初恋十題08

頭でわかっていても、やっぱり目にしてしまうと苦しいよ。


青い空に少しだけある白い雲がよく映える。そんな日。

なのにどうしてわたしは机に向かっているのだろう。答えは簡単。事務的な仕事が溜まっているから。自慢じゃないが、書類管理は得意な方だ。だって伊達に魔道士を名乗っているわけではない。流石に魔導書を読むには相当な知識が必要だし、それがわたしには備わっていると思ってる。

だけどこれはひどいと思う。

目の前には机の向こうが見えないくらいに積まれた書類。締め切りは明日だとベイガンに厳しく言われ、断ることもできずにひたすら手を動かしているところである。今日は運悪く副隊長であるアルもいなく、他の団員も研究やら訓練やらで忙しい。ため息をついても仕方がないことはわかっていても、こぼれてしまうのを避けようがなかった。




****




すっかり日が暮れたころ。最後の一枚に印を押すとわたしは思い切り体を伸ばした。処理済みとして積んでいる書類の一番上に置いて達成感をかみしめる。我ながらすごい集中力で一日中ずっと机に向かっていた。ご飯も食いっぱぐれているところである。自覚をすればお腹が空いてくるもので、ぐーぐー鳴るお腹を押さえながらわたしは食堂へ向かうことにした。

飛空挺の船着場近くを通りかがると何やら騒がしかった。今日はどこかに遠征にでも行ってたのかもしれない。

恐らくその予想は正しく、少し鎧に汚れがついた兵士たちが帰ってくる。その胸に付けられた紋章から赤い翼の団員だと分かった。なるほど、出迎えが派手なわけだ。せっかくだからわたしもセシルを出迎えようかな、なんて思って人混みに入っていく。

奥の方から暗黒騎士の証である黒い鎧が見えたので名前を呼ぼうとしたとき、その腕の中に抱えられる親友の姿に気がついた。

ぐったりとセシルに身を預けるローザ。その様子に息を飲んで2人のもとへ駆け寄ろうとしたが、大きな聴き慣れた声にまたわたしはぴたりと動きを止めた。


「セシル!」


音もなく駆け寄りローザの顔を覗き込んだのはカインだった。たまたま居合わせてその姿に気付いたのか、噂が早くも回ったのかわからないがカインは血相を変えてセシルとローザのもとへ行った。カインの様子に申し訳なさそうに項垂れるセシル。ローザは無事なのか、何があったのか、心配で気になるのにどうしてだかわたしはそこから動くことができなかった。


「なぜお前がついていながらローザに怪我をさせたんだ!」

「…すまない…。僕を庇ったばかりに、毒を受けてしまって…」


ひどく激昂するカインにセシルはより一層顔を俯けた。きっと暗黒騎士の兜で見えないその表情はローザを守れなかった悔しさに歪んでいるのだろう。とにかく医務室へ運ぶことにしたらしい二人。途中から隠れるように立っていたわたしには気付かなかったはず。そのままローザを連れてその場を後にした。




****




結局食欲がなくなってしまい、食堂へは行かずにそのまま私室へ戻ってきてしまった。目を瞑れば浮かぶカインの顔。それは怒りを浮かべていたけれど、その裏には沢山の溢れだす愛があった。

ローザに向けた愛が。


「…もしも怪我をしたのがわたしだったら、あなたは……」


同じような顔をして心配してくれたのだろうか。

呟く声に応えがあるはずもなく、石造りの壁に吸い込まれるように消えた。部屋をしんとした静寂が包む。窓の外で変わらず美しい輝きを放つ月も今日は見たくなかった。乱暴に音を立てて窓を閉め、カーテンを引く。明かりのない暗闇の中でわずかに慣れた目で脱いだローブを適当に放るともぞもぞとベッドに入り込んだ。枕元の明かりをつけて読みかけにしていた魔導書を開く。嫌なことを忘れるには何かに没頭するのが一番だ。

ページをめくる。ふと、今日のことが頭を過る。何年経っても彼の想いは薄れていないのだと痛感する。寧ろ時を重ねるごとに増していってるのかもしれないとさえ思う。


あなたも、わたしも。どうせ叶わないんだよ?どうして諦められないんだろう。だって想い人の心は違う人が独り占めしてるんだもの。だからわたしたちは


願うことさえ許されない
(欠片でもいいからあなたの心にいたいなんて)

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