初恋十題07

出会う人全てにあなたの面影を探してる。


「カイポ周辺に魔物が大量発生した。報告によれば中にはプリン系も含まれているとのことだ。赤い翼、黒魔道士団、竜騎士団で部隊を編成し、至急援護に向かうように」


近衛兵団隊長ベイガンからこの司令が出されたの半刻ほど前のこと。カイポは砂漠のオアシスを中心に造られた町だからプリンなんて存在できるのだろうか、なんて疑問を頭の隅に追いやりながらわたしは任務に連れていく団員を思い浮かべてみる。


「じゃあ、準備が出来次第飛空艇に集合だ」


セシルがそう言うとわたしとカインは頷いてからそれぞれの本部へ走った。




****




任務は無事に終了。負傷者も少なく、カイポの町も守ることができた。さすがに赤い翼と竜騎士団がそろったら何も怖いものはないように思える。黒魔道士団員が全員赤い翼に乗り込んだことを確認して報告をすればわたしの仕事は終わったようなものだ。あとは赤い翼の隊員がバロンまで連れて帰ってくれるのだから。

甲板にいても特にすることはなく、暇を持て余したわたしは船尾の方へ向かった。そこは人がいなくて、ちょうどゆっくり過ごせそうだった。船首の方を向けば兵たちがずらりと並んでいるが、誰もわたしの方は見てない。

わたしは飛空艇から身を乗り出して下をのぞいてみることにした。だって空を飛ぶ機会なんてなかなかないのだから。昔はカインに頼み込んでおんぶでジャンプしてもらってたなぁ、なんて思い出す。今はそれよりも格段に高い位置にいるのだけれど。一人懐かしい思い出に浸っていると、後ろから突然声を掛けられた。


「アイリスさん」

「わ!!」


びくりと跳ね上がった私は危うく船から落ちそうになって慌てて淵に捕まり身体を支える。それと同時に声をかけた青年もわたしの身体を掴んで支えてくれていた。


「ごめんなさい!そんなに驚くと思わなくて…」


なんとか命を取り止めたことに胸に手を当てて息を整える。すごくびっくりした。振り返って見てみるとそこには1人の竜騎士が立っていた。


「ううん、大丈夫。それより、どうしたの?」

「あ…、いや、えーっと…」


わたしが尋ねると頭を掻きながら目を逸らして言葉を濁らせた。知らない人だし、何を言われるか正直わたしもわからない。怪訝そうに見つめると、彼は意を決したのか口を開いてくれた。


「…今は、言えないんですけど…」

「今は、?」

「えっと、今日の夕方、二階のバルコニーに来てくれませんか…?」


そこでお伝えします、と言われてわたしは首を傾げる。だけど、彼は誇り高き竜騎士なのだしきっと信頼して大丈夫だろう。悪いことにはならないと判断して了承すれば彼は安心したように微笑んでから去って行った。口許しか見えなかったけど…。




****




夕方。きれいな赤がバロン城を染める頃、アイリスは執務室を後にした。その日は任務から帰ってからも特に仕事が溜まっているわけでもなく、わりと自由な時間を過ごすことができた。竜騎士の青年の用事が何かはわからないが、そんなに長くかかることもないだろう、と勝手に予想して少しの留守を副隊長に任せる。

ぼんやりと城の廊下を歩いていた。あの青い竜の鎧は嫌でもカインを連想させる。考えても仕方ない、と頭を切り替えてからアイリスはバルコニーへ足を踏み入れた。

そこには既に青年がいた。さきほどと同様に竜を纏って夕日に背を向けて佇む。アイリスが近づいて行くとそれに気がついたらしく青年は顔を上げた。


「こんにちは!きれいな夕焼けね」

「アイリスさん、来てくださりありがとうございます」

「ううん、今日は比較的暇だったし、全然大丈夫よ」


隣に立って夕陽を眺めた。ふわりと吹く風がアイリスの髪を揺らす。さっきも口籠っていたし、きっと難しい話なのだろうと思う。彼はしばらくわたしと一緒に夕陽を眺め、そして意を決したように口を開いた。


「アイリスさんはカイン隊長と幼なじみなんですよね」

「うん、そうよ」

「…隊長のことを好きとか、そんなことはないんですか…?」

「…それは、そんなわけないじゃない」


カインは幼なじみだよ。そう言えばよかったと小さく呟く声が聞こえた。わたしがカインを好きだったら何か彼に不都合でもあるのだろうか。意図が掴めずに怪訝な表情を浮かべるわたしに気づくことなく彼は数度深呼吸をしてこちらへ向き直り名前を読んだ。その雰囲気にわたしも姿勢を正して真剣な顔をする。


「…じ、実は、自分は、アイリスさんに憧れていまして…」

「……え?」

「前にも何度か遠征で一緒になったことがあるんですが見ているうちに、アイリスさんは…人として、指導者として、隊長として素晴らしいなって。優しくて、周りに気を配っていて、絶対に気取ったりしないし…」


想像していた方向と全く違う話になっていてわたしは恥ずかしくなってきた。こんなに直球に褒めてもらうことは少ない。どんどん羅列される言葉を遮って熱くなった頬に手を当てる。


「わ、わかったから!もう…いいよ」

「す、すみません!それで…ずっと憧れてて…。気付いたら、目で追ってたんです」

「…それって…」

「…アイリスさん、好きです」


初めてじゃなかった。告白されたことは何度かある。付き合ったことも。結局カインのことが忘れられなくて別れてしまったけど。だからといってこんな状況に慣れるはずもなく、わたしは思い切り動揺してしまった。


「…本当、に…?」

「はい。アイリスさんのことが好きです。俺と付き合って下さい」


こんなにも心が揺れる。それは、彼が竜の頭を身につけているからだともわかっていた。


「ねぇ、兜…外して?」

「…え?は、はい」


急なわたしの要求に答えた彼は竜の頭を象ったその兜を外した。その中から出てきたものは、短く茶色い髪とそれと同色の澄んだ瞳。


「…ごめんなさい、あなたの気持ちには応えられないわ…」


彼の傷ついた顔が一瞬目に入ったけれど、わたしは急いで踵を返して走った。傷つけてしまってごめんなさい。あなたの気持ちに答えられなくてごめんなさい。




****




走りにくいローブの裾をつまんで塔の階段を一気に駆け上がる。執務室を通り過ぎて私室へ入った。幸い誰にも会わずに済んでよかった。扉を閉めてその場にずるずると座り込む。息が切れる、足が疲れた。それでも考えるのはあの兜の中。

そこから出てきたのが、わたしの望む色だったら…、どうしてた…?

正直、期待している自分がいた。輝くような金色と深い蒼があるんじゃないかって。でも違う色で安心している自分もいる。このままカインを好きでいられるんだって。


何度諦めようとしたって、目を閉じればあなたの顔が浮かぶの。輝くような金と、深い蒼はあなたを思わせるの。身にまとった青い竜は誇り高き騎士を連想させるの。何年こんな想いをしてきたんだろう。これから何年…。


一途だなんて時代遅れ
(わたしにはもうあなたしか見えないの)

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