きみにくちづけ

コンコン―――


「起きてる?入るよ?」


問いかけてみたが返事はなく、黒魔道士団副隊長、アルは隊長であるアイリスの部屋の中へ入った。案の定彼女は未だ夢の中で、夜中まで読み更けていたのであろう魔導書が枕元に置いてある。あどけなさの残る顔で眠りこける少女はアルが近付いても起きる気配はない。


「アイリス、起きて」


声を掛けるだけでは全く反応を見せないため、体を揺さぶってみる。すると流石に目を開け、ぼんやりとこちらを見た。寝ぼけてはいるがなんとか起きたようだ。


「…ん、アル…?あれ、もう朝?」

「そうだよ、おはよう、アイリス」


やっと覚醒してきたようで、体を起こしたアイリス。アルはにっこりと微笑みアイリスの手を取った。


「アイリス、誕生日おめでとう」


言葉と同時に手の甲に口付けを落とす。今日はアイリスの17歳の誕生日だ。




****




アイリスは城の廊下を歩いていた。いつも通りに食堂へ朝食を取りに向かっただけなのに、声を掛けられて立ち止まる回数は数え切れず、挙句プレゼントを用意してくれていた人も大勢いたため帰る頃にはアイリスの両手は塞がってしまった。食堂のおばちゃんもサービスしてくれた上にケーキまで用意してくれていた。

こうなることがわかっていたため、アルは一緒に来てくれたが、彼の両手にも抱えきれないほどのプレゼントがある。


「…去年より増えたな」

「そ、そうだね。ごめんね、持ってもらっちゃって」

「気にするなよ。アイリス一人でこんなの持ったら潰れちゃうだろ」

「…ありがと」


なんだかんだ優しい年上の部下に感謝しながら、アイリスはとにかく私室を目指す。重くはないが、落としてしまいそうで不安だ。


「あ、いたわ!アイリス!!」


後ろから声を掛けられ、アイリスは足を止めて振り返る。そこにいたのはローザだ。


「ローザ!」

「アイリス、お誕生日おめでとう!ふふ、すごい量ね。これじゃあセシルやカインにも負けてないんじゃない?」

「ありがとう!まさか、あの二人とは次元が違うわ」


そう言いながら二人で彼等の誕生日を思い出す。一日中プレゼントを抱えた状態で見かける彼等は本当に人気者だ。主に女性に。


「そうそう、あのね、今日の夕方城門に来て?街まで降りましょう。今日はセシルもカインもそれまでに終わらせるように言っておいたから!」

「本当?わかったわ。でも、二人に無理言ってないよね?ただでさえ忙しいんだから…」

「それは大丈夫よ。アイリスのためって言ったら二人とも絶対終わらせるって言ってたもの」


それを無理だというのよ、なんて今更言ってもわからないだろう親友をみて苦笑いを浮かべたアイリス。それでも自分のためを思ってしてくれたのだから嬉しいのだ。


「ありがとう、ローザ。じゃあまたあとでね」


今頃机にかじりついて書類とにらめっこをしているであろう幼馴染に心の中で謝ってからアイリスも執務に向かった。




****




途中団員からのプレゼントを受け取ったりしながらいつも通り執務をこなしていた。太陽は西に傾き、赤い光が射し込むころ。


「アイリス、今日はもうここまででいいよ。あとは俺がやっておくから。さ、準備しておいで」

「そう?…じゃあお言葉に甘えようかな。あとはそこにある書類だけだから、アルよろしくね」


黒いローブを靡かせ、執務室から隣の私室へ移動する。ローブは脱いで適当に掛けると鏡台の前に座って軽く化粧を直す。カインに会うのも久しぶりだ。普段よりは気合いを入れて服も選んでいると、そろそろ行かなくてはみんなを待たせてしまう時間だ。


アイリスが城門に着くと、そこにはすでに三人がそろっていた。セシルもカインも、念のため剣を携えてはいるが、鎧は脱いでいて久しぶりに見る軽装だ。三人の、少しずつ違った色の長い髪がさらさらと風になびいていた。


「ごめんね!待たせちゃった?」

「ううん、全然構わないよ」

「俺達もさっき来たところだ」

「そっか、よかった!」


バロンの街の酒場に着き、四人は他愛もない会話で盛り上がっていた。多忙のためにめったに集まることの出来ない幼馴染との時間を刻むように笑い合った。




****




「そろそろプレゼントを渡そうかしら?」

「そうだね」

「わあ、みんな用意してくれたの?」

「当然じゃない!ねえ、セシル?カイン?」

「もちろんさ。…あれ、カイン?」


プレゼントの話題になってから口をつぐんでしまったカインを不審に思ったセシルが問いかけてみる。


「もしかして、カイン…。あなた…」

「い、いや、用意はしたさ。だが、部屋に置いてきてしまったらしい。悪いがアイリス、後で渡してもいいか?」


ローザに詰め寄られてたじたじのカイン。全くカインらしくないミスだが、急いで仕事を終わらせて来たために焦っていたのだろう。そんなことよりアイリスは用意してくれたことで嬉しかった。


「もちろん、大丈夫だよ。カインも用意してくれたのね、ありがとう!」

「全く…。まあいいわ。アイリス、私からはこれよ!」


可愛らしく包まれた小さな箱を受け取り、開けてみるとそこにはアメジストの輝くペンダントが入っていた。


「きれい…!ローザ、ありがとう!」

「ふふ…、私とおそろいなのよ!気に入ってくれて嬉しいわ」


ぎゅっとローザに抱きついて互いの頬に口付けをする。ローザのペンダントは紅く輝くルビーのようだ。白い肌とブロンドの髪によく映えてすごくきれいだとアイリスは思った。


「僕からはこれだよ」

「ありがとう、セシル!」


セシルからのプレゼントを開けてみると、ブローチが入っていた。シンプルだが、きらきら輝く色とりどりの石が花をかたどっていた。さっそくワンピースの襟に留めてみる。


「やっぱり、絶対アイリスに似合うと思ったんだ」

「嬉しいわ、セシル!」


にっこり笑うセシルの頬にも口付けをすると、セシルも優しく答えてくれた。




****




すっかり時間も遅くなり、次の日のことを考えるとそろそろ城に戻らなくてはならない。夜風が火照った頬に気持ちがよかった。城に着くとセシルとローザはそれぞれの部屋へ戻った。


「アイリス、すぐに取ってくるから待っていてくれないか」

「うん、大丈夫だよ!」


カインは早足で私室へ入って行った。ここは久しぶりに来た竜騎士本部前。ここの裏には竜舎がある。小さい頃にかくれんぼをした記憶を呼び起こしながらカインを待てば、彼はすぐに部屋から出てきた。


「悪い、待たせた。これだ」


カインに渡されたのは小さな包み。雑貨屋さんの名前が入った包装紙を見て、カインが一人で買っている姿を想像すると少しおかしかったが、素直にとても嬉しかった。


「ありがとう!開けてみてもいい?」

「ああ」


にこにこと嬉しそうな顔を隠しきれずにアイリスは包装紙を丁寧にはがしていく。小さな箱から出てきたのは可愛らしい髪飾りだった。アヤメの花をかたどった紫色の小さめなペアピンだ。


「…かわいい…。カイン、すごく嬉しいわ!わたし、アヤメの花大好きなの!」

「貸してみろ」


そう言ってアイリスの手からペアピンを取ったカインは、少し屈んでアイリスの前髪をピンで留めた。ぼんやりとした廊下の明かりだけで照らされたカインの顔が近付く。


「誕生日、おめでとう」


言葉と同時に額に感じた唇の感覚。何が起きたのか認識したアイリスは顔を真っ赤にしてカインを見上げた。カインは涼しい顔で部屋まで送ろうだなんて言っている。


「だっ、大丈夫!ほら、すぐそこだしっ!大丈夫だからっ!おやすみカイン、これありがとね!」


早口ですべて言うとアイリスはカインに背を向けて走り出した。火照った顔に夜の冷たい空気が気持ちよかった。


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