03
よく晴れた土曜日の昼過ぎ。空却が一仕事終えてから自分の部屋に戻ればそこには雑誌を読みながら寛ぐ小春の姿があった。仕事用のきっちりとした服とは違い緩めのワイドパンツにロングカーディガンで髪も無造作に纏められていた。
「くーこーくんおかえりなさい」
「だからオメェは何で当たり前にいんだよ!」
「いいじゃん。あ、コレ借りてるね」
パタパタと雑誌のページを扇いでいるのを見ればそれは確かに自分のメンズファッション誌だ。そんな趣味の合わない雑誌を見るしかすることがないのなら家に帰ればいいのに。
「もしかして拙僧がいなかった間もここにいたのかよ」
「あ…えへへ、ばれちゃった?」
夜には帰るから大丈夫だよって、何が大丈夫なんだよ。もう何を言っても無駄だと察知して空却は諦めて自らもようやく腰を下ろした。
「オメェこんなとこに来ていいのか」
「んー?なんで?」
「なんでって……男がいんだろーがよ」
ぱちりと目を瞬かせてこちらを見る小春に思わずため息が出る。恋仲の相手がいるくせにこうして部屋に平気で上がりこまれるのは男として意識していないと言っているようなものだ。まさにその通りなのだろうが。
「うーん、まぁ、」
目線を上に泳がせて言葉を選び始めた小春の言葉を遮って携帯のバイブレーションが響いた。ローテーブルに置かれた小春の携帯は着信を告げて振動を続けている。相手の名前を見た瞬間シャキと背を伸ばして投げ出していた脚を整えると小春は慌てて電話に出る。
「はい、藤原です。お疲れ様です。…あ、月曜日の会議ですね。リスケですか?はい」
ガサガサと鞄を漁って手帳を取り出す。肩で携帯を抑えて更に鞄の中を探ってから小春はこちらに『ペン』と口パクで合図してくる。しゃーねーな、と立ち上がって適当なボールペンをぽい、と投げれば『ありがと』と口を動かした。バサバサと手帳を開いた小春は挟まっていた紙を落とし、空却はそれを拾い上げてからぎょっと驚いた。
「…はい、わかりました。じゃあ水曜日によろしくお願いします」
失礼します、と電話を切ると気が抜けたようにはぁと一息ついた。
「ペンありがと、…って、えっ?!なんでそれ…!!!」
「こっちのセリフだわ!なんでオメェこんなん持ってんだ!!」
くわっと目を見開いて小春に突きつけた写真には空却とかつてのチームメイト、山田一郎が写っている。イケブクロでNaughty Bustersを組んでいた頃のものだろう。小春が慌てて写真を取り返そうとしてもひょい、と高く上げられてギリギリ届かない。
「返してよ!」
「質問に答えろや」
「えっと、わ、わたし、実はMC.B.Bのファンなんだよねっっ!!!」
は?と空却が固まった隙に写真を取り返して手帳に挟んで隠す。傷がついていたらどうしてくれるの、と口を尖らせて空却を見上げる。
「……チッ、なんでよりによってアイツなんだよ」
「え、ダメだった?」
べっつにーと眉間にしわを寄せる空却にひとまず誤魔化せたのだと小春はそっと胸をなでおろした。
(幼馴染のくせに写真持ち歩いてるとか気持ち悪いでしょ…)
実際のところ小春は山田一郎についてほとんど知らない。大学生からイケブクロに住み始めた友人から幼馴染くんがチームを組んだみたい、と連絡があってその名前を教えてもらった。この写真もその子に頼んで送ってもらったものだ。写真の二人は仲が良さそうなのにあまりいい顔をしない空却には首を傾げたが、あまり深入りしてボロが出るのも怖いので黙っておくことにした。
「…そーいやお前の彼氏ってどんなヤツなんだよ」
「どんな…って、普通だよ?優しい人」
「アバウトすぎんだろ、なんかもっとあんだろ?」
眉を吊り上げる空却にえぇ、と面倒そうな顔をしてみせても聞き入れてくれる気は無いらしい。家族同然の彼に恋人の話をするのはなんだか気恥ずかしいけれど仕方ないか。
「包容力があるっていうか、年上っていうのもあると思うんだけど素直に甘えられて、何かあった時もわたしが言う前に気付いてくれたり」
「へぇ」
さして興味のなさそうな短い返事しか返さない空却は眉間にシワを寄せて不機嫌な表情を崩さない。聞いてきたくせに何よと抗議の声を上げてもごろんと横になった空却はもう返事をしなかった。
昼寝でもするのだろうと思いタオルケットを取ろうと立ち上がった小春に目線だけを小春が読んでいた雑誌に向けた空却から声がかかる。
「もしかしてソレも彼氏の趣味かよ?」
「全然違うよ、もっと落ち着いた大人の男性だもん」
「あーそーかよ」
とうとう本当に目を閉じた空却にタオルケットをかける。そのまま携帯でパズルゲームを始めた小春は空却が起きないように静かに時間を潰すらしい。
(よりによって年上かよ)
目を閉じた空却は見たこともない小春の彼氏を想像する。小春より年上ということは社会人だろう。仕事関連で知り合ったのかもしれない。自分と違って毎日スーツを着こなす男の隣にはヒールを履いた彼女が寄り添っているのだろうか。
自分には甘えて来たことも弱みを見せたことですら記憶の中にない。やはり女というのは頼れる男に惚れてしまうものなんだろうか。
嫉妬なんてクソ女々しい感情が湧いてしまうことに腹が立って目を閉じても眠れそうにない。何がオメェを守れるくらいでっかくなっただ。もうアイツには守ってくれる男がいるんじゃないか。何の意識もせずに平気でいられる彼女にも、意識させることすら出来ない自分にも、それを悔しいと思ってしまう自分にもイライラして仕方なかった。
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