Candy melts

部屋の扉をノックする音、それからお母さんの声。ベッドに背を預けたまま視線だけをそちらへ向けて身支度を済ませた母を部屋に迎え入れた。


「具合はどう?お父さんとお母さん、そろそろ出掛けるけど1人で大丈夫かしら」

「…うん、大丈夫。いってらっしゃい」

「なるべく早く帰るから、大人しくしているのよ」


枕元に薬の入った小瓶を置いてわたしの頭を数度撫でてからお母さんは部屋を出て行く。今日で3日目。風邪をこじらせてしまったから仕方ないとはいえ、長引くベッド生活にも飽きてきた。みんなともずっと会えていないし、こんなにも暇なのに読みたい本は内容が頭に入ってこないのだから風邪なんて早く治ってほしい。外は澄み渡る青空が広がっていて余計にどこにも行けない辛さが増すような気がした。




****




いつの間にか眠っていたらしいわたしは窓の外で物音がしてぼんやりと目を開けた。眠りに落ちる前より幾分か身体は楽になっていて、ベッドから抜け出して窓へ近づく。再びコツンと何かが当たる音がして外を覗き込めば、そこにはこちらを見上げるカインがいた。その手にはじゃらじゃらといくつかの小石を持っていて投げて合図していたのだとわかった。


「アイリス、ちょっと離れてろ」


こくこくと頷き一歩下がる。カインの姿が見えなくなって、一体どういうことかと考える間もないままに突然視界にカインが飛び込んできた。器用に窓枠に腰をかけているけれど、こっちは驚きで心臓が飛び出してしまいそうだ。


「な、なんで?どうやって来たの?!」

「跳んできた。お前が1人で退屈してないかと思ってな」

「跳んでって…」


竜騎士のスキルをこんな風に使う人なんてそういないだろう。修行の成果で日に日に高く跳び上がることが出来るようになっているカインにとって、2階の窓なんて軽々届いてしまうところなんだと感心してしまった。


「ちょっと心細いなぁって思ってたの。お父さんもお母さんもいないし…」

「身体は大丈夫か?」

「…うん、ゲホッ…、ちょっと長引いちゃって…」


カインの隣、窓枠に寄りかかって咳をしたのを大丈夫だと誤魔化すように笑ってみせた。実際、だいぶ良くなってきているからもうじき治るはずなのだけれど。


「…ごめんね?せっかく来てくれたのに、風邪移っちゃうかも」

「心配するな、俺はそんなに柔じゃない。それよりほら」


懐から手のひらに乗るくらいの小瓶を取り出してわたしの前に差し出してくれる。薄い黄色のキャンディは日差しを受けてキラキラと輝いていた。風に揺れるカインの髪と同じ色で。


「お前これ好きだろ?喉にもいいと思ってな」

「…嬉しい…!カイン、ありがとう!」

「ちゃんと飯食ってるか?」

「…う…実は、お母さんの調合する薬がすっごく苦くて、食欲が湧かないのよ…」


ちらりとベッドサイドに置かれた薬に目をやるとカインも察したように憐れむような声を上げた。緑色とも青色とも言える色合いのどろりとした薬は庭でお母さんが丹精込めて育てているハーブを調合したもので、その効果はすこぶる良いのだけれど味が受け入れ難いという唯一の欠点を持っている。


「そんなことだろうと思ったぜ。それがあれば口直しにもなるだろう」

「うん、もう大丈夫そうだわ」

「早く治せよ。ローザもセシルもお前と遊びたがってる」


くしゃりと頭を撫でられて、そういえば髪も何も整える前にカインに顔を合わせてしまったことに気が付いた。慌てて窓に映る自分の姿を確認して、そして窓の外に見慣れた2人を見つけた。


「ちょっと、カイン!そんなところで何してるのよ!」

「危ないよー!」

「え、ローザ!セシルも!」


2人は塀の外、道なりに歩いているところで窓に座るカインに気が付いたらしい。手を振るローザとセシルがそれぞれ握った小さな花はわたしの部屋に飾ってあるものと同じだ。風邪をひいた初日にお母さん伝いに届けてくれたもので、会うことは出来なくても毎日来てくれているのが嬉しくて治ったらお礼を言わなきゃと思っていた。


「抜け駆けがバレたな」

「怒られちゃうかも」

「それは困った」


顔を見合わせて笑い合って、下から名前を呼ばれてわたしも手を振り返した。


「カイン、来てくれてありがとう。また元気になったらいっぱい遊ぼうね」

「あぁ、しっかり休めよ」


来た時と同じように窓から跳んでいったカインはローザとセシルに囲まれて詰め寄られていた。上から見ているだけで何を言っているか想像が出来て笑いがこぼれてしまう。ローザがカインに花を押しつけた。これも届けてきて頂戴、ってところかな。勢いに押されるカインはもう一度こちらを見上げてわたしに少し離れているように声をかけると、地面を蹴って跳び上がる。ふわりと軽い跳躍は軽々と窓まで届き、手にした小さな花が潰れてしまわないように慎重にこちらへ渡してくれた。


「あいつらからだ。…見てたろう?」

「うん。ふふ、2人にもありがとうって伝えてほしいな」


頭に置かれた手がぽんぽんと優しく触れて、向けられる微笑みに何ともないように振る舞うので精一杯だった。顔が熱い。熱が出てるのとは明らかに違う理由で。

歩いていくみんなに手を振ってもらった花を花瓶に生ける。瓶から一粒キャンデイを取り出し舌の上で転がした。高い体温で溶けるキャンディはいつもよりずっとずっと甘く感じた。

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