未だ色香が濃く残っているのが嫌で窓を開けた。朝と昼の合間、緩やかな光と温度が流れ込み、鼻腔を掠めたその匂いに一瞬脳味噌ごとぐらりと傾いだ。

入道雲と深緑、半袖のシャツにじっとりと張り付く肌、裸足に熱すぎる砂浜に冷たければ何でも美味しいと感ぜられる舌、度を過ぎたクーラーに当てられて崩す体調。
窓の外は、それらを一瞬でフラッシュバックさせる匂いがした。
夏が嫌いな私にとっては、嫌なものでしか無いそれ。

「……んぉ、おはよー」

後ろから聞こえた間抜けな声には返事をせず、気付かれないようにそっと窓を閉める。

「なんで閉めちゃうの」

「――夏の、匂いがしたから」

気怠い身体を引きずるようにして隣に並んできたそいつはせっかく閉めた窓をまた開けてしまう。

「ん、ほんとだ。いい匂い」

私は半ば無意識にその場から離れ、ベッドに身を投げる。
すこし、気分が悪いかもしれない。眠れば治るだろうか。

「そうだ、もうすぐ夏だね。夏になったら、どうしようか。海もいいけど、美味しいアイスが沢山出るだろうね。いっぱい買って、一番美味しいアイスを見つけよう。あ、でもそんなんしてたらお腹痛くなっちゃうかな」

ぺらぺらと喋る声は頭に入らず、枕に顔を埋める。夏の匂いはせず、昨夜の甘ったるい匂いがした。

「でもやっぱ、暑いのはやだなー。クーラー代も馬鹿にならないし。冬ならまあ、いんだけどさ、ね。ふふ」

馬鹿みたいな事を馬鹿みたいに垂れ流している馬鹿はニコニコと笑っている。ニヤニヤ、ならまだ良かったものの、こいつのそれはニコニコとしか形容のしようが無い。

ギシリとベッドが軋み、そいつがベッドに乗り上げて来たのが分かる。次いで、ふわりと抱き締められた。

「夏、楽しみだな。楽しいことが沢山ある。そうだ、君の誕生日だって夏だ」

枕に押し付けていた顔を剥がされて、濡れた目元が曝される。

にこりとまた笑って、指で優しく拭われる。拭われたそばから溢れてしまうから、その動作は終わらない。

ただ、こわかった。
夏は私をおかしくさせる。意味無く、いたずらに。
楽しいこと、幸せなこと、忘れたくないこと、いつか忘れてしまうこと、それらが一度に訪れて、一瞬で過ぎ去ってしまう。
留めて置けない感情が一年に一度私の中に滞在する季節。その感情は嫌いだとかそういうものではなく、そういう次元で表現出来るものではなく、ただ、怖いと。

「だいじょうぶだよ、怖くない。」
「僕と一緒に、沢山、楽しい事をしていこう」

それが怖いのだと、言えたなら何か変わるだろうか。きっとそれを聞いたって、優しく笑ってくれてしまうんだ。

夏の空気に肌はじっとりと汗ばむけど、抱き合った腕を離したくなかった。
数年後今の私のように、忘れないように、怖れないように。
子供になれない


 
2011/05/27

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