捧げ物 | ナノ


恋のスーパーボール 前編
「おだんご、帰ろうぜ」
「あー、ごめん…補習…」
「はぁ?ったくしょーがねーな。待っててやるよ」
「いいの?」
「あぁ、だからちゃっちゃと終わらせて戻って来いよ?」
「あはは…ちゃっちゃとは…無理…かなぁ?」
「へぇ?一時間以内に補習終わらせて戻ってきたらすっげぇうまいパンケーキ専門店に連れて行ってやろうと思ったんだけどなー?」
「ホント!?よ〜っしっ!絶対に終わらせるんだから!」

───なんなの…星野君の“おだんごLOVE”なデレデレな甘やかしモードとうさぎちゃんのあの待っててくれて嬉しい♪しかもパンケーキ♪と言わんばかりの糖度100%のラブラブオーラはっ!

「亜美さん準備できましたか?」
「あ、はい。お待たせしました」
「いえ、構いませんよ。では行きましょうか?」
「はい。あの…大気さん」
「なんですか?」
「本当にご迷惑じゃないですか?」
「まさか。私が亜美さんに付いて行くと言い出したんですよ?むしろこちらこそ迷惑ではありませんか?」
「そんなっ!とんでもないですっ!ーっ/// 嬉しい…です///」
「それは良かったです」

───ぬぁぁぁぁぁっ!あの恋に超奥手な亜美ちゃんと真面目を絵に書いたような大気さんですらあんなに甘い空気を振りまいているというのに…っ!

「うぅっ…今回は美奈子ちゃん補習免れたもんねぇ…」
うさぎに声をかけられた美奈子は考えていた事を胸の内に閉じ込めて明るく返す。
「ふふーん♪当然よっ♪ほら一時間以内なんでしょ?急がないとパンケーキ逃しちゃうわよ?」
「うん、それじゃ亜美ちゃんとまこちゃんもバイバイ♪」
「えぇ、補習頑張ってね」
「また明日ね、うさぎちゃん」
三人がヒラヒラとうさぎに手を振ると大急ぎで教室から飛び出して行った。
見送った亜美も同じように美奈子とまことにあいさつを済ませると大気と一緒に教室をあとにする。
「それじゃあ、二人ともまた明日ね」
「うん。行ってらっしゃい」
「バイバイ」
二人を見送ると美奈子は机に突っ伏す。

「どうしたんだい?美奈子ちゃん」
「まこちゃん」
「なに?」
「うさぎちゃんはパンケーキ補習」
「え?あぁ、うん。その言い方だとまるでパンケーキを作る補習みたいだね。そんな補習ならあたしも受けたいな」
「亜美ちゃんは大気さんと絵画展ってなに?高校生のデートじゃないわ!」
「いや、その絵画展に亜美ちゃんのお父さんの絵が飾られるからだろ?」
「わかってるわよ!!」
「あぁ、はい…」
「レイちゃんは同棲まっしぐランデブー」
「ランデブー?同棲って言うか同居だよね」
「似たようなもんよ!」
「うん、まぁ…そうだね。それで?」
まことがなんとなく嫌な予感を覚えつつ美奈子に聞くと、がっしと両肩を捕まれる。
「まこちゃん…この後、ヒマ?」
「え?いや…えっと…ごめん……」
「浅沼君?」
「う、うん」
「ラブラブだわね…」
「えっ?いや、それは」
「リア充共めっ!!」
「それは美奈子ちゃんもだろ?」
突然叫んだ美奈子にまことが反射的に言葉を返す。

なにしろ、スリーライツの三人がキンモク星から戻ってきて半月ほどが流れた。
そこから付き合い始めた星野とうさぎ、大気と亜美はもちろんだが、キンモク星に戻る前から恋人関係にあった夜天と美奈子もこれからは一緒にいられるのだ。

高校生活も折り返しに差し掛かったばかりで、彼らの仕事の都合もあるだろうがイベント───体育祭、学園祭、修学旅行などなど───目白押しで、思い出もたくさん作れるだろうとまことは思った。

「まこちゃん」
「なんだい?」
「おかしいと思わない?」
「美奈子ちゃんがおかしいのは今に始まった事じゃないだろ?」
何言ってるんだよと言わんばかりに爽やかな笑顔でまことが笑う。
「ひどっ!」
「いや、ごめん。つい…」
「あたしがおかしいかどうかは今はいいの!!」
「あ、そう」
「おかしいのは……夜天君よ!」
「え?そう。いつもと変わらないように見えたけど?」
ちなみにその夜天は雑誌撮影のため昼休みに早退して、ここにはいない。
「そう!そうなのよ!いつもと変わらないのよ!」
「だったら別におかしくないんじゃ…」
「ちっがーーーーーーうっ!」
バァンッと机を叩きガターンと椅子を鳴らして立ち上がると
「いつもと変わらない事がおかしいのよぉっ!」
廊下に響き渡るほどの大音声で美奈子が叫ぶ。
「うっわ…美奈子ちゃん声でかっ…っ」
まことが耳を押さえながら美奈子を見つめぎょっとする。
「ーっ!ちょっ!えぇっ!?どうしたのさ!」
美奈子の空色の瞳からはポロポロと涙がこぼれていた。



「はい、アイスミルクティーで良かった?」
「うん、ありがと」
その後、まことは美奈子を自分の家に連れてきた。
クラウンでも良かったのだが、美奈子の様子から人がいない方がいいと判断した。
「ごめんね。浅沼君と約束だったのに」
「いや、いいよ。クラブ終わってから寄るって言ってたから連絡するまでは来ないでってさっきメールしといた」
「ごめん…」
しゅんとうなだれる美奈子にまことは気にしないでと告げる。

「それで?」
「え?」
「何かあった?夜天君とケンカでもしたのかい?」
「ううん。ケンカなんかしてないわ」
「じゃあどうして?」
まことが聞くと、美奈子は一口ミルクティーを飲みグラスの縁を指でなぞる。
「星野君は」
「うん?」
「誰がどこからどう見ても、例えば星野君を脱皮させたとしてもすっごくうさぎちゃんを大好きじゃない?」
「脱皮?うん。まぁそうだね。事ある毎にうさぎちゃんに“好き好き”言ってるもんね」
「でしょ!でね、大気さんは星野君みたいに口には出してないけど態度っていうか、亜美ちゃんに対する行動ひとつひとつが亜美ちゃんだけを特別な女の子として扱ってるじゃない?」
「うん、そうだね。そもそも大気さんが下の名前で呼んでるのって亜美ちゃんだけだしね」
「そうなのよ!“亜美さん”よ!何あの高校生とは思えない紳士っぷりは!」
「いや、まぁ、大気さんだしさ?それに、夜天君だって美奈子ちゃんを下の名前で呼んでるだろ?」
「それは…そうなんだけど…ね」
美奈子が長い睫毛を伏せる。
「夜天君…ね」
「うん?」
「“好き”って、言ってくれないの…」
「……」
「“好き”って、言ってくれないの…」
「……なんで二回言ったの?」
「あたしには、大事な事だから」
美奈子が真剣な瞳で言う。
どうやら美奈子の悩みは深刻なようだ。

「でもさ、美奈子ちゃんのとこって夜天君がキンモク星に帰る前から付き合ってただろ?」
「うん」
「また、戻ってくるかどうかの確証なんてなかったのに、それでも二人とも“恋人”になる事を選んだ」
「うん」
「それじゃダメなのかい?」
まことが優しく聞くと美奈子が子どものようにうつむく。
「ダメじゃない…けど…言葉にして欲しいの」
「なるほど…夜天君は確かに星野君と違ってそういうのあんまり言わなさそうだもんね…」
「うん。夜天君に“あたしのこと好き?”って聞いても“何バカな事聞いてるの?”って言って鼻で笑うのよ!」
まことは聞きながら妙に納得する。
そう聞かれてすんなりと「好きだよ」とは答えないのが、世間もよく知るであろう夜天光の人物像だ。

「いや、ほら?夜天君って“ツンデレ”だしさ」
「ツンデレの対比が腑に落ちないわ!ツンデレは7割のツンと3割のデレがセオリーってもんでしょ!?」
「え?それどこ情報?」
「あたし情報よっ!」
美奈子はアイスミルクティーを飲み干す。
「おわかりいる?」
「おねがいしますっ!」

おかわりを貰った美奈子はグラスの中の氷をカラカラとストローでつつきながら話す。
「でね!夜天君のツンデレ比は9対1くらいなのよ!」
「うん。デレが極めて少ないんだね?」
「そう!でもね、そのデレた時の夜天君がね、もういつもより優しくて胸がきゅんてなるの」
「だったらもうそれでいいんじゃないの?」
「違うのよぉっ!それとこれとは別問題なのっ!」
「じゃあ美奈子ちゃんはどうしたいのさ?夜天君にどうして欲しいんだい?」
まことが聞くと美奈子は空色の瞳をきらめかせる。
「夜天君に“好き”って言って欲しい!っていうか、こうなったら言わせてやるんだからっ!!見てなさい!」

美奈子が決意を叫んだその頃。

───ゾクッ

「夜天君?どうかした?少し休憩しようか?」
夜天の表情が一瞬強張ったのを見たカメラマンが声をかける。
「あ、いえ。ちょっと寒気がしただけです。大丈夫です。続けてください」
そう言って撮影を続行する。

「ふふふ…思い知りなさい夜天君…愛の女神のあたしのしゅーねんをっ!!」

美奈子がアイスミルクティーの入ったグラスを天高くかかげながらそんな言葉を呟いている事を彼はまだ知らない。



次の日の昼休みの屋上でみんなで昼食をとっていた時だった。
「夜天君!」
「なに?」
「ーっ…あたしの事、好き?」
突然の発言に夜天だけでなく、他のメンバーも驚きで目を丸くする。
事情を知っているまことに至っては「え?ここで聞くの?」と、思いはしたがあえて口には出さずに、きんぴらごぼうを咀嚼しながら様子を見守る。

「……いきなり何わけのわかんない事言ってんの?」
三秒ほどの沈黙ののち、夜天が呆れたように言って驚きで掴みそこねた野菜カツを箸ではさみ口に入れる。
「好き?」
「……」
答える気はないとばかりにもぐもぐと咀嚼する夜天に「こんな事じゃ諦めないんだから!」とばかりに、うさぎの玉子焼きと野菜カツを交換していた星野を見つめる。
「ーっ、星野君!」
「え?俺?」
矛先が自分に変わった事に星野が驚く。
「うさぎちゃんの事、好き?」
「あぁ、好きだぜ。当たり前だろ?」
あっさりと答えた星野に美奈子は「やっぱり星野君はそうよねぇ」と納得する。
「なっ/// いきなり何言ってんのよバカぁっ///」
「いや、バカって…俺はただ聞かれた事に答えただけだろ?」
「だからって///」
うさぎは照れ隠しからか星野にもらった野菜カツを目にも留まらぬ早さで食べる。

「大気さん」
「はい?」
美奈子が標的を星野から大気に移した時、まことは密かに
(いやぁ、美奈子ちゃんそれは亜美ちゃんのためにやめてあげた方がいいと思うんだけどなぁ…)
と、思ったがあえて何も言わずに炊き込みごはんを口に運ぶ。
「亜美ちゃんの事、好き?」
「えぇ」
「好き?」
にこりと笑顔を見せて答えた大気に美奈子はもう一度聞く。
「好きですよ」
「〜っ//////」
大気が答えると隣の亜美が耳まで真っ赤になり、脱兎のごとく屋上から姿を消した。
「亜美さん!?」
それを慌てて大気が追いかけていった。

「大気さんはそういう人よねぇ」
「美奈、何企んでるの?」
ひとり納得する美奈子を夜天が軽く睨む。
「なにが?」
しれっと答える美奈子に夜天が呆れたようにため息をつく。
「まぁ、別にいいけどさ…あとで大気と水野に謝りなよ」
「えーっ」
「あのさ、美奈子ちゃん。亜美ちゃんも大気さんもほとんどお弁当食べてないからね」
「うっ…」
美奈子の反応に夜天がため息をついたその時、ガチャリと扉の音がして大気が亜美を連れて戻ってきた。

「お帰り。早かったな」
「えぇ、すぐに追いかけたので捕獲は簡単でした」
「「捕獲って」」
うさぎとまことがハモって言うと亜美は恥ずかしそうにさっきまで自分がいた場所に戻る。
「亜美ちゃん、ごめんね」
「ううん/// 別に美奈子ちゃんのせいじゃないわ/// あたしが勝手に逃げ出しただけだから///」
亜美が言うと、夜天が本日何度目になるか分からないため息をつく。
「水野、美奈のせいだって言っていいよ。甘やかす必要なんてないんだから」
「別に甘やかしてるわけじゃないんだけれど…」
「夜天、愛野さんとの間に何があったのかは知りませんが、亜美さんに当たるのはやめてください」
「別に当たってるつもりはないよ。僕は美奈を甘やかすなって言ってるだけで」
「それが八つ当たりだと言ってるんですよ」
大気が言うと夜天が少しムッとしたようすで押し黙る。
「愛野がいきなりわけわかんねー事言い出すからだぞ…」
「うっ…」
「ちょっと星野、美奈がわけわかんないのは今に始まった事じゃないんだから言いがかりはやめてくれる?」
「夜天君それフォローになってないわ!」
「ホントの事でしょ?」
美奈子が言うと夜天はしれっと言葉を返す。

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を見ながらまことは密かに思う。
(夜天君がここまで感情的になるのって美奈子ちゃんにだけだと思うんだけどなぁ…)
しかし、星野はともかく大気もあっさりと「好きですよ」と口にした事で美奈子がますます意地になってきてるのだろうと思った。
(夜天君はそう簡単に美奈子ちゃんが欲しがってる言葉はくれなさそうだね)
一見、言い合いをしているその光景は客観的に見ればただイチャイチャしているようにしか見えないと思っているのは当然まことだけではない。
現にうさぎはもぐもぐとまことのお弁当のオカズを頬張りながら「美奈子ちゃんのとこ仲いいねぇ」と実に素直な感想を述べている。
亜美も「本当ね」とくすくすと笑っている。
まことは彼女たちの反応にそうかと納得する。
(こういうのって当事者は案外気付かないもんなんだよね)



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