09

1年生の頃に同じクラスだった友人たちと久しぶりに集まって遊びに行く約束をしていた今日、季節限定のパフェを頬張りながらみんなの近況報告を聞いていた。部活のことに今のクラスのこと、それからもちろん盛り上がる話題は恋のこと。1人が彼氏が出来たのだとカミングアウトすると質問攻めになり、話はこちらにまで飛び火してきた。


「ところで小春だよ、小春」

「そうそう、今日はそれを聞くために集まったようなものだし」

「ん?なんのこと?」


正面の2人から一気に話を振られたけれどなんの心当たりもなくて、口に運んだマンゴーがとびきり甘かったから隣の子に美味しいね、と投げかけたら私も気になっていたのだと便乗され、味方がいなくなったわたしは疑問符を浮かべてもう一度何が?と問い返した。


「だから、小春彼氏できたの?」

「えぇ、なんで?いないよ」

「噂になってるんだよね、小春のこと」


恋愛に無縁というほど疎いわけでもないけど、ここ最近は自分が恋すらしていないのにどうして彼氏なんかできるんだ。揶揄われているわけではなさそうな雰囲気にさらにみんなの意図がつかめない。


「噂って何?なんでわたしなんか」


考えてみても思い当たる節がない。そもそも目立つタイプでない上に部活や委員会もしてないのだから、別のクラスならわたしのことなんて知らない人の方が多いに決まってる。ほんとにいないの?と念を押されたので迷うことなく頷くと、心なしかみんなの顔が安心したように見えた。


「実はね、波羅夷くんと小春が付き合ってるんじゃないかって噂があるんだよ」

「……え……えぇ?!」

「まさか小春がって思ったんだけど、この前教室行ったら確かに喋ってるし…」

「波羅夷くん、2年になってから学校にくる頻度上がったって言われてて」

「そうそう、彼女ができたからじゃないかって」

「わ、わたしじゃないよ、付き合ってるわけないじゃん」


付き合ってるわけなんかない。わたしと波羅夷くんは全然違うし、学校以外で何をしてるのかもほとんど知らない。仮に彼女がいたとしてもわたし以外の誰かだと思う。波羅夷くんに彼女がいるなんて考えたこともなかったけど。

わたしが不良と付き合うイメージはなかったようで、否定すればすぐに信じてもらえた。ただ隣の席で話すだけだと説明して。噂がどの程度広まっているのかわからないけど、早く消えて欲しい。きっと迷惑だろうからできれば、波羅夷くんの耳に入ってしまう前に。




****




話が弾んでしまって帰る頃には日が沈みかけていた。衣替えも済み夏が近づいてきて日が伸びたなぁとぼんやり薄暗い空を眺めて道を歩く。友人たちとは少し前の分かれ道で別れたところだ。


「そこのお嬢ちゃん」


真後ろから声をかけられて、自分かどうかの確信はなかったけれど振り返ると見知らぬ男の人が3人、それから黒いワゴン車が近づいていた。見るからに柄の悪そうなこの人たちに知った顔はひとつもなく肩にかけたカバンを身体の前でぎゅっと抱え込む。


「…な、なんですか…」

「おい、コイツか?」

「間違いねぇっす!確かにこの女っす!」

「…よし、乗せろ」


下っ端っぽい人がわたしの顔を覗き込んで、それからボスらしき人に指示を受けて肩を掴む。まずい、これは。近くにお店もあるから声を出せば気付いてもらえるかもしれないけど、喉が震えてうまく声が出てこない。


「…やっ、やだ、何…?!」

「大人しくしてろよ、騒いだら…わかるよな」

「……ッ……」


ジャケットの胸ポケットに手を入れる仕草。怖い顔をした人がそんなところから出すものなんて、ナイフかヒプノシスマイクしかなくないですか。抵抗なんか出来るわけがなく、なされるがままに車の後部座席に押し込まれて全員が乗り込むと同時に走り出す。カバンを取られて携帯の電源を切られて、それから手首を後ろで縛られた。なんでこんなことになってしまったの。すぐ隣で吐かれたタバコの煙が染みたせいで、溜まっていた涙が一粒零れ落ちた。ボスが誰かに電話を掛けて、坊主を探せと指示を出していたけれどわたしには何のことやら全く理解できなかった。

しばらく走って目的地に着いたらしい。縛られた腕を引かれて雑居ビルの中へ入る。古びたそこは悪い人たちの溜まり場のイメージのままに作ったかのような彼らのアジトだった。冷たいコンクリートの床に放り投げられて、ろくに受け身も取れずに倒れ込む。暴行されて殺されるか、売り飛ばされるか、選択肢は多くても救いがこれっぽちも見当たらない。


「そんなに怯えんなよ、お前はあの坊主を呼び出す駒だからな」

「…坊主…?」

「とぼけんなよ、お前が波羅夷空却の女だってことはわかってんだ」

「…え?」


波羅夷空却の女?わたしが?ついさっきまで友人たちに問い詰められていたことと同じことを、まさか怖い人たちに取り囲まれて言われるとは想定外すぎる。わたしを「波羅夷空却の女」であると断定して話を進めるこの人たちは、どういう理由かはわからないけどとにかく波羅夷くんの彼女を拘束しておきたいらしい。それはわたしじゃない、どう考えても。


「…あの…!わたし、波羅夷くんの彼女ではありません…!」

「あぁ?テメェがヤツの家から出てきたことはわかってんだよ。なぁ茂男」

「もちろんっす!俺茂みから見てたんっす。間違いないっす!」

「そ、それは偶然で、とにかくわたしを連れ去ったって波羅夷くんには何も…」


何も関係ない。その訴えに茂男とかいう人は反論してくるけれど、ボスっぽい人は腕を組んだまま静かにこちらを見下ろしている。組んだ腕を指でトントン叩きその目に苛立ちが含まれていることに気がついて言葉を失う。どちらにせよ、わたしが助かる道が少ないことに変わりはない。人違いでした、で解放してくれるようには今更ながらやっぱり見えなかった。


「ごちゃごちゃうるせぇ女だ、ヤっちまうか」

「クソ坊主が来てからの方が盛り上がるんじゃ?」

「別にいいだろ、どうせ見せつけてやるんだ」


ウチのシマを荒らしたんだからこれくらいの罰は当たって当然だよなぁ。舌を舐めずり男が一歩ずつこちらへ近づいてくる。いやだ、やめて、こないで。……助けて、波羅夷くん。男の手がわたしの顎を掴む。強引に顔を上げさせられ、目の前に迫った男のぎょろりとした瞳が怖い。ぎゅっと目を瞑ったところで、ものすごい衝撃音が耳の鼓膜を激しく震わせた。


「なんだ?!」

「…テメェ…誰に許可取ってソイツに触ってんだ」


目を開けると見慣れた赤い髪に派手なスカジャン。顔だけは今までに見たこともないくらいに怖い表情を浮かべていた。鬼の形相、と表現するのが一番ぴったり合うような、そんな顔でわたしの目の前の男を睨みつける波羅夷くん。側には歪んだ扉と人が倒れている。


「…はっ、波羅夷く…」

「一度ならず二度もウチの部下を可愛がってくれて…、礼は弾むぜ」

「そりゃ結構。拙僧は今虫の居所が悪いからな、後で泣きベソかくなよ」


波羅夷くんの後ろには一郎もいて、だけど男たちの仲間はどこに隠れていたのやら次々と現れて数で言えば圧倒的に不利。それなのに2人とも焦った様子もなくいとも簡単に全員を打ちのめしてしまった。波羅夷くんが意識を失って倒れるボスの身体に跨り、胸ぐらを掴んで拳を振り上げたところでその腕は一郎に掴まれて止まる。


「空却、そのくらいにしとけ。……小春も見てる」

「…チッ…」


最後に軽くその胴体を蹴ってから波羅夷くんはこちらへと近づいてきた。一歩前、手が届くくらいの距離で、ここにいるのが波羅夷くんだということに胸に広がっていた絶望が安堵に変わり、涙になって次々に溢れ出てくる。


「お前も、なんで簡単に攫われてんだ!」

「……っ、ご、ごめ…」


荒げられた声が耳に響いて身体が強張る。涙混じりの声はうまく出てこなくて、もう一度言おうと顔を上げたら舌打ちと共に顔をそらされた。腕、と短く言われて、座ったまま身を捩って縛られた腕を波羅夷くんの方へと向けた。


「もうあんま拙僧に関わんな」


解かれている途中だったロープが食い込むのも構わずに振り返る。動くなとだけ言って黙々と手を動かす波羅夷くんの目線は下を向いたまま、笑っても怒ってもいない。関わるなってことは、もう話したりすることも出来ないのかな。ばかみたいなことで言い合って、笑うことも出来ないのかな。

波羅夷くんの言いたいことはわかる。波羅夷くんと仲良くしていなければ、こんな勘違いをされて危ない目に遭うこともなかったわけで。それでも、


「…い、いやだよ」

「あ?」

「だってわたし、波羅夷くんと話すの好きだし…」

「……」


ぴたりと音が聞こえてきそうなくらいに一瞬にして止まった波羅夷くんの手。沈黙に恐る恐る顔を上げてみると顔もこっちを見たまま止まっていた。波羅夷くんの肩越しに一郎もしゃがんだまま、というより立ちあがろうとした中途半端な姿勢でこっちを見ている。

この場に似つかわないしんと静まり返った空気はどれくらい続いたのかわからない。何か言わないと、と2人の間で視線を何往復も彷徨わせて混乱した頭を必死に回転させる。


「……あっ、あ、あ、ああああああの、変な意味では…!」

「…お、おお」


ちらと見た一郎がこちらを見て何か言いたげな顔をしていたけれど、一つ息をこぼしてからまたボスの懐を探っていた。たぶんどこの誰なのかをはっきりさせようとしている…のだと思う。

気を取り直して再び拘束を解いてくれる波羅夷くんは気のせいかもしれないけれど、もう怖い顔はしていなかった。ねぇ波羅夷くん。呼びかけに小さく声を出して答えてくれる。


「うちのクラスの先生って席替えしない主義なんだってよ」

「………お前それ、今言うか?」

「だって、だからその、関わらないとか、無理じゃん…って…」


すごく怖かった。わたしどうなっちゃうんだろうとか、身体の大きな男の人たちに囲まれて何も出来なくて。その人たちを殴る波羅夷くんも、怖いと思った。だけど助けに来てくれたってわかったから、それ以上にかっこよくて頼もしく思えたの。

またこんな目に遭ってもいいかと言われたら、そりゃあ当然嫌だけどそれ以上に波羅夷くんと話せないことの方が嫌だと思ってしまった。なんてことは絶対に言わないけど。迷惑だと思っただろうか。ロープを解き終えた波羅夷くんが頭の後ろをガシガシと乱暴に掻いた。


「…まぁ、別にいいけどよ」

「あー取り込み中悪いんだけどよ、早めにズラからねぇと」

「取り込んでないっっ!!」


腰が抜けてまともに力が入らなかったけど叫んだ勢いで立ち上がった。確かに周りに倒れている人たちがいつ起きてくるかわからないし、まだ応援が来るかもしれない。行くぞ、と言って走り出してしまう2人に置いていかれそうになったと思ったら、波羅夷くんだけが後ろを振り返って手を差し出してくれる。

引っ張られるように階段を駆け降りてビルの外へ出て夜の街を走った。転ばないようにするのが精一杯。息が上がって苦しい、こんなに走ったのなんていつぶりだろう。しばらく行ってたどり着いた公園で止まり、3人揃って息を吐いてベンチに座り込んだ。一郎と波羅夷くんが何か話しているのを聞き流して息を整える。多分もうこれ以上逃げる必要なんかないはずなのに、繋がれた手を離すタイミングがわからなかった。

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