捧げ物 | ナノ


スター 3
翌朝

今日はみんな仕事がないとの事で、朝食をすませ、五人揃って学校へ向かった。
あえて昨日の事には誰も触れずにいた。

連日の呼び出しが始まってから、亜美は登校時間を大きく遅らせるようになった。
一度、朝から教員に呼び止められ予鈴が鳴るまで説得をされたのだ。
それ以来、学校に着くのは、予鈴が鳴る10分前にするようにした。

教室に行くと、まことと珍しくうさぎがすでに登校していた。
揃って入ってきた五人に一瞬目を丸くしたあと、何か事情があったのだろうと悟った。
なにしろ、昨日の放課後も亜美は呼び出されていたのだから。

「おはよう、みんな」
「おはよう。うさぎちゃん、まこちゃん」
「おはよう。おだんごは今日は遅刻じゃないんだな」
「しっつれいしちゃう!三年になってからそんなに遅刻してないもん!」
「確かにうさぎちゃんの遅刻って二年の時よりだいぶ減ったわよね」
「でっしょ〜?」
「でも、うさぎちゃん月曜はまだ遅刻が多いわよ?気を付けないと」
「はぁーい…」

楽しく話していると、教室の扉が開いた。
「水野、ちょっと来なさい」
『っ!?』
突然の声に全員が息を飲む。
他のクラスメイトも何事かと注目する。

「っ」
亜美がキュッと小さく手を握りしめる。
「分かりました」
固い声でそう答えると、扉の方に向かう。

「足代先生、あと五分もしないうちに予鈴が鳴りますよ?」
大気がそう言うと足代は「すぐに済む」と言って亜美を連れ立って教室をあとにした。

「くっ…」
大気が硬く拳を握りしめる。
「亜美ちゃん…」
うさぎ達も心配そうに瞳を伏せる。

そして予鈴が鳴っても、亜美は戻ってこなかった。
担任の夏海が入って来て、亜美の席に鞄のみが置いてあるのを見て、眉をひそめる。
そして、ちらりと大気を見つめた。

大した連絡事項はなく夏海は教室を出て行き、大気が素早く彼女を追った。

「水野さんは?」
「予鈴五分前に足代先生に呼び出されました…」
「そう……」
「楠先生…」
「私、一限は空いてるから水野さんの事は任せて、大気君はちゃんと授業を受けること。いいわね?」
「ですがっ!」
言い募る大気に向かって、夏海は人差し指を立てる。

「いい?ここで大気君が授業をサボれば先生達はそれをネタに水野さんに何かを言う可能性があるわ」
「っ!」
「だから今は教室に戻りなさい」
「わかりました…よろしくお願いします」
大気は夏海に頭を下げると、教室に戻って行く。

(さて…と、この時間から生徒指導室にいる事はないでしょうから……)
夏海は全学年、全クラスの一限目の時間割を思い出しながら、踵を返す。

「馬鹿の一つ覚えって事で、視聴覚室ってところかしら?」



───視聴覚室

亜美は学年主任の足代と進路指導の草野、そして教頭からの説得を全力で聞き流していた。
毎度毎度、同じ事ばかり言っていて飽きないのだろうかと思ってしまう。
正直、こっちはさすがに飽きたのだけれどと思う。

「聞いてるのかね、水野君!?」
「…一限目の授業を欠席してまで聞かなくてはいけないお話には思えません」
「なんだとっ!」
「水野君、さっきも言ったように一限目の担当の者には事情を話してあるから、何も心配しなくていい。欠席扱いにはならないんだ」
「授業を受けていないのに、出席扱いにしてもらいたいとは思っていません」
「水野さん!せっかくの便宜を図ってあげているのになんですか!言い方は!」
「わたしは、先生方のお話を聞く代わりに一限目を出席扱いにしてくださいなんてお願いはしていません」
怯むことなく言い切る亜美に全員がたじろぐ。
「それに、先程のお話は昨日も一昨日も聞きました」

「何度言っても分からないようだから、何度でも言ってやっているんだろう!」
「‥‥‥」
「そうだ、君は医学部に行くべきなんだ」
「‥‥‥」
「そうよ、ハープなんてあなたには似合わないわ」
「‥‥‥」

「医学部に行って医者になれ」
「‥‥‥」
「そのために勉強だけしていればいいんだ」
「‥‥‥嫌です」

亜美ははっきりと言い切る。
今までは医学部に行く事を嫌だと言った事はなかった。

「わたしは医学部に行くよりも、やりたい事を見つけただけなんです」
そう言っていたのだ。

医学部に行く事は小さい頃からの夢だった。
自分は母のように医者になるという未来は、亜美の中で決まりきっていた。

───雪音のハープに出逢うまでは

自分で爪弾く事の楽しさ
奏でる音色の美しさ

自分にも心からやりたいと思える事が見つかったこと。

亜美にとってハープとの出逢いは、大きなものだ。

今の自分からハープがなくなるなんて
考えられない。
考えたくない。

「わたしは───誰がなんと言おうがハーピストになると決めたんです。
だから、先生方にどれだけ説得されても無意味なんです」

“無意味"
今まで、教師に対して口にした事のない言葉を、亜美は言った。

さすがの教員達も唖然とする───が。

「水野!お前は…っ、無意味だと!
ハープ奏者になりたいと言って、医学部に行こうとしないお前の方が無意味だっ!」
「足代先生!?」
頭に血が上った足代の言葉にさすがの教頭が慌てる。

「何がハープ奏者だ!何がアイドルだ!
くだらんやつらとつるんでるから、そんな馬鹿げた事を言うんだ!」
「っ!くだらなくなんかありません!」
「くだらん!大気にお前を説得するように言ったが、聞き入れなかったよ!」
「───は?」
足代の言葉の意味が分からず、亜美は一瞬反応が遅れる。

「恋仲の大気の話なら聞くかと思ったんだが、使えん奴だ」

(何を、言ってるの?
どうしてここで大気さんの名前が出てくるの?)

「ーっ、大気さんを巻き込んだんですか!?」
「巻き込んだ?説得役に見立てただけだ!」
「同じ事です!そんな…っ、そんなくだらない事に……っ」

───バンッ

「失礼します。大事な生徒を担任の私の許可なく攫っていかないでいただきたいですね」
「楠先生!?」
驚く教員たちを無視して夏海は視聴覚室に入ってくる。
「行きましょう水野さん」
亜美の肩にそっと手を置く。
その手は温かく、優しい。

「待ちなさい!話はまだ終わっていないぞ!」
足代の言葉に亜美は一つ深呼吸すると、ゆっくりと彼らを振り向く。

「今後、進路に関する呼び出しにわたしは応じません」
亜美がそう宣言する。

「先生達のした事はとても卑怯です。
誰かがわたしにハーピストになるようにそそのかしたわけでもない。
それはわたしの意志で、他の誰かにどうこうできるものじゃありません。
たとえ、お付き合いしてる大気さんでも、友人である月野さん達でも、尊敬している母でも、先生達でも、です。
ハーピストになりたいのは、わたし個人の思いです。
誰のものでもありません。では、失礼します」
亜美は呆然とする教員達に頭を下げると、夏海に続いて視聴覚室をあとにする。

廊下に出て、少し歩いたところで亜美が静かに口を開く。
「どうしてここが分かったんですか?」
「オンナの勘ってのは冗談で、消去法と一昨日大気君が呼ばれたのも視聴覚室だったからね」
「そう…ですか…」
そう言ったきり黙った亜美をそっと見やると、口を開く。

「授業が始まって15分、ね。ねぇ、水野さん少し話をしましょうか?
そんな状態で教室に戻れないでしょう?」
そう言って亜美の頬にそっとハンカチをあてがい涙をぬぐう。
「ーっ、ふぇっ…っく」
亜美がその場にしゃがみ込む。
夏海はそっと亜美の隣にしゃがみ、彼女の背中をそっと撫でる。

「っ、すみませんっ…」
「我慢しなくていいわ」
「…っ」

毎日のように心無い言葉を浴びせられ続ければ心も体も参ってしまう。
誰にも話の詳細は言わず、一人で抱え込んできた。
限界がきたのだ。

嗚咽をこぼして泣く亜美を見ながら、大気がいた方が良かったかもしれないと思った。



───ガラリ

「おや…楠先生が生徒を泣かせてる……」
「柳井先生…」
近くの音楽室の扉が開き、ひょっこりと顔を覗かせたのは音楽教諭“柳井愛-ヤナイマナ-”だった。

彼女はうずくまる亜美と夏海を見るとふむと頷く。

「どうぞ?そんなところにいないで入って」
「ありがとう、ございます。水野さん立てる?」
「っ」
こくりと頷き、夏海に伴われて音楽室へと足を踏み入れる。



「はい、どうぞ。泣いたんなら水分補給はしときなさい」
そう言って差し出されたのは缶のオレンジジュース。
「え?」
「いいからいいから、飲みなさい?目を冷やしてもいいし?」
「っ」
「なっちゃんは缶コーヒーでいい?」
「ありがと。いただきます」

夏海は缶を受け取りプルタブを開けこくんと一口飲む。
亜美はどうするか迷いながらも、目元を冷やす。
泣いたせいか、少し頭が痛い。

「うん。しかしまぁ…この子があのすっごい演奏を聴かせてくれた“謎の美人ハーピスト”ねぇ」
「っ!」
亜美が驚いて愛を見つめる。
「大丈夫よ水野さん。彼女、柳井先生は私と雪音の友人でね。
あの日、水野さんの演奏を聴いた一人よ」
「え?」
「うん。ゆんちゃんの秘蔵っ子をひと目見たくてね〜」
「あの…」
「ん?あぁ、大丈夫よ。誰にも言ってないからね。ゆんちゃんにも念押しされたし」
「そう、ですか」
不安そうな亜美に愛は微笑む。

「あの日以降、連日あんだけ職員室で騒いでれば、あそこにいた人にはなんとなくで分かるからね」
「まぁねぇ…」
「で、とうとう一限目を利用しての呼び出しなんて…
そこまでして医学部にいって欲しいもんかしらね…」
「っ」

亜美は今さらながら、感情的になってしまい、教師に対してとんでもない事を口走ったと反省し、俯く。

「水野さん、さっき貴女が言った事は正論よ。
貴女の親しい人達を利用してまで、貴女を説得しようとした彼らに非があるわ。
だから、そんなに気にしなくていいのよ」
「っ」
「なるほどねぇ…そこまでしちゃったか…」
愛は苦笑する。

「ねぇ、水野さんはどうしてハーピストになりたいと思ったの?」
「えっ?」
突然の話に亜美が驚く。

ほぼ初対面の愛を少しだけ警戒してしまうのは、本来亜美が人見知りだからだ。

「あ、の…えっと…」
どう答えればいいものか分からずにオロオロしてしまう。
そんな亜美を見ていた愛が突然、夏海に向き直る。
「なっちゃん!!」
「なに?」
「この子ネコっぽくて可愛い」
「マナちゃん、やめなさい…」
「そっかぁ。水野さんってこんな感じだったんだ。
有名な子だから入学した時から名前と顔は知ってたんだけど、直接教えた事なかったからねぇ」
「マナちゃんって、ネコっぽい子好きよね…昔っから…」
「いやいやぁ、そもそもネコが好きなのよねぇ♪」
そう言いながら、亜美を見てにこりと微笑む。

「っ///」
思わずふいと視線をそらせる。
「…っ、元気がなかったわたしを海王さんが連れ出してくれて、たまたま柊先生の演奏会に連れて行ってくれたんです。
その時に、柊先生のハープを聴いてすごく、感動して…それで……
まぁ、色々あって柊先生にレッスンしてもらえるようになったんです」
「ゆんちゃんみたいなハーピストになりたいの?」
「いえ、わたしには柊先生のような音はまだ……。
でも、同じように人の心を動かせるハーピストになりたいなって、思って///」
「そっか。うん。じゃあその第一歩は踏み出せてるわけね」
「そうよね」
自分の言葉にさらりと言い切る愛と、それに答える夏海に亜美は驚く。
「え?」

「あそこにいた人が水野さんの演奏に心を動かされたのよ。
本当の事を言うとね、水野さんの演奏を聴くまでは、私も医学部に行けばいいのにって思ってたの。
でも、水野さんの演奏を聴いたら、そんな気持ちどこかにいっちゃったのよね」
そう言って、優しく微笑む夏海。

「うん。あれは本当にすごかったわ。
しかも初めてのステージでオリジナル曲だなんて、凄いわよ」
そう言う愛の言葉に目を丸くする。

「やっぱりそんなものですか?」
「普通はね、名前が売れればオリジナルをするだろうけど、いきなりって言うのは、まぁあまりないと思うわよ?」
「そう、ですか」
「あ、もちろん、ダメとかってわけじゃないからね?
むしろそれで本番あれだけ堂々たる演奏が出来るって、本当にすっごい事なのよ?」
「ありがとうございます」

亜美は昨夜の大気の言葉を思い出す。

『だから───そうですね…
“学園祭の私達のシークレットライブに出て、ハープの生演奏で先生方の度肝を抜いてやりませんか?”って言うのが本音です』

亜美が静かに夏海を見つめる。
「楠先生」
さっきまでとは違う何かを決意したかのような亜美の声音と、真っ直ぐな瞳を夏海は受け止める。

「シークレットライブの話ね」
「はい」
「決めたの?」
亜美はこくりと頷く。
どうするかは聞かなくても亜美の瞳を見れば分かった。

「ここでは、ちょっと協力者が足りないから……。
水野さんは今夜もレッスン?」
「はい」
「じゃあ、私と大気君たち、それと───」
「私も行けばいい?」
「そう、マナちゃんもよろしくね」
「場所は?ゆんちゃんとこ?」
「ううん。違うから私と一緒に行きましょ」
「了解」
「詳しい話は今夜レッスン室でって事で、いいかしら?」

「はい。よろしくお願いします」
亜美はぺこりと二人に頭を下げる。

「まっかせて!」
「なんで私よりマナちゃんが張り切ってるの?」
「だって生徒に頼られるとか、先生みたいで嬉しいじゃない」
「先生“みたい”じゃなくて、先生でしょ?」
「そうなんだけど、なんかこう面と向かって言われると嬉しいでしょ?」
「まぁ、わかるけど」
「でしょ!」

亜美は目の前で繰り広げられる二人の教師のやりとりに───
「ふふっ」
くすくすと笑う。
二人のやりとりが、まるで自分の親友の少女達のようで、微笑ましかった。
「ご、ごめんなさい。ふふふっ」
謝りながらも笑う亜美に夏海はホッとした表情を見せた。
「もう、大丈夫?」
「はい、ありがとうございました。
えっと、柳井先生もありがとうございました」
「どういたしまして」
「オレンジジュースごちそうさまでした」
「缶は私が捨てとくから置いてていいからね」
「はい」

一限の終わりのチャイムが響く。

「それじゃあ、失礼します」
亜美はきちんと頭を下げると、音楽室をあとにした。

「さて…と、私も職員室に戻って次の授業の準備しなきゃ」
「頑張ってね。“楠先生”」
「“柳井先生”も次、授業でしょ?」
「そうよ。歌のテスト」
「ピアノ伴奏がんばって。じゃあね、コーヒーごちそうさま」
夏海も音楽室をあとにする。



亜美は教室に戻りながら、大気にだけでも自分の意志を伝えておこうと考えていると、ぐいと腕を引かれそのまま強く抱きしめられる。
「亜美っ」
「大気...さん」
大気はしばらく亜美を抱きしめる。

伝わる優しい鼓動とぬくもりに、亜美は安心する。
「大気さん…」
大気の腕の中で小さく彼の名前を呼ぶ。
「はい?」
「あたし───決めました」
その瞳を見れば分かる。
「そうですか」
大気は亜美の碧い髪をそっとなでる。

「また、忙しくなりますね」
「はい。───でも」
亜美は大気の制服の裾をキュッと握り、彼を上目遣いで見つめる。
「今度は大気さんもいてくれるので、心強いです」
そう言ってふわりと微笑む。
「っ///」
その笑顔に大気はどきりとする。

「大気さん?」
亜美は何も言わない彼を少し不安そうに見つめる。
「迷惑ですか?」
「っ!?違います!ただ───」
大気は亜美の言葉を即座に否定すると、彼女の額にコツンと自分の額を合わせる。
「亜美が可愛い事を言うので、つい///」
「〜っ///」
「本当に可愛いですね、亜美」
大気はくすりと笑う。
「うぅっ/// 詳しい話は夜にレッスン室で、だそうです」
「分かりました」

「あ、の…大気さん…」
亜美はもうひとつ彼に言わなくてはいけない事がある。
「どうしました?」
「あの…ごめんなさい…あたしのせいで…っ」
「っ!?」
亜美が言おうとした事が何かを悟った大気は息を飲んだ。

「大気さんに、迷惑をかけてしまって…」
「私は迷惑だなんて思ってません」
「でも…っ」
「亜美のせいじゃありません」
大気は亜美の瞳を正面から見つめる。
「私は亜美にそんな顔をさせたくなかったんです」
「っ」
「足代先生たちに何を言われたんですか?」
「話の内容はいつもと一緒です…
その時に大気さんにあたしを説得するように言ったって聞いて……っ」
「そんな事を亜美が気にする必要はありません。
浅はかな考えで人を動かそうとした先生方のせいですよ」
大気はそう言って亜美の頬にそっと触れる。

「亜美───泣いたでしょう?目が赤いです」
「っ!?」
大気の指摘にぎくりとして俯く。
少し冷やしたし大丈夫だと思っていたのに…
そんな亜美の髪を大気は優しく撫でる。

今まで亜美は人前では泣かなかった。
それが泣いたと言うことは、大気を含め、うさぎや美奈子、まことの事でよほどの事を言ったのだろう。

亜美が自分の事で感情的になる事はほとんどない。
しかし、美奈子やまこと、うさぎなど、自分が大切に思っている人が悪く言われたりするとなると亜美は感情的になりやすいのだ。

(亜美を泣かせてただで済むと思わないでください)
大気は亜美を強く抱きしめる。
「っ/// 大気さん///」



「あーっと…いい雰囲気のところ邪魔してわりぃ」
「あと少しでチャイム鳴るし、美奈たちが心配してるよ」
「っ///」
「あぁ、ありがとうございます」
大気は亜美を解放すると、彼女の手を握り教室に戻る。
すぐにうさぎ達が心配そうに集まる。
「亜美ちゃん大丈夫?」
「うん。大丈夫よ。ありがとう」
そう言って笑顔を見せる亜美をうさぎがギュッと抱きしめる。
「亜美ちゃん」
「うさぎちゃん?どうしたの?」
「泣きたいなら我慢しちゃダメだよ……」
「うん。そうね。でもホントに大丈夫だから」

美奈子が夜天をちらりと見つめると、彼は小さく頷く。
「大気さんの愛のおかげで?」
美奈子がわざとイタズラっ子のように笑いながら言うと、亜美が真っ赤になる。
「もうっ!美奈子ちゃん///」
「照れない照れない。しっかり手まで繋いで帰ってきてるんだからもう亜美ちゃんたら〜♪」
「っ///」

そのやり取りを見てまことは美奈子の意図を理解する。
「美奈子ちゃんそのへんにしときなよ。もうチャイム鳴るよ」
「しょーがないわねぇ」
「おだんごもいつまで水野に抱きついてんだ?」
「ヤキモチですか?」
「大気もだろ?」
「否定はしません」
「「っ///」」
うさぎと亜美が赤くなったところで、二限のはじまりのチャイムが響いた。



───お昼休み

「「「えぇっ!?」」」
亜美の話を聞いたうさぎ、美奈子、まことが驚きのあまり、箸でつまんでいたお弁当のおかずを落とすという事態が発生した。

「マジでか…」
「ビックリした…」
星野と夜天も驚いていた。
大気は何も言わないが、かなりの衝撃を受けていた。

亜美はみんなの反応に戸惑う。
呼び出された時の話をしていたのだが…
『今後、進路に関する呼び出しにわたしは応じません』
と、言った事を話したらみんなが一斉に驚いたのだ。

「ぅっ…つ、つい…ちょっと、頭にきて…その…」
「ぶっ、あはははは」
大気が声を上げて笑う。
それに、亜美を含めた全員が驚く。
「くくっ、すみません。そうですか」
「大気さん笑いすぎです」
「いや、つい。先生方はまさか亜美にそんな事を言われると思ってないでしょうから、さぞかし驚いていたんでしょうね」
「知りません」
むぅっと拗ねたように言う亜美の髪をそっと撫でる。

「それでいいんですよ。
何度言っても分からないような馬鹿には、態度ではっきり示せばいい」
大気の言い分に、亜美はぎょっとする。
「大気…さん?」
「なんですか?」
亜美は大気を見つめる。
笑顔を見せてはいるが、これはもしかして、もしかしなくても……
「怒ってます…よね?」

大気は“にっこり”と、笑みを深くする。
「「っ!?」」
「「「ひぇっ」」」
「ご、ごめんなさい…」
星野と夜天が大気の笑顔に固まり、うさぎ達がひくりと息を飲み、なぜか亜美が涙目で謝る。

「亜美が謝ることはありません。
私は足代先生をはじめとした、何人かの先生方に怒っているんですよ?」
「は、はい」

だったらそんな完璧すぎて背筋が凍るような笑顔をここで見せないで欲しい…と、みんなが思った。

「あのさぁ…確か五時間目って……」
まことが恐る恐る言うと、みんなが愕然とする。

「足代先生の物理ですね」
大気は笑顔で言いながら内心で「さて、どうしてやろうか」と目論んでいた。
そんな彼の隣で亜美は「どうしよう…五時間目サボりたい」と、初めて思っていた。
まぁ、ここでサボるとまた何を言われるか分からないので実行はしないが…
「はぁっ…」
思わずため息をついてしまう。
そんな亜美の髪を大気が優しく撫でる。
「大気さん?」
「大丈夫ですよ」
そう言って微笑む。
亜美は小さくこくんと頷く。

そんな二人のやりとりを見守りつつ、夜天が星野にこっそり耳打ちする。
「ねぇ星野…。大気の背後に何か形容しがたい黒いものが見えるのは…僕だけかな?」
「安心しろよ。俺にも見えるから。にしても……水野が絡んだら大気はホントに手が付けられねーな」
「星野も似たようなもんでしょ?」
「お前もだろ!」
「まぁ、今回の件に関しては僕は大気に全面同意。
誰の目から見たって先生たちはやりすぎだよ」
「だよな」
星野も夜天も、うさぎと美奈子が毎日呼び出されている亜美を心配していた事を知っている。
もちろん、自分達だって心配していなかったわけではない。

「とりあえず今、俺達が心配すべきは次の授業だ」
「あー…僕たぶん寝る」
「絶対に寝らんねーと思うぞ?」



五限目の物理
大気を除くクラスメイト全員が「高校生活であんなに長いと思った50分はなかった」と、語る程に凄まじい授業が行われた。

大気の容赦ない質問責めと、鋭い指摘にたじろぐ足代。
「まさか、担当されているのに質問に答えられないとかおっしゃいませんよね?」
「大気!お前はいい加減にしろ!くだらん事を聞くな!」
「くだらない?私が授業に関係のない事を聞いているのなら先生の言い分は成り立ちますが、私が聞いているのはあくまで授業範囲内の事です。お答えを?先生」
「くっ…この…」

(((大気さん…)))
(こえーっ…)
(ダメだ…寝られない…)

亜美としては大気が自分の事で足代に怒っている事に対して、他のクラスメイトを巻き込むのは申し訳なく思う。
しかし、大気の怒りは当人の亜美にも沈められそうにないので、付き合ってもらうしかない。

(大気さん…やっぱりすごく怒ってる…)
亜美は授業は進まないだろうと、ノートに挟んでいた『流れ星へ』のスコアにこっそり目を通す。

(文化祭まで泊まりこめばいける…
ううん。完璧に弾きこなさないと…)

教員を納得させるには半端な演奏ではダメだ。

亜美はスコアに意識を集中させる。
周りの音が───大気の声も、足代の大声も───遠くなる。

亜美の感覚を支配するのは、大好きなハープの音色。

(スリーライツの歌
大気さんの優しい歌声
星野君の甘い歌声
夜天君の切ない歌声
あたしが奏でるハープの音色
一体、どんな“音”が生まれるのかしら?)

亜美の中で音が溢れる。

昨日、ベッドの中では出来るか不安だった。
でも、今は不思議とワクワクしている。



(水野?)
星野は大気の黒いオーラから目をそらせ、ふとうつむき加減の亜美を見る。
「っ!?」
星野は息を飲む。
クラス中のみんなが大気と足代のやり取りに恐れている中で、亜美だけが微笑を浮かべていた。
(すっげぇ…)
星野は本気で感心した。



───そして長い五限が終了する

足代がぐったりしながら去って行った教室で、クラス中から一斉にため息がもれた。

「大気…」「大気さん…」
「はい、なんですか?」
こちらは反面、妙に爽やかに微笑む大気。
その笑顔に声をかけた夜天と美奈子が黙ってしまう。

「水野」
「なぁに?」
「お前…すごいな…」
「何が?」
「笑ってただろ?」
『はいぃぃぃっ?』
星野の指摘に彼女の周りのクラスメイトの視線が集中する。

「───あぁ…うん。ちょっと…ね?」
「あの状況でよく笑顔を浮かべられるな…」
「えっと……実は……大気さんと足代先生の話、途中から全然聞いてなくて……」
「……マジか?」
「うん…ちょっと色々考えてて…」
「そう…か」
星野は返事をしながらも、それでもあのオーラの中で自分の考えに没頭できるのは凄いことだと思った。

「亜美ちゃ〜ん」
「きゃっ/// どうしたの?うさぎちゃん」
「大気さんオーラにちょっとは免疫ありそうな亜美ちゃんから癒しを注入」
ギュッと亜美に抱きつく。
「あ、うさぎちゃんズルイ!あたしも!」
美奈子がうさぎに抱きつく。
「じゃあ、せっかくだしあたしも」
まことも三人にピタリとくっつく。
「ぁぅっ///」
亜美が突然の事に驚き真っ赤になる。

「亜美達は何してるんですか?」
「うるせぇ…見ろよこのクラスの疲弊感を…」
「次の授業どころじゃないよ」
「ふっ」
「あのなぁ…面と向かってケンカふっかけるよりタチ悪いぞ?」
「亜美を泣かせてただですむと思われちゃ困るんですよ」
「だからって僕らまで巻き込まないでよ…」
「とは言われても……足代先生のようなプライドの塊の方は、授業で潰すのが手っ取り早いと思ったので」
((サラッと潰すって言い切った…))

「まぁ、これで少しは懲りるでしょう」
「万が一、水野に飛び火したらどうするのさ?」
「いくらなんでもそこまで愚かではないでしょう…」
「お前なぁ…」
「そうなったら、次の手を打ちます」
((お願いします!懲りててください!))
大気の物騒な発言に本気で願う二人だった。

大気はうさぎ達に抱きつかれて赤くなっている亜美を見つめる。
心なしか他のクラスメイトの視線もそちらに集中しているような感じで気に食わないが…

「おだんご」
「なーにー?」
「水野連れてこっち来てくれ」
「まっかせて!」
「なんで美奈子ちゃんが返事したんだい?」
「面白い事が起こりそうな予感がビシビシするわ♪」
四人が星野達の方へとやって来る。

「ほい、どしたの?星野」
「おぉ、サンキュ。あのさ、水野…」
「なぁに?」
「責任取ってね」
星野のやりたい事を分かっていた夜天が亜美の背中をトンッと軽く押す。
「きゃっ!?」
───大気の方へと。
「っ、夜天…」
亜美を抱きとめた大気が夜天を睨む。

「おだんご達が言ってる水野の癒しパワーとやらであと五分で大気を頼む」
「えぇっ///」
亜美は真っ赤になって大気の腕の中で慌てるが、彼はしっかりと亜美を抱きしめる。

「亜美」
「た、た、大気さん///」

クラスが二人のやりとりを見守る。
大気が次の授業もあんな状態だと、彼の席の周りの人は授業が終わる頃にはとても可哀想なことになっていそうなのだ。
現に大気の周りの席の生徒達は机に突っ伏した状態で動かない。
そんな経緯もあり、なんとかできるのならしてくれと願いをこめて見守る。

「離してください///」
「嫌です」
「大気さん///」
「なんですか?」
「ここ教室です///」
「知ってますよ」
「あぅ///」

「あれ…いいのかな?」
「次の授業もさっきみたいなのよりは全然いいと思う」
「きゃーっ!エ・ロ・ス!公開プレイ万歳っ!」
「「美奈子ちゃん!!」」
ひとりはしゃぎながらムービー撮影をして、レイの携帯へと送信する美奈子。

「うぅっ//////」
涙目でほとんど泣きそうになっている亜美を見て、うさぎとまことは別の意味で危ないかもしれないと密かに思った。

(こんなチャンスは滅多にないですからね…
亜美を狙ってるクラスメイトに見せつけるいい機会です)

───ガラリ

「はーい。ちょっと早いけ、ど……何事ぉ?」
六限担当の夏海が教室に一歩踏み込み、驚いたように教室を見回す。

(えーっと…確かこの前の授業は……物理だから足代先生で…
やたら疲れたようなみんなの空気と、足代先生が疲れて職員室に戻ってきてて…
大気君の席の周りの子達が微動だにしない状態と、大気君が水野さんを離すつもりはなさそうなあの感じ…なるほどねぇ…)

夏海はなんとなく状況を把握する。

(まぁ、まだチャイムが鳴っていないからいいけど…
水野さんが泣きそうになってるのはどうすればいいかしら…)

「大気さん/// 先生来たのでもう離してください///」
「亜美」
「はい?」
「“お願い”してください」
「え?」

「星野マズイ!さすがに止めた方がいいよ!」
「だな」
「だめぇっ!!」
「おだんご?」
星野が動こうとしたところを、先にうさぎが行動を起こしていた。
「大気さんダメだよ!」
「月野さん?」
「“お願い亜美ちゃん”を他の人に見られてもいいの!?」

(月野さん“お願い亜美ちゃん”てなに!?)
夏海をはじめとしたクラスにいたほとんどの人が心の中でツッコミを入れた。

うさぎの言葉にハッとした大気が「ダメです!」と、即答する。

「あっぶね…」
「さすがうさぎちゃんだよ…」
「まぁ、あれはねぇ…うん。さすがにちょっとマズイわよねぇ…」
「うん…大気の理性が絶対に切れるだろうからね」

結局、チャイムが鳴ったことで大気は亜美を解放した。
五限の時は凄まじかった大気のオーラは、なりをひそめた。



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