目が見えない、とは一体どのような気分なのだろう。
眠る彼女の手を力無く握りながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。

私にはあなたの愛が見えるから、他のものは見えなくてもいいの。他の人が見たくても見えないものが私には見えるのよ、私は世界一の幸せ者だわ。

いつかの言葉。
それを聞いた時には、ただぎこちなく笑う事しか出来なかった。
マンション下のコンクリートに横たわる彼女に口付ける。
今までにした事のないくらいに、深く、彼女の中を探る。

ああ、冷たい。

頬にしただけでも顔を真っ赤に染める君は、今ならどんな顔をするんだろうね。もはや想像する事しか出来ない。

唇を離し、堪えきれずに彼女に背を向けて盛大に吐瀉する。
苦く乾いた舌の感覚が消えない、気持ち悪い。

結局彼女は僕に何を見ていたのだろう。
愛なんて元から無かったというのに。

そして、彼女も元から愛なんて持ち合わせていなかったという事だ。
こんなに可哀相な僕を独りきりにしておいて、愛があっただなんて言わせない。

そんな事に今更気付き、ふいに涙が零れた。
淋しい、ただそれだけだった。


この眼が映せないもの



 
2010/07/27

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