終わることが怖かったから、何も始めようとはしなかった。それがどんなに意味の無い行為か、今も頭の中では分かっているのだ。それなのに私はまだ始まっても居ない物語のエンドロールに怯え蹲っていた。遠くでサイレンの音が聞こえる。

私に向かない笑顔を初めて目の当たりにして、本当に私はこうなってもいいと思っていたのか、自分を信じられなくなった。どこかで期待していたのかもしれない。その目は私だけを見ていると。何があっても他を向く事は無いと。
その笑顔を剥がして抱き締めたい。私に向く笑顔だけが本物だと信じていたい。
散々玩具扱いして嘲笑って、それでも真っ黒い瞳で見つめてくる表情を心の底では愛していた。ただその事実を私自身が認めて居なかったというだけで。
自分の玩具が人に使われていたぐらいで何をそんなに不愉快になる必要がある、と自分に言い聞かせるように問い質す。
それでも不愉快だと思う感情が消える訳も無く、ああ私はそれほどまでに心の狭い人間だったのかと痛感するだけ。

失ってから気付く事だなんて最初から分かっていた筈なのに。
失わない為なら深い海の表面に張られたその氷がどんなに薄いものでも渡り切って見せると言えてしまうであろう自分がここに居る。

哀しい笑みを浮かべて遠退く人影を追う勇気すら無くただ立ち尽くす。
お前を失いたくないと喚いている。叫んでいる。
生まれなかった薄氷


 
2011/07/13

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