だけど本当は、 02..


(オレから謝るって宣言したはいいけど……)
「いざとなるとやっぱ怖えぇー!」
公園で元片想い相手に恋愛相談をして帰って来たのが10数分程前の事。彼女の前で自分から謝る、と表明したものの、実際に行動に移すとなるとつい怖じ気付いてしまう自分がいた。
謝らなくてはと考えれば考える程ドキドキして、つい余計な事や違う事を考えてしまう。意気地なしの自分に嫌悪感を抱いた。いっそ泣きたくもなる。
それでも繁雑する気持ちを固唾と共に押し流し、意を決した。
「ま、まずはタイミング? ……とにかく電話してみよう」
心臓に右手を宛て、1つ大袈裟な深呼吸をして自らを落ち着けようと試みる。それでも携帯電話を持つ手が微妙に震えていた。
メモリから探すまでもなく押し慣れた骸の番号を入力する。思い切って通話ボタンを押すと、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら耳に宛てた。向こうが出るまでの待機時間すら煩わしい。突如音が切れて、耳に馴染んだ低い声が聞こえて来た。
『……もしもし』
「もしもし骸? 今大丈夫?」
自分の声が些かぎこちない。速い鼓動が耳にまで届くようだ。
『ええ、大丈夫です。どうしました?』
緊張で喉が渇く。淡々と話すので、電話越しだといつも以上に骸の感情が読めない。
「ちょっと用があるんだけど……。今、黒曜に居る?」
取り敢えず会う約束だけ取り付け、あとは骸の居場所を確認して、直接謝りに行くつもりだった。
『いますよ。ヘルシーランドです』
綱吉の期待通り、骸は黒曜にいた。
「今から行ってもいい……?」
『はい。待ってます』
ここまで言えれば一先ず安心だが、次は直接目の前で謝る事になる。そう思うとまた憂鬱になってきた。しかし、悪いのはオレなんだから仲直りして以前のように戻る事を考えるんだ、と自己暗示を掛けた。
「じゃ、じゃあ、また」
『ええ、また』
ぷつ。電話を切って、ワンテンポ置いてから盛大に溜息を吐いた。緊張の糸が切れるとはこういう時に使うのか、と実感した。
今から行くと言ったからにはいつまでも部屋に引きこもっている場合ではないと思い立ち、綱吉は携帯だけポケットに入れて再び家を出た。早足で歩きながらどうやって謝ろうかと思考を巡らす。
(回りくどいと許してくれなそうだし、ここはやっぱりストレートに謝るべきだよな……)
「はあ………」
今日は随分と幸せを逃がしまくっていると自嘲出来たが、自分が悪いのだから仕方ないだろうと諦める。
歩きながらまた色々とどうでも良い事ばかり考えていた。現実逃避をしているだけなのは分かっているが、どうせ行けば嫌でも現実と立ち向かわなければならないのだから、今ぐらい逃避していたかった。許してもらえるのだろうか、そんな思いばかりが募っていった。

思索に耽っているうちに綱吉は黒曜ヘルシーランドへと到着していた。建物を見上げて固唾を呑む。
「着いた………」
此処まで来たからにはもう躊躇していられない。逃げるという選択肢は無い。早く謝って楽になろう、何度も自分に言い聞かせた言葉を反芻する。
綱吉は意を決して足を踏み入れる。ヘルシーランドは相変わらず荒れていて、正直不気味だった。こんな所で暮らしている骸達の気が知れない。唯1人の女子であるクロームが可哀想だと本気で思った。
「骸……いる?」
名前を呼んでみても返事は無い。綱吉はいつも骸が座っているソファーへ向かった。
骸はソファーの肘掛けに肘を突いてうたた寝をしていた。脇には携帯電話。久しぶりに会った骸は少々やつれているような気がした。後でクロームに様子を訊ねておいた方がいいかもしれない。
一瞬起こすのを躊躇ったが、当初の目的を思い出して仕方なく起こす事にした。自ら約束を取り付けておいて何もせずに帰る訳にもいかない。
それにしても随分とあどけない寝顔だと思った。いつもは15歳とはとても思えない程大人びているのに。
「骸、骸、起きて」
「ん………、つなよし、くん……?」
綱吉が揺り起こすと、骸はうっすら目を開けた。寝呆け眼で綱吉を見る。ぱちぱちと何度か瞬きをして、やっと覚醒した。
「寝てたのにごめん」
「……いえ、こちらこそ。最近どうしても眠れなくて、つい」
骸は頭を軽く振って眠気を飛ばす。それから綱吉に訊ねた。
「それで、どうしたんですか」
「あの、一昨日の事……。オレが悪かった。ごめん」
謝る綱吉を骸はソファーに座ったまま眺める。暫く沈黙を置いて口を開いた。
「あれは僕も悪かったので、もう気にしないで下さい。……それよりも、綱吉くんは今も僕を愛していますか?」
「うん、愛してるよ」
言葉とは裏腹な鋭い視線に一瞬たじろいだが、綱吉は断言する。
「本当に?」
「本当だよ」
綱吉は子供のように尚もしつこく訊ねてくる骸に疑義を抱いた。訝しげに眉を顰めて、何でそんな事を訊くんだよ、と疑問をぶつける。
骸は綱吉を忌々しげにねめつける。その目は不信と悲嘆でいっぱいだった。
「今日の昼間、女と、それも笹川京子といたでしょう」
「! ……いたよ。浮気だって言いたいんだろ」
綱吉は真っ直ぐに骸を見返す。視線がぶつかって少し気まずかった。謝りに来た筈なのに、また言い争いになるのが分かって悲しくなった。
「分かってるじゃないですか」
骸は刺のある声で言う。
「あれは浮気じゃない」
「僕にはそうとしか見えませんでした」
骸が立ち上がる。骸の殺気立った様子に綱吉は思わず後退りした。じりじりと壁際に追い詰められ、顎を掬われてからやっと骸のやろうとしている事を察した。端正な顔が近づいてくる。整った顔は近くで見ると普段より青白かった。
そんな事を考えているうちに唇は奪われていた。荒く貪られて息が苦しい。骸は右手で後頭部を抑えつけ、キスをしながら左手で綱吉の服の中に手を入れて弄っている。恐怖を覚えた綱吉は両手で骸の肩を突き放した。
綱吉よりも体重がある筈の体は、思ったより呆気なく離れて行った。ふらふらと揺れる体に綱吉は一抹の不安を感じる。眠れなくて、というのは強ち嘘ではないようだ。
「…………すみません。もう、帰って下さい。このままだと君を酷い目に遭わせてしまうかもしれない」
骸は項垂れたまま力無く言った。何処か苦しげな響きがある。切なく柳眉を寄せながら沈鬱な顔を上げて「お願いします」と催促する。
(事情を話しても信じてもらえないんだろうな……)
骸の嫉妬深い性格も、言葉を重ねれば重ねるほど意味が薄くなり、最後には伝わらない事もよく知っていたから、「ごめん」とだけ悲痛な声で言い残して綱吉は踵を返した。

「……………」
やるせなく響いたドアの音と同時に、骸はソファーに崩れるように座った。酷い頭痛に見舞われて強く目を瞑る。
あと少しで激情に任せて手を出すところだった。自分でもいけないと分かっていたし、直前にクロームに釘を刺されていたというのに。すんでのところで理性が働いたから良かったものの、あのまま手を出していたらクロームの言うとおり取り返しのつかない事になっていたに違いない。あの時の事を思い出すのも悍<おぞ>ましかった。
(僕は最低だ。綱吉くんから謝りに来てくれたというのに)
自己嫌悪が止まらない。愛しているかどうかを訊ねたのは間違っていなかったと思う。ああでもしなければ不安は拭えなかっただろうから。しかしその後の行動はどうだ。あれは非礼にも程があった。
ずっとそんな事ばかり考えながら骸は再び微睡み始める。最近浅い眠りばかりで殆どまともに寝ていなかった。綱吉を想い、自責の念に駆られながらも骸は意識を手放した。

ヘルシーランドを後にした綱吉は泣くのを堪えながら帰路を急いでいた。夕方になると随分肌寒く感じられ、日も短くなってくる。夜と夕方の境目の複雑な空の色が今の綱吉の心をそっくりそのまま映しているような気がした。

――結局、仲直り出来なかった。

まさか京子と並んで歩いているのを見ていたとは。正直あの時は浮かれていたと思う。今は色々あって骸と付き合っているとはいえ、綱吉も健全な男子(のつもり)だ。想いを寄せていた人と一緒に帰れるとなれば嬉しい。
しかし恋人が別の人と仲良く歩いているのを目撃してしまった彼の身になってみれば相当ショックを受けただろう。喧嘩中である事も相まって不安な気持ちにさせてしまったに違いない。自分の迂濶さを後悔した。
彼女に相談に乗ってもらった事は後悔していない。ああでもしなければきっと決心はつかなかっただろうから。
(骸も京子ちゃんも悪くない。悪かったのは、オレだ)
いっそあの時、拒絶せずに流されれば良かったのかもしれない。キス以上の行為にまで及んだ事はなかったし、正直怖いが、それでも受け入れる事で贖罪になったのなら……――いや違う。それはただの偽善に過ぎない。そんな事をしたら後で後悔するのは骸かもしれない。自己欺瞞に気付いてしまって、益々混乱した。
(じゃあオレはどうすれば良かったんだ……! 分からないよ、骸……)
大きな疑問と、消化出来ない気持ちを抱えたまま綱吉は自分の家のドアを開けた。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい。元気ないみたいだけど、どうしたの?」
家に入ると居候の子ども達が玄関まで出迎えに来た。奈々も台所から顔を出す。明らかに落胆して帰って来た息子に奈々は不思議そうな顔をした。
「あー、うん。ちょっと、骸と喧嘩しちゃって」
「骸くんと?」
「なにー? ツナ、ケンカしたのー? うわ、ダッサー」
喧嘩、という言葉を聞いてすぐに反応したのは居候の1人、ランボだった。鼻に指を突っ込みながら綱吉を嘲る。年下のくせに人を馬鹿にする態度だけは妙に一人前だ。
「んなっ、ランボ!」
見事に図星を指されて綱吉は赤面したがすぐに綱吉はランボと話すのをやめて顔を上げた。
「で、謝りに行ったんだけど許してもらえなくてさ」
「そう………。彼、真面目な子みたいなのねぇ。お誕生会までには仲直りするのよ?」
「うん」
何度も遊びに来た事があるので奈々は骸を知っている。綱吉と骸が付き合っている事は知らないまでも、2人がかなり仲が良い事は分かっている。因みに奈々は物腰の柔らかい骸を気に入っているようだった。
(そりゃ、出来るだけ早く仲直りしたいけど………)
「さぁ、お夕飯にするわよ」
「あ、うん」
大きな溜息を吐いてから綱吉は食卓へ向かった。

>>次



まだ続く。シリアス…


■Mainへ戻る
■TOPへ戻る