トランクィッロ11

暇を持て余しながらベッドで1人魔法の練習をしていたときだった。突然建物に大きな衝撃が走りずしりと揺れたのは。浮遊しているはずの塔で地震が起こるはずもなく、強い魔力を感じたから何かの魔法が使われたようだ。この塔に誰かがやってきたのか、ガバリと身体を起こして立ち上がる。


「…あれ、鍵が開いてる」


バルバリシアがかけ忘れたのだろうか、いつの間にか開いていた扉の鍵に不審に思いながらも廊下に出てみる。キョロキョロと辺りを見渡しても魔物一匹見当たらない、これはチャンスだ。この数日の間で考えたこの塔から出る手段は1つ、ローザを探し出して彼女のテレポで転移すること。そのためにはゴルベーザに悟られずにローザと接触しなくてはいけなかった。


(ローザは多分あの部屋だわ。急がないと)


以前バルバリシアがその扉の前で立ち止まったあの部屋。あれ以来部屋の前を通りがかっても大きな錠がかけられていた。錠がかかっているということは中にローザしかいないということだ。周囲を警戒しながら足を忍ばせて記憶にある道を辿る。そこに着くまで誰とも会うことはなかった。


(やっぱり今日も鍵がかかってる。これさえ壊せれば…)


しかしあいにく今のわたしは丸腰である。ダメ元でガチャガチャと揺らしても当然ながらびくともしない。魔力を集中させる杖がないため威力は落ちてしまうかもしれないけれど、魔法であればなんとか壊せるかもしれない。

そう思ったとき、遠くからこちらへ誰かが駆けてくる足音が聞こえた。まずい、バレてしまっただろうか。隠れようにも長く伸びた廊下にそんな場所はなく、魔法を唱えようと構えているとついにその足音は廊下の向こうに姿を現した。


「…アイリスか?!無事だったんだね!」

「セシル…!カインも!」

「時間がない、どいていろ!」


そこにいたのはセシルとカイン、そしてバロンの飛空挺技師であるシドとファブールで会ったモンク僧も駆けてくる。セシルとカインはわたしが離れたことを確認すると扉を蹴破って中へ突入した。

部屋の奥に縛りつけられたローザをセシルが抱き込むように助け出した瞬間、彼女の頭上に括り付けられていた刃が鈍い音を立てて落ちた。本当に危機一髪の光景に思わず息が止まりそうになる。あと少し遅ければローザは…。ローザは涙を浮かべてセシルの胸元へ飛びついた。


「私、あなたが来てくれると信じていたわ…」

「君がいなくなって分ったよ……僕は君を……」


お互いの身を確かめるようにぴったりくっついて唇を合わせる2人。よかった、素直にそう思った。それと同時にバルバリシアとの会話を思い出す。あれがカインだったら、なんてありもしない想像を頭から追い出すように小さく首を振る。

そうだ、カイン。セシルたちと一緒にいると言うことはゴルベーザの洗脳が解けたのだろう。今のカインからは禍々しい気配を感じず、以前までに戻ったようだった。


「カイン?!」


部屋を見渡しカインの姿に気がついたローザは驚きのままに声を上げた。正気に戻ったのだと説明するセシルにその目は安心したように細められて祈るように組まれた手に力が入る。当のカインは力なく項垂れて2人から顔を逸らすように背を向けて佇んでいる。


「…許してくれ、ローザ」


言葉を選ぶカインの口は重い。その続きは聞かない方がいいような気がして、何かを言って言葉を遮ってしまいたかった。聞きたくないはずなのにその口元をじっと見てしまう。


「……操られていたばかりじゃない!俺は、君に側に……いて欲しかったんだ!」


瞬間、心臓をぎゅっと握り潰されたような感覚がした。血の気が引いて頭の中が真っ白になる。絞り出すようなカインの声は、決してその想いを直接伝えることが出来ないもどかしさに囚われている。

わかっていたはずだった。カインがずっとローザを見ていたことくらい。ローザの側にいたかったことくらい。頭でそうわかっていても、いざ本人の口から言われるとこんなにも胸が苦しくなるんだ。息が苦しい。こころが痛い。こんなの聞きたくなかった。せめて何も見たくなくてそっと下を向く。胸の前で握りしめた自分の手首に巻かれた青いリボンが見えて、こんなときでなければいっそ泣いてしまいたかった。


「一緒に戦いましょう、カイン」

「すまない、許してくれ」


ローザもまた選んだ言葉をカインに投げる。歪に絡んだみんなの気持ちが邪魔をして、それでもわかってしまう本心が痛いほど苦しい。重い空気を壊すようにシドがここを早く去るべきだと急かすとカインはようやくその顔を上げた。

アイリス、ローザに優しく名前を呼ばれて顔を上げると彼女はこちらへ駆け寄りわたしを腕の中へ閉じ込めた。


「あなたも無事で良かったわ…」

「ローザ…もっと早く助けに来てあげられなくてごめんね」


ローザの背に腕を回して親友をぎゅうと抱きしめる。いいのよ、無事だったんだからそれだけで。わたしもローザが無事で本当に良かった。触れた温もりに溢れそうになった涙を笑いながら拭ってくれる。ローザが大好きだ、決してわたしはローザを憎んだりしない。大丈夫。心の中で何度も言い聞かせる。


「さぁ、帰ろう。みんなで…!」

「おお、そうじゃ、アイリス!お前さんに言うことがあったわい!」


シドに名前を呼ばれてその顔を見る。ゴーグルで隠れた瞳に髭がもじゃもじゃした風貌でも優しそうな雰囲気を感じさせるシドはニカッと笑って得意げに胸を張っていた。首を傾げて続きを促すと同時に部屋の中にびゅうと突風が吹く。突如現れた気配に皆武器に手をかけて周囲を見渡すとそこへ聞こえてきたのは高い女性の笑い声だった。


「ほっほっほほほ……ゴルベーザ様に手傷を負わせるとは、お前たちを見くびっていたようね!」

「バルバリシア…!」


風の中から姿を現したのはバルバリシア。どうやらセシルたちはここに来る前にゴルベーザと対峙したらしい。バルバリシアが長い髪をまるで手足のように自在に操り竜巻を起こすと立っているだけで精一杯になる。高圧的な顔は槍を構えるカインを見据えてひどく不機嫌そうに歪んだ。


「カイン。お前も寝返ったようね。それだけの力を持ちながら!」

「寝返ったのではなく、正気に戻ったと言ってもらおうか。バルバリシア!」

「なれなれしく呼ぶでない!」


ビリ、張り裂けるような声が響き部屋に吹き荒れる風が一層強くなる。ローブを煽られてバランスを崩したわたしの腕を掴んでくれたのはファブールのモンク僧だった。


「大丈夫か」

「…あ、はい…!あの…」

「自己紹介は後だ、アイリス殿。貴殿は我々の後ろへ!」


わたしを庇うように立つモンク僧とシド、そして大きな盾でローザを守るセシル。わたしは、戦える。守られているだけではダメなのだ。この力は誰かを守るために使わなくてはいけないのだから。


「魔法で援護します、あまりバルバリシアに近づきすぎないでください!」


かたじけない、そう叫びながらも颯爽と走り出して攻撃の構えをとる。ファブールで対峙したモンク隊の隊員よりも少し歳を重ねているように見える彼はかなりの腕前なのだろう。それでもバルバリシアの起こす竜巻の前で如何様にして戦うか測りかねているようだ。

呪文を詠唱して狙いを定める。カインの槍を弾き飛ばした瞬間に出来た隙をついて氷塊を飛ばしたが彼女の纏った風に防がれて傷一つつけることができない。


「アイリス…。お前はあんなにもゴルベーザ様に気に入られながらこいつらと共に行こうとするとは!」

「勘違いしないで、わたしはあなたたちの仲間になったわけじゃないわ」

「ふん、邪魔だ」


どいていろ、そう言うと同時にわたしの目の前に雷が落とされる。狙いが外れたのかわざと外したのかダメージは無かったけれどぴしりと走る床の傷はまるでわたしなど相手にしないと言われているようでその顔を睨みつけた。


「奴が竜巻を纏っている状態で攻撃するのは危険だ、俺が上から叩く!」

「あぁ、任せたぞ、カイン!」

「空中戦はお前だけのものじゃない!とどめだ、バルバリシア!」


高く飛び上がったカインは一直線に竜巻の目となっているバルバリシアへ槍を突き刺す。バルバリシアは倒れその美しい髪は地面に投げ出されている。


「カイン、きさま……!この私を倒しても…最後の四天王がいる!このゾットの塔諸共…消え去るがいい!!」


ゴゴゴと建物が大きく揺れて喉元へ槍を突きつけていたカインがバランスを崩す。よろよろと立ち上がりまた地面から少し浮遊したバルバリシアは一瞬にして風の中へ姿を消した。


「きゃあ!」

「お前は来なさい、ゴルベーザ様の元へお連れしてやろう!」


突然後ろから腕を捻りあげられ羽交い締めにされる。暴れようとしてもびくともしないのは彼女が魔物で、人間とは桁違いの力を持っているからだろう。アイリス!カインが名前を呼んでこちらへ近づこうとするも揺れる塔に足を取られて動けない。わたしはふわりと自分の足が地面から離れるのを感じた。


「くっ…だめだ、塔が崩れる…!」

「私に掴まって!」

「だが、アイリスが!」

「カイン…!」


伸ばした手は届かない。窓の外では音を立てて煉瓦が下へ落ちていくのが見える。ぐいぐいとバルバリシア自身の力ではない何かに身体を強く引かれる。これは転移魔法だ。かろうじて最後にわたしへ手を伸ばすカインの腕をシドが強引に掴み、みんなが一斉に光に包まれるのが見えた。遠くなる意識の中でバルバリシアの笑い声だけが頭の中で響き続けていた。

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