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12月になった。綺麗な冬晴れの朝、小春は赤いチェックのマフラーに顔を埋めながら登校していた。余談だがこのマフラーは当初レモンイエローのものを買おうとした小春に友人が赤を勧めてきて押しに負けて赤を選んだ。小春は絶対こっち!と譲らなかった彼女が何を考えていたのかは想像に容易い。
今月はクリスマスや冬休みといった浮かれた行事があるがその前に定期考査が控えている。小春は普段から勉強しているため別段試験が近づいてきたからといって焦ったりはしないがクラスメイトたちは日に日に慌て始めノートを貸して欲しいと頼まれることも少なくない。
わたしも使いたいから今日中に返してね?となるべく優しく言えば大急ぎで書き写し始めるのだから、最初から授業中に書いておけばいいのにと内心呆れるのも毎回だ。
コートのポケットに入れた携帯が震える。カーディガンの袖を引き延ばして手の甲を隠して携帯を取り出し画面を確認する。そこには赤司からの新着メッセージが示されていた。
(こんな朝から…?)
朝練が終わったタイミングなのだろうか、と頭の片隅で思案しながらメッセージを開くと予想外のことが書いてあった。
”明日から期末試験まで放課後の練習がないんだ。一緒に勉強をしよう”
それはいわゆる勉強会のお誘いだった。明日からって、まさか毎日じゃないよね?と思うが赤司は部活がなくとも色々と忙しいだろうし、このところ特に時間も合わなくて一緒にいなかったからそろそろコイビトらしさを出した方がいいかもしれない。
そう結論づけた小春はいいよ、と返事を返した。
****
翌日の放課後、HRが終わると赤司は小春の元へやってきた。
「小春。少しだけ生徒会に顔を出してくるよ。先に行っていてくれないか?」
「うん、わかった。図書室でいいんだよね?」
「ああ。すぐに来るはずだから、大丈夫だよ」
「…来る?」
小春の問いかけに答えずにじゃあ、と去っていく赤司。来るって、誰が?赤司がっていうこと?と少々不安になりながら小春は図書室へ向かった。
いつもなら奥の席に座るがそれだと赤司が来た時に見つけられないかもしれないので見つけやすいところに腰を下ろす。テスト前だけあっていつもより人気が多かった。
「今日は奥の席に座らないんですね」
「わ!え?!」
突然真横から声が聞こえてついびっくりしてしまった。しかし小春がキョロキョロと顔を見渡しても誰もいない。周りの生徒が何事かと小春を見たくらいだ。
「すみません、ここです」
いつの間にか小春の隣の席に座っていたらしい男子が手を挙げてこちらを見ていた。色素の薄い髪色で存在感がまるでない彼をどこかで見たことがあるような気がするが小春は全く思い出せない。
「びっくりした…。いつからそこに?」
「藤原さんが来る前から座ってました」
「え…本当?気付かなくてごめんなさい」
かなり失礼なことをしてしまったので素直に謝ったが、彼はいつものことなので大丈夫です。と淡々とした口調で言っていた。黒子テツヤと名乗る生徒はバスケ部で、赤司に言われてここで小春を待っていたらしい。
「征くんが、どうして?」
「赤司くんから聞いていませんか?ボクたちと一緒に勉強すると」
なるほど、来るというのはバスケ部の彼らのことか。それならそうと言ってくれればよかったのに。別に二人がよかったわけではないが大して面識もない彼らと一緒に勉強するのも不思議な感じだった。
「そういえば、わたしの名前知ってたの?」
「赤司くんの彼女ですから、というのもありますがボクは図書委員なので。藤原さんにもたまに本の貸出手続きをしていますよ」
「あ…、そうだっけ。そういえば、そうかも…?」
黒子と話していると図書館の扉が開き大きな男子が4人入ってきた。緑間は青峰の襟を掴み紫原は黄瀬を抱えるようにして歩いている。連れてこられたような黄瀬は不服そうな顔をしていたが黒子と小春の姿を見て目を輝かせた。
「藤原さん!本当に来てくれたんっスね!」
「バスケ部のみなさん、こんにちは」
紫原の拘束を黄瀬が振り払ったのが先か、紫原が黄瀬をぽい、と放ったのが先か。とにかく抱えられていた黄瀬は一目散にこちらに走ってきた。黒子が図書室では走らないでください、と注意しても聞こえていない様子だ。
「ねぇ、今日はみんなで勉強会なの?」
「そうなのだよ。テスト前はいつも俺たちバスケ部レギュラーで勉強している」
黄瀬を注意する黒子、観念したのか机に突っ伏す青峰にお菓子を食べ出す紫原。どう見ても勉強する気があるとは思えないがわざわざ部活のない日に集まって図書室まで来るのだから彼の言う通りなのだろう。緑間真太郎だ、と丁寧に名乗ってくれたので小春もつられてフルネームで自己紹介をした。
「赤ちんが言うから仕方なくやってんだからね〜。俺は別にやんなくてもいーし」
「仕方がないのだよ。赤点常連が二人もいるのだから」
「お、オレだって前回は赤点一個しかなかったっス!」
「一個でもあってはいけないのだよ!」
わかったらさっさとテキストを出せ、と黄瀬と青峰に言う。持ってねーよ、とさも当たり前のように答える青峰に緑間は眉を吊り上げていた。
「征くんが来る前に始めた方がいいんじゃないの?」
「別にいつものことだし〜。それよりお菓子持ってない?」
さっきまで食べていたプリッツはどこにいったのやら、空っぽになった箱をビニール袋に放り込むと紫原は小春を見る。何も持ってないよと伝えれば諦めたのか、そっか〜と自分のカバンを漁りだした。自分で持ってるんじゃないかと思ったが気にしないことにした。
「アンタさぁ」
「?」
「本当に赤ちんの彼女なの」
身体が大きいからか、座っていても小春を見下すその目は冷たい。思ってもいない言葉に小春は息を詰まらせた。
「な、に言ってるの?わたしは征くんと付き合ってるよ?」
「ふ〜ん。そんな感じしないんだよね〜。まぁ赤ちんが彼女にベタベタしてんのなんか想像したくもないけど」
ただの世間話のつもりだろうか。彼の目に赤司がどう映っているかわからないが少なくとも赤司はコイビトに対して優しいと思うし、手を繋ぐなどのスキンシップもする。あからさまにベタベタはしないだろうが周りにはわからない程度に仲良しごっこをしていたつもりだった。
苦し紛れに男の子同士だとそうなのかもね、と苦笑いをしておいた。こちらの返答などどうでもいいように紫原はそういえば〜と口を開く。
「もうすぐ赤ちんの誕生日だけどどうすんの?」
「へ?誕生日?え…いつ?」
「はぁ?知らねーの?20日だよ」
やっぱり本当に付き合ってんの?と聞かれれば当たり前じゃん…と言うのが精一杯だった。
「ま、どうせ部活だけど」
「そうだよね…」
「お礼はお菓子でいーよ」
誕生日教えてやったから菓子を寄越せと言い出す紫原に今度あげるよ、と言えば約束だからと念を押された。何でもいいの?と聞いてみれば何でも食べるとのこと。大したものを用意するつもりはないのだが怒られるだろうか。
それにしても誕生日か。何かあげたほうがいいだろうか。いや、こんな立場で重すぎるか。そんな思考を繰り広げていると図書室の扉が開く。赤司が来たようだ。
「遅くなってすまないね」
「構わないのだよ」
「大輝、涼太、ちゃんとやってるか?」
瞳孔の開いた瞳で捕らえられた二人は背筋を伸ばしてノートに向かった。その様子に満足そうに目を細めると赤司は小春の正面に座る。
「征くん、お疲れさま」
「ありがとう。そういえば彼らがいることを伝えていなかったね」
「わたしは大丈夫だよ」
「それならば青峰の勉強を見てやってくれないか」
補修になってしまえば冬休み中の練習試合に出られないんだと眉を下げる赤司の頼みを断ることは出来ず小春は青峰の隣に移動した。
「大輝」
「あ?」
「僕の彼女が教えるんだ。赤点などあり得ないな?」
「……こえーよ!!」
赤司の目的はこれかと小春は思う。慣れ親しんだ自分よりも小春が教えた方が緊張感が増すだろう。確かに青峰のようなタイプには効果覿面だと思った。目の前で頭を掻く青峰に微笑んで見せてから頑張ろうね、と声をかける。仕方ねーなと筆記具を取り出す青峰を満足そうに見る赤司は黄瀬の方へと向き合った。
小春の脳裏に紫原の言葉が過ぎった。本当に付き合ってるわけ、ないじゃん。こうやって都合よく利用しあってるだけなんだから。
****
下校時間までみっちり勉強をした小春たちは学校を後にした。青峰はいつになく真面目に取り組んだようで魂の抜けそうな顔をしていた。紫原がコンビニに寄ると言いだすと他のメンバーもついていく。去り際に紫原は約束忘れないでね、と改めて言うとのそのそと歩いて行った。
「敦と何を約束したんだい?」
「あー…。征くんのね、誕生日を教えてくれたの。そのお礼にお菓子あげる約束」
「そういうことか」
敦らしいね、と歯を見せて笑った赤司は少しだけ幼く見えた。
「誕生日も知らなかったし、本当に付き合ってるの?って聞かれちゃった。気をつけててもボロは出るもんだなぁ」
「確かに僕も誕生日なんてすっかり忘れていたよ」
本当に関心がなさそうな赤司に、そんなものだろうかと思う。イベント事に興味があるタイプではないだろうが誕生日くらい浮かれたっていいのに。
何かしらお祝いはしないとせっかく教えたのに、と紫原から睨まれるだろう。そして疑いの目を向けられる。だったらコイビト様の誕生日くらい形だけでも祝うべきだと小春は思う。
「部活だよね?」
「そうだね。もし小春さえよかったらその日は練習を見にきてくれないか?」
「え、別にいいけど…、いいの?誕生日に」
「練習後の呼び出しは遅くなってしまうから全部断りたくてね」
「大変ね」
所詮自分は都合よく使われてるだけで、別に自分だってそうしているのだから彼を責めるつもりは毛頭ない。いつのまにか自分の家まで来ていたことに気付いたときには赤司はまた明日、と告げて踵を返していた。
家、こっちじゃなかったの。送ってくれたの。
当たり前のようで当たり前には出来ない優しさに胸の奥がちょっとむかむかとした。
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