ガトーオペラは素敵な休日の味
折角の休日、特に何もする事はないがずっと家に居るのも勿体ない気がしてふらふらと街を歩く。散歩がてらウィンドウショッピングをしたり、以外と休日を満喫出来た気がしなくもない。小さな満足感を得られたのでそろそろ帰ろう、と家の方に向かって歩く。
「あ!」
そんな声がした。普通なら無視する所だが何故か私に向けられた声の様に感じて、声のした方を向く。
「あなた…」
「内務調査課のフェーベル副課長ですよね?」
「…はい」
どこかで見た様な顔だ。私が見た事があるといえば大体ACCAの人間だからロクな事がない。
「良かったらお茶でもしませんか?」
「…え?」
「ちょうどおやつの時間ですし!」
よく知らない様な人間とお茶して楽しいのだろうか、世の女性は。そういえば監察課の人だった気がする、この人。
「あなた、監察課の?」
「はい!」
背の高い緑の髪の、確か名前はケリと言ったか。もしかして私は他人に興味がなさ過ぎるのかもしれない、なんてふと思う。適当に話していると何故か美味しいケーキのお店に食べに行く流れになった。
「あなたも非番なの?」
「はい、午後休です」
彼女は元気に手を挙げてそう言った。そういえば監察課といえばジーン・オータスの部下になるのか、とかなり遅れて気付く。
「そう。ケーキ、よく食べに行くの?」
「ええ!美味しいお店沢山あるんですよ!」
詳しそうね、と言うと嬉しそうに彼女はサーチしてますからね!と。そんな彼女を見て何だか女の子って感じだな、って思うあたり私は女子として終わってるのかもしれない。
「何故、私を?」
「偶然見かけたものですから」
「私で良いの?折角の午後休よ?」
「副課長って結構ネガティブなんですね」
ネガティブというか、普通そう思わない?私だけなの?無邪気に笑う彼女の事がどこか眩しく見える。
「そうかしら…」
「副課長とお話してみたかったんですよ!私!」
「それはまた…どうして?」
聞かれて困る様な事を聞いている自覚はある。だけど話してみたかった、なんて言われると悪い気はしない。
「色々な噂を纏うカッコいい女って感じで!」
「それは褒められてるの?」
「褒めてます!」
噂を纏うなんて色々勘違いさせてるだけに過ぎない気がする。彼女の言うカッコよさは全く分からないが自信満々に褒めていると言うので一応礼を口にした。
「でも良い噂なんて、ないでしょう?よく分からないけど」
「そんな事ないです!異例の昇進ですよね、その若さで!」
「昇進したのは噂ではないけれど。異例だったのかしら…」
大した事ではないわよ、と付け加える。そんな話をしているうちにケリが美味しいと言ったケーキ屋に着いたので入る。いらっしゃいませ〜、と軽快な声が響く。
「副課長、このガトーオペラおすすめなんですよ!」
「じゃあ私はそれで」
店員さんにガトーオペラを2つ、そして飲み物をそれぞれ注文する。ずっと話していたから喉が渇いた。店員さんが運んできてくれたお冷を口にする。
「それで、副課長って彼氏とか居るんですか?」
女子は恋愛話とおやつが好きって本当なのね。馬鹿にしている訳ではなく少し羨ましかったりする。
「居ないわ」
「そうなんですか!てっきり居るのかと思っていました」
「人の彼氏に手を出したなんてふざけた噂を流される女に彼氏、居ると思う?」
監察課のオウル課長も知っているのだからバリバリ女子なケリが知らない訳がない。遅かれ早かれ彼女なら聞いてくる、そう思ったから敢えて自分から振った。案の定彼女は少し驚いた表情を見せた。
「あの噂は…」
「噂は噂よ、人の彼氏が欲しいと思う程飢えていないわ」
「彼氏欲しいですか?」
「そうねえ…でも、なるようにしかならないから、がむしゃらになって手に入るものでもないでしょうし」
そう言うあなたはどうなの?と尋ねると絶賛彼氏募集中です!と彼女は答えた。ちょうど頼んだガトーオペラと飲み物が運ばれて来る。
「あら、美味しそう…」
「美味しいですよ!食べましょう!」
コーヒー風のほろ苦いスポンジ生地にバタークリームとガナッシュクリームがよく合う。美味しい、と口にするとケリは少し得意気に笑った。
「ところで、あなたの所の副課長…」
「副課長がどうかしましたか?」
「課内でどんな感じなの?」
「うーん、何だか秘密主義っていうか、よく分からない人ですね」
同じ課の人間にもそう思われているのね、あの人は。秘密主義、か。
「もしかして副課長って、副課長の事、気になっているんですか?」
ジーン・オータスも私も副課長と呼ばれるから一瞬意味が分からなくなる。私の事は副課長なんて呼ばなくても良いのに、と思うが役職名というのはある意味で呼びやすいものなのかもしれない。
「仕事のうちよ」
「内務調査課って大変なんですね…」
「くれぐれもあなた所の副課長には内密にね…」
同じ課の人間ということで軽く聞いてみたに過ぎないが、一応釘をさしておく。厳密に言えば私がジーン・オータスを探っている事は課の仕事ではない、しかしそういう事にしておいた方が色々都合が良い。色々お話して気付けば日が沈みそうだ、ケリはまたお茶しましょうね!と人懐っこい笑顔を見せた。
「ええ、また…」
そう言って彼女と別れ帰路につく。先程よりも遥かに大きな満足感がある。良い休日になったのは紛れもなく監察課の彼女のおかげだ。
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