トランクィッロ03

セシルとカインがミストへ旅立った日。バロン城では会議が開かれていた。わたしはいつものように黒魔道士団の席に座る。ピリピリとした空気が張り詰める中、陛下が黒い甲冑姿の大男を連れて入ってきた。その男は以前はセシルが座っていた席に座る。


「これより、新しく赤い翼を指揮することになったゴルベーザじゃ」


陛下からの紹介のあと、ゴルベーザと呼ばれた男は短く名乗った。強く禍々しい魔力を放つ男。黒い甲冑を見る限り暗黒騎士のような出で立ちだが、それだけではないように思える。

たとえば”暗黒魔道士”という言葉がしっくりくるような、そんな雰囲気。

赤い翼といえば今やバロンの主力部隊だ。近隣他国よりも群を抜いて発達した飛空挺技術を用いて空を制す。物資の支給や兵の要請にいち早く駆けつける、そんな実力と責任を同時に問われるような立場であるはずなのに、いきなり現れた男に任せてもよいのだろうか。本当ならば現赤い翼部隊の誰かが後を継ぐものではないのだろうか。

そう考えるのは恐らくわたしだけではないようで、手厳しい各団の隊長たちはゴルベーザという男を計るように見る。当の本人はそんな視線を気にする様子もなく腕を組んでどっしりと構えていた。

何にせよセシルが戻ってくればまたその任につけるだろうと思ったわたしは目を付けられたくもないので下を向き黙ってその会議をやり過ごした。




****




バロンより北、ちょうどミストの村のあたりから大きな魔力と共に巨大な揺れが響いたのはその日の夕刻だった。バロン城にも届いたその揺れは黒魔道士団本部の本棚から全ての魔導書を崩れ落とすほど大きいものだった。

団員たちは大量の本に埋もれて混乱していたが、わたしはそれどころではなかった。


「アイリス…今の、ミストから…?」


アルの震えた声。それ以上言わなくてもわたしにも伝わる。バロンでこれほどの揺れならば、ミストの方はいったいどうなってしまったんだろう。セシルとカインが今まさにそちらへ向かっているというのに。


「…ねぇ、アル。今の揺れって自然現象じゃないわよね……?」

「確かに俺も強い魔力を感じたよ。クエイク…かな?」

「でも、それにしては」


魔力が強すぎるし質も違う。一つの可能性を思いつき、辺り一面に散らばる本を漁る。最近気になって幻獣関連の書籍を見た時に目にしたような気がするのだ。


「…あった!!大地を司る神、タイタン。これほどの幻獣を呼べる召喚士がいるなんて…。って、こうしてる場合じゃない!アル、わたしミストへ行くわ!!」

「…わかった。気を付けてね」


真剣な面持ちで、でも優しく言うアルに強く頷いてからわたしは陛下のもとへ走った。




****




謁見の間の前にたどり着くと近衛兵長ベイガンに行手を阻まれた。


「陛下になんの用だ」


優しかったベイガンまでも以前とは変わってしまった。冷たくわたしを見下ろす目に胸がちくりと痛んだけれど、それを気にしている余裕はない。


「ミストへ行かせてほしいの。さっきの地震はミストの方向からだったわ、巨大な魔力を感じたの」

「陛下の許可は出ない。諦めなさい」

「そんなの…、そんなの、陛下に聞いてみないとわからないじゃない!」


渋るベイガンを無理やりに押し除けてわたしは陛下の元へ向かった。玉座に腰掛ける陛下は前と変わらぬ姿なのに瞳に宿る光が冷たい。わたしの姿を見た陛下は一瞬目を見開くと落ち着いた声色で騒がしいぞ、と言い放った。


「陛下!突然押し掛けて申し訳ありません。お願いがあります。どうかわたしをミストへ行かせてはもらえないでしょうか?」


片膝をつき、頭を下げる。陛下が変わられてもわたしの忠誠は変わらない。カインもセシルも陛下を信じて任務へ向ったのだから、わたしだって陛下を信じたいのだ。


「だめじゃ。アイリス、お前は勝手に城を出てはいかん」

「しかし陛下、今の地震でセシルやカインも巻き込まれてしまったかもしれないのです!2人を見捨てろとおっしゃるのですか!?それに、今の地震はただの地震ではありません。召喚魔法、タイタンによるものの可能性もあるのです!一刻も早く調査しなければなりません!!」


陛下が2人を見捨てるようなことをするはずがない。そうか、と短い言葉が聞こえて顔を上げる。そして目に入った陛下の表情に心が凍りついたような感覚がした。心配するでも焦るでもなく、何も感じ取れない。


「タイタンか、良いことを聞いた。ならば調査は赤い翼に行かせよう。お前には監視を付ける。私かゴルベーザの指示以外では何があっても城から出るな」


その言葉に反論しようと口を開くが、唇が震えて上手く言葉が出てこない。わたしは大切な友達のために、好きな人のためにでも、命令に逆らうことが出来なかった。

赤い翼が行くのなら心配はないはずなのに、それを指揮するのがゴルベーザであることが不安になる。アイリス、下がりなさい。ベイガンの声が聞こえた。陛下の目はずっと冷たいままだった。




****




本部へ戻ろうと城内を歩いていたとき焦ったような声で名前を呼ばれて振り返った。ローザはわたしのもとへ駆け寄ると手をぎゅっと胸の前で組み泣き出しそうな顔をして視線を下へ落とした。


「ねぇアイリス、さっきの地震って……」

「……多分、ミストの方向からだったわ……」

「そう、よね…。セシル……」

「わたし、ミストへ行きたいって陛下に申し出たんだけど」


行かせてもらえなかった。ローザの顔を見ていられなくて目を伏せる。誰よりもセシルを心配しているローザが不安でないわけがない。


「ミストへは赤い翼が行くみたい。……でも、今の陛下がセシルたちをちゃんと助けてくれるか……」

「アイリス、私セシルを追いかけるわ。必ず無事でいるはずだもの」


そうだった。いつだってローザはセシルを信じているのだった。まっすぐな瞳には一点の曇りもなくて、心の中に渦巻いていた不安がすっと消えたような気がする。


「そうだね!…でも、どうやって行くの?」

「…赤い翼に密航するわ。ゴルベーザって今日来たばかりでしょう?船内に知らないところなんかたくさんあるはずよ!」

「わたしも「アイリス様」


わたしも行く、そう言いたかったのにその言葉はちょうどやってきた兵士によって遮られてしまった。近衛兵団の紋章をつけた2人の兵は揃ってきっちりと敬礼をすると背筋をぴんと伸ばしたままわたしを見下ろす。


「私達がアイリス様の護衛をさせていただきます。そろそろ本部へお戻りください」


陛下が監視と言っていたのはこのことなのだろう。護衛なんて言って彼らにこれが正式な任務であると信じ込ませて四六時中見張らせ、何が何でもわたしを城から出さないつもりらしい。ローザが何事だ、というように見るがわたしは何も言わずに首を横に振った。


「ローザ、頑張ってね。2人をお願い…」


ローザだけに聞こえるように伝えて兵士を促して本部へ歩き出した。


翌日、赤い翼はミストへ向けて飛び立った。その中にはブロンドの白魔道士も紛れていた。


おいてけぼりの孤独
(みんな…帰って来て…)

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