捧げ物 | ナノ


愛の病 後編
「……うわぁ…っ…」
目を覚ました亜美は思わず声をもらす。
喉に違和感はないが、熱っぽさと気だるさを感じる身体の状態から事態を冷静に把握する。
なんとか体を起こすがすぐにベッドに沈み込む。
(学校に電話しなきゃ…っ)
今日から出張の母はまだいるだろうか?

───コンコン ガチャ

「亜美?もう七時半回ってるわよ?珍しくねぼすけさんね?」
母の声が聞こえた事に亜美は安心する。
「ママ…」
「亜美?」
明らかに様子のおかしい亜美に頼子は慌ててベッドに駆けよる。
「大丈夫?」
「うん…だいじょーぶ…」
そう言う亜美の額にそっと手を当てる。
「学校には私が連絡しておくわ。軽く何か食べてから薬飲んだ方がいいわね?お粥なら食べられる?」
「うん…おなか、すいた」
「分かったわ。すぐにアイス枕持ってくるからちょっと待っててね」
すぐに頼子はアイス枕と冷やしたタオルを持って行く。

「ありがと。ママ、まだ行かなくていいの?」
「まだ時間があるから心配しなくてもいいわ。お粥が出来るまで少し寝てなさい」
「うん」
うとうとと微睡みはじめた亜美を見届けるとキッチンでお粥を作り始める。
「さて…と───やってくれたわね…大気君…」
頼子はポツリとつぶやくと、携帯を取り出し電話をかける。



「大気、携帯鳴ってんぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
朝食のお皿を置いた大気は相手を確認せずに携帯を取り通話ボタンを押した。
「もしもし?───えっ!?あ、お、おはようございます」
「「?」」
大気が珍しく慌てている姿に一緒に朝食を摂っていた星野と夜天が何事かと視線を向ける。

「はい、えっ…と、おかげさまで…はい。───え?亜美が?」
「ん?」
「相手、水野じゃないみたいだね」
二人はてっきり亜美からの電話だろうと思っていた。
「だな、なんかあったみてーだな」
「……あぁ、僕なんとなく分かった」
大気のうろたえる様子を見ながら夜天が食パンを頬張る。
「なんだよ?」
「まぁ、多分なんかしただろうとは思ってたけど」
「おい夜天?」
「水野は今日学校休みだよ」
「は?おい…それっ…て、まさか…」
夜天の言葉に星野もわかったようだった。

「いえ、今日はオフです。そちらも大丈夫です。わかりました。伺います」
大気は携帯を閉じると時間を確認して朝食を食べ始める。
「星野、夜天。実は」
「風邪うつした責任取って、しっかり看病しておいでよ」
「今日がオフで良かったな」
「はい…」
「風邪にかこつけて、水野になんかやらしい事したんだろ?」
「してもらったんじゃないの?」
「あなた達は一体私をなんだと思ってるんですか…」
ずいぶんな物言いをされた大気が心外だと言わんばかりの視線を二人に向ける。
「「水野バカ」」
「……それは否定はしませんが、あなた達も似たようなものでしょう」
大気はため息をつく。

「大気…水野に風邪うつるような事したんだな…」
「美奈がなんか水野に入れ知恵してたけどね」
「ナース服の件以外にもですか?」
「僕はあんまりちゃんと聞いてなかったけど、その後でまた電話してたよ。そのあとで美奈が『これで亜美ちゃんが風邪うつって学校休んだら、あたしはひとりドキドキするわ』とか言ってたからね」
「やはり犯人は愛野さんですか…。まぁ、おかげで助かりましたけど」
「あぁ、なるほど。“あれ”か。僕も美奈にやってもらってかなり助かった。ちなみに美奈はうつらなかったけどね」
「亜美は繊細なんですよ。まぁ、愛野さんの入れ知恵と、亜美のおかげでコツはつかめました」
「そう…ところで大気、その言い方だとまるで美奈が図太いみたいに聞こえるんだけど?」
「そんな事は一言も言っていません。愛野さんの元気さを見ていると風邪をひかなさそうに思えただけです」
大気と夜天の間に見えない火花が散ったような気がして、星野がいやそうな顔をする。
「お前ら…なんかこえーよ…つーかなんの話をしてるんだ?」
「星野はまだ風邪ひいてないもんね」
「残念ですね…“あれ”はなかなかいいですよね」
「そうだね」
「……意味わかんねー」
星野は二枚目の食パンにベーコンエッグをのせてかじりつく。

「洗い物は俺か夜天がやっとくから大気はもう行ってやれよ」
「ありがとうございます。それとすみませんが今日の分のノートお願いします」
「わかった。くれぐれも水野の風邪を悪化させるような事と、自分の風邪をぶり返すような事はしないようにね」
「そうだぞ。あんまり水野いじめんなよ」
「ふっ…」
「大気…そのあやしさ極まりない笑顔をやめろ…」
「まったくもって心外ですね…。それじゃあ私は今夜は戻らないので食事は適当にしてください。いってきます」
「「いってらっしゃい」」
大気を見送った星野と夜天はバタンと玄関のドアが閉まった音を聞いてから顔を見合わせ苦笑いする。

「水野大丈夫だよな?」
「大気のあの慌てっぷりは水野の母親からでしょ?って事は大気もさすがにヘンな事は出来ないんじゃないの?」
「あぁ、なるほどな…ヘンな事して信頼なくしちまったら将来的にも困るだろうしな」
「そーゆー事だよ。よし、星野」
「なんだよ?」
「じゃんけんしよう」
「は?」
「どっちが食器を洗うかのじゃんけんだよ」
「おっしゃ!当然負けたやつが洗うんだよな?」
「決まってるでしょ!いくよ?」
星野と夜天がぐっと拳を握りこむ。
「「じゃんけん───」」
星野と夜天が食器洗いの権利をかけて真剣勝負をしようとしていることなど知るはずもない大気はエレベーターに乗り込みながら、明日亜美の家から学校に行くことを考え徒歩で行くことにする。
変身して飛ぶことも考えたがあまり早くに行くと頼子に怪しまれる。
ちなみに亜美が家でひとりならば確実に飛んでいく。

チャイムを鳴らし頼子にオートロックを解除してもらい、部屋に向かうと言われた通り預かっている鍵で扉を開けると───
「おはよう。いらっしゃい。待ってたわ?大気君」
綺麗な笑顔だが仁王立ちの頼子に迎えられた。
「ハイ…オハヨウゴザイマス…」

大気は有無を言わせぬ頼子の気迫に、朝食の時にかかってきた電話での会話を思い出す。
「もしもし?」
『もしもし?おはよう、大気君』
「えっ!?あ、お、おはようございます」
『熱は下がったかしら?』
「はい、えっ…と、おかげさまで…」
『そう、それは良かったわ』
「はい」
『それで、今度は亜美が熱出したのよ』
「え?亜美が?」
『えぇ、結構な熱があってね。でも私は今日から出張で九時半過ぎには家を出ないといけないの。悪いんだけど大気君今日はお仕事かしら?』
「いえ、今日はオフです」
『出席日数ってどうなってるのかしら?今日一日くらい学校休んでも問題ないかしら?』
「そちらも大丈夫です。わかりました。伺います」



「どうぞ?」
大気の前に紅茶が出される。
「ありがとうございます。いただきます。あの、亜美の具合の方は…?」
紅茶を一口飲んだ大気が頼子に聞く。

「風邪ね。今のところ喉は腫れたりしてないけれど熱が高くて…起きた時に計ったら38.4℃だったわ」
「っ!」
「さっきお粥を食べて薬を飲んで眠ったところだから、時間がたてば熱は下がると思うけれど、しばらく起きないわね」
「そう…ですか…」

「ねぇ、知ってるかしら?不思議な事に風邪って人にうつすと早く治るとかって言われるのよ?」
「ーっ、そう…みたいですね…」
「亜美の風邪───大気君がうつしたわね?」
「っ!」
直接的にうつすような事をしたつもりは───なくはない。
「すみません…」
「はぁっ…学生の性分は勉強だから…ね。大気君のせいじゃなかったら学校が終わった後にでも来てもらおうと思ったんだけど…。タイミングから考えて原因は明らかよね?」
「はい……おっしゃるとおりです…」
「責任持って“ちゃんと”亜美の看病してね?」
「わかりました」
「わかってると思うけど、亜美の風邪を悪化させたりしないでね?」
「もちろんです」
大気は頼子の視線を受け止め、しっかりと頷いた。

「さて、私はあと三十分ほどで家を出なくちゃならないから───本当にお願いよ?」
「はい。責任を持って看病します」
「そう」
「はい」
「ところで大気君、話は変わるんだけど」
「はい?」
「お料理は得意かしら?」
「え?まぁ、そこそこには」
「お菓子作りは?」
「できますが…」
「プリンは作れる?」
「はい」
「よろしい」
「え?」
「亜美がプリンが食べたいらしいから余裕があれば作ってあげてもらってもいいかしら?」
「わかりました」
「材料は揃ってるからね」
「はい。お借りします」
「じゃあ、私はそろそろ準備があるから失礼するわね。ゆっくりくつろいでね」
「ありがとうございます。早速なんですがキッチンをお借りしても構いませんか?」
「えぇ、もちろんよ」

頼子は自室に戻るとふぅっと息をつく。
亜美の熱の高さが心配だったが、大気がいてくれれば安心だ。
何かあれば彼がすぐに行動してくれるだろう。
(大気君に頼りっぱなしなのは母親としてどうかと思うけど…)
いくら大人びているとは言え、大気は亜美と同い年なのだ。
自分が出張で家を開けるからといって、年頃の愛娘を恋人に任せる。
何かが起こらない可能性はなくはないが……大気の真摯な態度と言葉を頼子は信じている。

スーツに着替え部屋の戸締りを確認するとキャリーバッグを持ち、部屋から出る。
亜美の部屋に入ると、眠っている娘の髪をそっと撫でる。
「マ…マ?」
ぼんやりと亜美の瞳が母の姿をとらえる。
「起こしちゃったかしら?」
「ううん。大丈夫」
まだ熱が下がりきっていないために頬が赤い。
頼子はコツンと亜美の額に自分の額を当てる。
「っ!?」
「やっぱりまだ熱あるわね、もうすぐしたらお薬も効き始めるからね」
「うん」
「それじゃあ、ちゃんと寝てるのよ?」
「うん」
「それと───」
「もう、わかってるってば」
亜美はくすくすと笑う。
「早く、行かないと」
頼子はそっと亜美の髪を撫でる。
「亜美」
「ん?」
「無理しちゃダメよ?」
「うん、ママも、気を付けて、いってらっしゃい」
「えぇ、いってきます」
頼子は亜美の部屋を出るとカラメルソースのいい匂いをさせながら、心配そうに様子を伺っている大気がいた。
彼に亜美のことを託し家を出た。
「あっ…亜美に大気君が来てること言ってないわ……まぁ、すぐに分かることだからいいわよね?おみやげは何にしようかしら」

大気は頼子が出て行ってすぐに亜美の部屋を覗いたが、彼女は眠っていたので何も言わずにそっと扉を閉め、プリン作りを再開した。



(のど、かわいた……)
亜美は水分を求めて目を覚ました。
少し熱は下がったようで身体を起こすと怠さを感じたが、朝のようにベッドに沈み込むことはなかった。
のそりとベッドから出ると、部屋を出ようと扉を開ける。
「?」
亜美は首を傾げる。
リビングには電気が点いていて全体的に暖かく、なんだかとってもいい匂いがする。
母はもうとっくに出かけているはずなのに───なぜ?
「どうかしましたか?亜美」
キッチンの方から聞こえてきた声に亜美はますます首を傾げた。

(あたし、自分で思ってるより風邪で参ってるかもしれないわ…大気さんの声が聞こえるなんて……)
水分を摂ってゆっくり休もうと考えながら、キッチンの方に行くと───
「水分補給ですか?」
優しく微笑んでいる大気がいた。

「───え?」
「どうしました?」
「……たい、き、さん?」
「はい」
「……大気、さん?」
「はい」
(幻覚?)
不思議そうに自分を見つめる亜美に大気はふっと微笑むと、彼女を抱きしめこつんと額を合わせる。
「っ!?///」
「まだ少し熱がありますね」
「っ/// 〜っ/// なっ、ん…どうして大気さんがいるんですか!?」
「はい?」
「だって、今日、学校……ですよね?」
「あれ?お母様から私がいる事聞いてないんですか?」
「え?はい」
「『風邪をうつした責任をとってちゃんと看病するように』と、言われました」
「えぇっ/// そ、そんなの///」
慌てる亜美に大気はくすくすと笑う。

「“口移し”のせいで風邪がうつってしまったんですから、責任は取らないとだめでしょう?」
「っ/// 別に大気さんのせいじゃ…ない…と、思い、ます///」
「じゃあ、私のせいにしてください」
「え?」
「そしたら───思う存分に亜美を甘やかせるでしょう?」
「っ//////」
大気はくすりと笑うと冷蔵庫からスポーツドリンクを出しグラスに注ぐと亜美に手渡す。
「ありがとうございます」
亜美はおいしそうにこくこくと飲み干す。
「おかわりは?」
「いえ、もういいです」
「そうですか。お腹はすいてませんか?」
「今は大丈夫です」
「そうですか」
亜美からグラスを受け取りペットボトルを冷蔵庫にしまう。

「では、亜美は部屋でいい子にしててください」
そう言うと大気はひょいと亜美を抱き上げる。
「きゃっ!お、下ろしてください///」
「嫌ですよ」
大気はそのまま亜美を部屋に連れ戻しベッドに下ろす。
「くれぐれも熱が下がってきたからと言って本を読んだり参考書を開いたり、ベイビーハープを弾いたりしないように。いいですか?」
「わかりました」
亜美はこくんと頷くとベッドに潜り込む。

「亜美が寝るまでここにいますから、心配せずにゆっくり眠ってください」
大気が亜美の碧い髪をそっと撫でると、彼女は安心したように頷きすぐに寝息を立て始める。
亜美の寝顔を優しく見つめた大気は額にそっとくちづけると、冷たいタオルをのせ部屋をあとにする。

「先日と逆ですね」
二日前の事を思い出しくすりと笑う。
大気は粗熱のとれたプリン容器を冷蔵庫にしまう。
「さて、もうすぐお昼ですし、亜美が起きたら食事をして薬を飲まないといけませんからね……」
大気は一人つぶやきながら冷蔵庫の中にある物を確認する。
「ふむ」

作るものを決め慣れた手つきで下ごしらえを済ませた大気は亜美の部屋に入ると額のタオルを取り替える。
亜美の勉強机を借りると音楽プレイヤーを取り出すと自身で作曲したデモを聞きながら作詞作業を始める。

亜美はいつも「お邪魔になるといけないので」と言って遠慮しようとするのだが、むしろ逆で、亜美が近くにいるだけで作業がはかどる。
それを亜美本人に言ってもあまり信じてもらえないのが悲しい。

大気はふと手を止めるとちらりと亜美の寝顔を見つめる。
薬が効いて熱は下がっているようで寝息も穏やかで大気は安心する。
椅子から立ち上がり、そっと亜美の頬に触れるといつもより熱い。
「うつしてしまってすみません」
寝込みを襲うのは卑怯だとわかってるけれど───大気はそっと触れるだけのくちづけを亜美のくちびるにおとす。
大気から風邪がうつったのだから、こうしたところで大気にうつるわけではないけれど……。



“すみません”
(大気さんの声……?)
亜美は夢か現実か分からない身体がふわふわした感覚の中で、大気のひどく申し訳なさそうな声を聞いたような気がした。
(どうして、そんなに切なそうに、謝るの?)
大気が謝るような事は何もないのに、だから謝らないでと思う。

「大気、さん?」
「亜美?」
くちびるを離した瞬間亜美に呼ばれ、大気は驚く。
亜美はぼんやりと瞳を開けて自分を見つめている。
亜美のあたたかい手のひらがそっと大気の頬に触れる。
「あやまらないで」
「え?」
「大気さんのせいじゃないから」
「亜美?」
「だいじょうぶ、ね?」
そう言ってふわりと微笑むと、亜美は再び意識を手放した。

「本当に亜美には敵いませんね」
大気はふっと微笑むと、さっきまで自分に触れていた手の甲に───まるで騎士が姫への忠誠を誓うように───キスをひとつ。



「ん…」
「目が覚めましたか?」
「うん」
いつもより子どもっぽい亜美の返答に大気は笑顔を見せると、ベッドに座り亜美と視線を近くする。
「お腹すいてませんか?」
「あ、はい」
「すぐに持ってきますから待っててください」
「はい」

大気は部屋を出て亜美がそろそろ起きるだろうと見込んでさきほど作ったばかりの中華粥を用意するとすぐに部屋に戻る。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」
大気は机にトレイを置くと、中華粥の入ったお椀とレンゲを手にすると椅子に腰掛け、レンゲにおかゆをひとすくいすると息を吹きかけると…。
「はい。亜美“あーん”してください」
「え?───っ!?いいですっ!自分で食べられます!///」
亜美は差し出されたレンゲを見つめ、驚いたように目をぱちくりさせたると真っ赤になってぶんぶんと頭を横にふる。
「つれないですね?」
「そんな事ないです///」
「亜美」
「っ///」
亜美が自分からふいと視線を逸らせる仕種に大気はくすりと笑う。
「せっかく亜美のために作ったんですが…」
「うっ…」
わざと落ち込んだように大気が言うと亜美がうつむく。
「亜美が食べてくれないんだったら無駄になってしまいますね」
「うぅっ…大気さん…ズルいです」
くるんと大気の方を見つめて可愛く睨む。
「こんな時だからこそ、甘やかさせてください」
亜美を優しく見つめて微笑む。
「っ/// でも…っ///」
大気はうつむく亜美の顎に手を添え、くいと上を向かせる。
「お願いですから“あーん”してください?」
「〜っ///」
亜美は真っ赤になりながら小さく頷く。



「ごちそうさまでした」
「はい、お母様から預かったお薬です」
「ありがとうございます」
「“口移し”で飲ませてあげましょうか?」
薬を受け取った亜美に大気はくすりと笑って聞く。
「いりません/// そもそもお薬飲むの苦手な大気さんにそんなこと言われたくありません///」
「亜美のおかげでコツはつかめたのでもう大丈夫ですよ。はい、お水です」
「ありがとうございます」
コップを受け取ると亜美は薬を飲む。

「大気さん…」
「はい?」
「えっ…と、着替えたいのでちょっと部屋から出てください」
「身体拭きますか?」
「う…や、大丈夫デス…」
「着替えるなら身体拭いてからの方がいいと言ったのは亜美でしょう?」
「それはそうなんですけど」
「お湯の用意してきますからちょっと待っててください」

大気はすぐにお湯の準備をして部屋に戻る。
「ありがとうございます」
「背中だけお手伝いしましょうか?」
「いっ、いえ/// 大丈夫ですっ///」
「そんなに警戒しなくても風邪で弱ってる亜美に変な事しませんよ」
真っ赤になる亜美に大気はくすくすと笑う。
「〜っ///」
“あやしい”と言いたげな眼差しを向けられた大気は肩をすくめる。
(頼子さんの信頼をなくすわけにはいかないので…さすがに今日くらいは大人しくしておきます)
そんな本音を隠しながら大気は亜美に微笑むと彼女の髪をくしゃりとなでる。
「本当に何もしませんよ」
「うーっ…」
亜美はねこのように大気を威嚇する。
「やっぱりいいです///」
「え…?」
「大気さんを信じてないわけじゃないんですっ///」
「じゃあ、どうしてですか?」
「だってカーテン閉めても真っ暗にはならないじゃないですかっ…恥ずかしいです///」
泣き出しそうな亜美の声に大気は真剣な声音で言う。
「亜美、約束します。絶対に何もしませんから───私を信じてくれませんか?」
「……っ」
(大気さんズルい。そんな風に言われたらあたしが断れないの知ってるくせに)
「わかりました。じゃあこうしましょう?」
「え?」

「私が目隠しします」
「はい?」



───ギシリ

「っ…」
ベッドの背後に大気が座った気配に亜美が小さく息をのむ。
「大丈夫ですよ」
安心させようとする優しい声音に、亜美はそっと彼を振り返る。
部屋のカーテンは締め切られているため薄暗い。
そんな中で大気は目隠しをしている。
「脱いだら教えてください」
「わかり、ました」
亜美は緊張しながらひとつひとつボタンを外すと、パサリとパジャマの上を脱ぎそれで胸元を隠す。
「えっ…と、あの///」
「脱ぎましたか?」
「はい///」

亜美の背中に大気の指先が触れる。
「っ!」
「熱かったら言ってくださいね」
「ん」
大気はそっと亜美の背中をタオルで優しく拭いていく。
「っ///」

───ドキン……ドキン……

「亜美」
「っ、はいっ///」
「緊張しすぎです。大丈夫ですから力抜いてください」
「っ///」
そんな事を言われて簡単に力が抜けるようなら苦労はしない。
「うぅっ…」
大気はふっと笑うと、そっと顔を近づけ耳の後ろで低く囁く。
「それとも───何かして欲しいんですか?」
「っ!?ーっ!」
「冗談ですよ。はい、おしまいです」
大気は亜美の反応に満足そうにくすくす笑うと、ベッドから下りる。
「では、私はリビングにいますから、あとは自分で出来ますね?」
「はいっ」
「もし手伝って欲しくなったらすぐに呼んでくださいね」
「呼びません///」
目隠しをしたまま器用に部屋を出て行く大気を亜美は見送る。

パタンとドアが閉まった瞬間、亜美は胸元を隠していたパジャマに顔をうずめる。
「うぅっ、恥ずかしい/// ───っくしゅん」
小さくくしゃみをしてハッとする。
亜美はタオルをしぼり、身体を拭くと下着とパジャマを着替える。
「ふぅっ…」
自分の胸にそっと手をそえると、まだドクドクと早鐘を打っている。
「余計に熱、上がりそう…」



───パタン
部屋から出た大気は目隠しをしていたタオルを外すと、ソファに座り込む。

(やはりこちらの姿でも感覚は変わりませんでしたね…)

大気は本来は戦士なのだから“視覚”が頼りにならない場合の感覚の研ぎ澄ませ方を心得ていた。
戦いにおいて目で見て惑わされるのならば“目を閉じる”という方法をとる。

肌に触れる感覚。
耳から聞こえる音、その方向。
わずかなにおい。
そして感じる気配。

普通の人ならば目隠しをしていきなりそんなに感覚が研ぎ澄まされる事はない。
だが、大気は目を閉じた瞬間から“視覚”を遮断した場合の動きがある程度はできる。
だからこそ大気は亜美の部屋から物に触れる事も無く扉からリビングに出られたのだ。

つまり“あの状態”で感覚が研ぎ澄まされるということは、彼の神経は亜美にいく。
彼女の緊張した呼吸の音や、パジャマを脱ぐ時の衣擦れの音。
タオル越しでも簡単にわかる程に緊張して強張る華奢な身体。
そして、理性を惑わせる亜美の甘いにおい。

(あの状態であと少しでも亜美の近くにいたらきっと……)
その小さな身体を抱きしめてしまっていた───間違いない。
(ホントに危なかったです…)
それ程に大気の理性はギリギリだった。
(頼子さんは私を信じて亜美のことを任せてくれたと言うのに……最低です)

「大気さん?」
脱いだ下着とパジャマを洗濯カゴに入れに行って、ついでに歯みがきを済ませてリビングに戻った亜美が、部屋から出た時と変わらずソファで真剣に考え込んでいる大気にそっと声をかける。
「どうしたんですか?」
「いえ、なんでも───ないですよ」
「もしかして具合悪くなりましたか?風邪ぶり返しました?」
亜美が心配そうに自分に触れようとした手を、大気はそっと掴む。
「いえ、大丈夫です。亜美は部屋に戻ってベッドの中にいてください」
「わかりました」

亜美は部屋に戻るとベッドに入り、大気は椅子に腰掛ける。
「亜美」
「はい?」
「何かして欲しい事はありませんか?」
「えっ?」
「なんでも言ってください」
「……っ」
「亜美?」
大気は布団から何か言いたげにじっとこちらを見つめる亜美のサファイアの瞳に吸い込まれそうになる。
「ホントになんでもいいんですか?」
「もちろんです」
「じゃ、じゃあ///」
「うん?」
「えっと///」
「どうして欲しいんですか?」
恥ずかしそうにする亜美に大気は優しく聞く。
「手」
「て?」
「あたしが眠るまででいいので、手をにぎってて、欲しい…です///」
「…っ///」
大気は亜美の“お願い”の可愛さに目眩を覚える。
「そんな事でいいんですか?」
「うん///」
「わかりました」
大気は頷くと亜美に手を伸ばす。
亜美は大気の大きな手にそっと触れると、安心したようにふわりと笑顔を見せる。
その笑顔につられるように大気も優しく亜美に微笑み、彼女の小さな手をぎゅっと握る。

大気の手のぬくもりに誘われるように、亜美がうとうとと微睡み始める。
「おやすみなさい、亜美。起きたら一緒にプリン食べましょうね」
「はい。おやすみなさい」
すぐにすぅっと寝息が聞こえ始める。

「眠るまでなんてつれないことを言わないで欲しいですね───亜美」
大気は机に置いてあった本を片手で読みながら、もう片方の手は亜美の手をしっかりと握っていた。
二時間後、目が覚めた亜美が繋がれたままの手と大気の笑顔に驚くことになる。











あとがき

ゆう吉様

22000のキリ番ゲットおめでとうございます。
リクエストありがとうございます。

大変長らくお待たせいたしました!
リクエストを戴いてから一ヶ月近くもかかってしまいまして申し訳ありませんでしたm(_ _)m

風邪がテーマでと「甘えんぼな大気さん」が「お薬飲ませてって甘える」から「大気さんから亜美ちゃんに風邪が移る」との事だったので、もうこれは「口移し」しかないよね!ってなって暴走したら長くなってしまいました。

「大亜美で甘々ならなんでも嬉しい」との事なのでイチャラブさせました。
楽しんで戴けると嬉しいです(^−^)



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