トランクィッロ05

「オルテンシア殿。少々よろしいかな?」


わたしが見張り兵2人をひきつれて廊下を歩いているときだった。低く聞き慣れない声に呼ばれて振り向くとそこにはゴルべーザが立っていた。


「ええ、大丈夫ですよ、ゴルベーザさん。それから、わたしのことはアイリスで構いません。この城の方々は皆そう呼ばれますので」


黒くて巨大な鎧を纏った図体、威圧的な雰囲気、強く禍々しい魔力。全てに圧倒されて手に汗を握る。それでもほんの少しのプライドで普通に接することが出来たのは幸いだった。わたしの言葉に、自分もゴルベーザでいい、と返した彼はそのまま踵を返した。ついて来いということだろうか。


「そこの2人は来なくて良い。陛下の許可も取ってある」


ぴしゃり、と兵士に言い放つとまた早足で歩きだした。兵士たちは真っ青な顔で敬礼をすると逃げ出すように走って行ってしまった。


「彼らだって仕事なんです。あんな言い方ないじゃないですか!」


もともとのコンパスの差もあり、小走りで追いかけながら抗議をするがゴルベーザは何も答えない。でも少しだけ歩くスピードを緩めてくれて、そんな気遣いも出来るんじゃないかと思った。




****




本部近くの廊下から大分歩いたが、それでもまだ目的地に着く様子はない。何処へ行くのか全く見当もつかなく、尋ねたところで返事が返ってくることはなかった。


「アイリス、お前は優秀な魔道士と聞いたが今の立場で満足しているのか?」


無言のまま歩いていたわたし達だが、急にゴルベーザが口を開いた。


「…どういう意味ですか?」

「もっと権力を持つことも出来るだろうということだ。私の元にいれば望むもの全てを手に入れられるが?」

「…そういう話ならパスですよ。わたしにはわたしのやりたいことがあるんです!それはわたし自身の手で叶えるものです。あなたに手伝ってもらうことはありません」


わたしは黒魔法の研究が大好きだ。この力を使って人の役に立てるのも嬉しい。攻撃をするのが主な目的となる黒魔法だけど他の使い方もあるのだとバロンの人々に、世界中の人々に知ってほしい。きっと黒魔法はもっと夢のあるものになり得るのだから。


「それほどの力を持ちながらそのような戯言を。愚かな」


その声色と口調から激しい嫌悪感を感じた。見下ろされる威圧感に萎縮しないようにそっと息を吐く。


「ならば、お前は私について来る気はないのだな?」


ゴルベーザは来い、と言ってさらに城の奥深くへ進んでいった。暗く冷たい空気が張り詰める階段を下へ下へと降っていく。長い間バロン城で過ごしてきたわたしでもこんな場所は来たことがない。何か嫌な予感がしてわたしはローブの中で杖を握りしめた。

歩いているうちにほとんど使われている形跡のないここは地下牢だと気付いた。牢に入るかゴルベーザに従うかの2択を迫られるのだろうか。

杖を握りしめていつでも魔法を唱えられるようにしてあるが、わたしはゴルベーザに敵うのか。今もひしひしと感じる強大な魔力。それはわたしのよりも遥かに上回っているように思う。かといってホルスターにつけた護身用のダガーでもあの甲冑を突き破ることは出来ない。

点々とある蝋燭の明りがぼんやりと鉄格子を照らす。わたしたちの足音が反響する。ゴルベーザは立ち止まり懐から取り出した小さな鐘を鳴らした。あれはせいじゃくのかねだ。自分に使われたわけではないことを喉に手を当てて確認する。ゴルベーザはマントを翻して振り返ると一つの牢を指した。暗くてよく見えない中を小さくファイアを灯して照らす。


「…!お父さん、お母さん!!」

「……!」


バロンの城下町にいるはずのわたしの両親がそこにいた。アイリス、お父さんの口が動いたのに声が出ないのはさっきのせいじゃくのかねで魔法を封じられているからだろう。平然と立っているゴルベーザを見上げて思い切り睨み付ける。


「…どういうことですか?ゴルベーザ」

「見ての通りだ。さあ、もう一度問おう。私の元へ来るか?」

「ふざけないで!!こんな卑怯な真似をする人についていけるわけないでしょう!あなたを倒せば2人が助かるのなら、全力で行くわ」


ローブの下で握りしめていた杖をゴルベーザへ向けた。怒りにまかせてありったけの魔力を込めて魔法を詠唱する。氷の粒子が集まって大きな塊となりゴルベーザに狙いを定めた。


「アイリス、あまり手を煩わせるな。何も殺しはしない。お前次第だが……」


杖を振り下ろせばブリザガはゴルベーザ目掛けて降り注ぐ。そして次の瞬間、全ての氷の塊がこちらへ跳ね返って来た。巨大な氷に押しつぶされそうになったところでそれらは砕け散りキラキラと光を反射しながら消えていく。朦朧とする意識の中、ゴルベーザが近づいて来るのがわかった。


「お前は私のものだ」


歯を食いしばって必死にゴルベーザを睨みつける。最後に両親の無事を確認しようとしたけれど、視界は自分の血で赤く染まり2人の姿はよく見えなかった。




****




目が覚めるとわたしは自分の部屋にいた。ガバリと勢いよく身体を起こしても痛むどころか傷一つ付いていない。夢だったのではないかと思うほどに非現実的な出来事だった。キョロキョロと見渡せば側で魔導書を開いていたアルがこちらへ駆け寄ってきた。


「アイリス!目が覚めたんだね」

「わたし、どうしてここに…」

「突然ゴルベーザがアイリスを抱えてここまで来たんだよ。一体何があったんだい?」

「ゴルベーザが…?」


やはりあれは夢ではないらしい。彼は何も言わずアルにわたしを押し付けて去っていったようだ。どこかで居眠りでもしていたのかと言われてわたしはなんとか誤魔化すように乾いた笑い声をあげた。

カインと共にバロンを抜ける約束をしたのにこのままではわたしは行けないかもしれない。カインに相談すればきっと彼はわたしを置いていくと言うのだろう。両親と親友、天秤にかけるにはどちらも重すぎて選ぶなんて出来そうになかった。



籠の中の鳥
(羽は折れていないのに飛び立つことができない)

[ < > ]

[ back ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -