。


「つか水族館とか彼氏と行けばいいんじゃねぇの」

「…部活だし、てか彼氏だけど彼氏じゃないし」

「お前マジであの赤司と付き合ってんのかよ」

「マジだけど、征くんを知ってるの?」


そりゃバスケやってて知らねーわけねーだろ、と不機嫌になる。彼氏がバスケ部であることを知った後、まさかレギュラーじゃないよな、スタメンか、と回りくどく聞いてくるので痺れを切らしてキャプテンだと伝えたらしばらく放心状態になってしまったのだ。キセキがどうのとかはよくわからなかったけど、確かに前に見たあの試合はあまりにも圧倒的だったので赤司たちの敵は多いのだろう。


「彼、もうすぐ誕生日なんだよね。なんか買おうかな」

「彼氏じゃないのにかよ」

「彼氏じゃないけど彼氏なんだもん」


矛盾したことを言っているのは百も承知だが事実なのだから仕方ない。赤司を祝いたいというよりは彼氏の誕生日をちゃんと祝う子でいたいから買うんだと説明しておいた。

電車で2駅先の繁華街に到着すると街はクリスマス一色だった。赤と緑や金で装飾されたショーウインドウを覗いて小春は隣の男の腕を引っ張る。


「ちゃんと全部付き合ってやるから引っ張るなよ、バァカ」

「真くんとお出かけできるの嬉しくて!ここからみよ!」


口は悪いが顔に浮かべる笑顔は優しい。ともかく赤司へのプレゼントなど後回しだ。可愛らしい雑貨屋に入るとアザラシのマスコットキャラクターの眉があまりにも従兄弟に似ていたので怒られるのを覚悟でこれを真くんだと思って大事にしたいから買うと伝えてみた。




****




「おいまだ決まらねぇのか」

「う〜ん、どうしよう…」


あのマフラーも良かった、手袋も。スポーツ用品もいいかもしれない。いくつもの店を回っては誕生日プレゼントの候補ばかり増えていく状況に追い討ちをかけるように急かされてさすがに焦ってくる。


「形だけなんだろ?なんだっていいじゃねぇか」

「そういうわけにもいかないの。わたしのセンスが疑われたら困るでしょ」

「ったく…」


従兄弟に選んでもらうのも違うような気がしてムキになったけれど、冬の日は短くそろそろ傾きだした太陽に、水族館に行けなくなると言われて腹を括ることにした。真くんの腕を引いて早足でさっき行ったお店まで戻り、目的のものに手を伸ばした。


結局一番初めに見た手袋を購入した小春は新しく出来た水族館へ向かった。都心にあるそこは規模こそ大きくないがその分クラゲや熱帯魚のような見映えのする生き物が多く飼育されていると話題だ。


「ねぇ真くん見て〜!クラゲ綺麗!」

「わかったから走るなよ、バァカ」




****




夕方を回っているからか家族連れよりもどことなくカップルの多いそこで子供のようにはしゃぐ小春の手を掴む。はぐれないように腕を引き寄せて咎めれば反省しているのかわからない顔で笑いながら大人しく隣に並んだ。

規模の小さい水族館なので見て回るのに時間はかからない。お土産コーナーではまたしてもアザラシのマスコットを見せてきたがばっさりと切り捨ててやった。手を引かれて店内をぐるぐる回る小春に何か買うのか尋ねる。


「うん、ちょっとね〜。あ、アザラシじゃないから大丈夫だよ」


そう言いながら小春はストラップ売り場を眺める。手に取った小さなクラゲのそれは二つペアになっているようでどう見てもカップル向けのお土産だった。独り言か無意識か、言葉ではこれでいいや、なんて適当に選んでいるようだったが小春の横顔は笑っているように見えた。


「そういえば真くんはさ、高校決めたの?」

「あぁ、決めた」

「どこ?」

「霧崎第一だな」


なんで?と聞かれたので監督が”いい人”そうだったから、と含みを持たせておく。実際の理由なんて小春に言うつもりもなかったし、小春もそれ以上は何も言わなかった。


「そこって頭いい?制服かわいい?」

「まぁまぁじゃねぇの?」

「じゃーわたしもそこにしようかな。真くんと一緒!」


嬉しい?なんて聞いてくる小春に、彼氏クンと一緒じゃなくていいのかよ、と言いかけて言葉を止めた。

赤司が別の人間を好きになってしまえば関係は終わらなくてはならないというのに、もしも小春が、彼女だけが終わりにしたくないと願ってしまったならば。それはどれほど残酷なことなのだろう。いつか来る別れを前に大切な従姉妹が泣いてしまうようなことになるくらいなら。


「いいんじゃねぇの?受かればの話だけどな」


受かるよ!と頬を膨らませる頭を乱暴に撫でる。ストラップは誰に渡すのか、そんなことは聞かなくてもわかりきっていた。

[ < > ]

[ back ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -