大気×亜美 | ナノ




君の隣 −前編−

「うーん…」
目の前には色とりどりの細長い布状の物がそれはそれはたくさん並んでいた。
「うーん?」
それらを前に亜美は唸っていた。

ぐるりと回ってみたもののなかなかこれと言ったものを決められず、かれこれ一時間は経過している。
(どうしよう……やっぱり決められないわ)
こうなったらどこかカフェでも入って気持ちを落ち着けてからもう一度出直そうかと思った時だった。
「亜美ちゃん?」
ポンと肩を叩かれたのと声をかけられたのはほぼ同時だった。
「え?」
驚いてくるりと振り向くとそこには自分と同じように驚いた表情のレイがいた。

「なるほどねぇ、それであんなところにいたのね」
カラカラとグラスの氷をストローで回しながらレイがくすりと笑った。
「えぇ、まさかこんなところでレイちゃんに会うと思ってなかったから驚いちゃった」
「あたしもよ」
二人が座った窓際の席からは先ほどばったり出会ったショップが見える。
入口には「Father’s day」と書かれた立て看板が掲げられていた。
「それで?」
「え?」
「候補は絞れた?」
「えっと…それが種類がたくさんあってどれがいいのか見れば見るほどわからなくなってきちゃって」
「ふーん」
亜美の言葉にくすっと笑ったレイが周りには聞こえないように少し身を乗り出して声をひそめる。
「大気さんならどんなモノでも似合いそうだもんね?」
「っ!?」
図星を突かれ耳まで真っ赤になる亜美にレイが楽しそうにくすくすと笑った。
「レイちゃん、は」
「え?」
「お父様に何を贈るか決めたの?」
「ネクタイよ」
「一緒ね」
そう言って笑う亜美にレイは内心で苦笑する。
(一緒って…こっちは父親に、なんだけどね)
高校生の恋人への誕生日プレゼントにネクタイって、なかなか選ばないと思うんだけどと思ってから、ふと亜美が大気にはじめて贈ったクリスマスプレゼントは万年筆だと言っていたなと思い出す。
自分達と同学年のはずなのに大人びた雰囲気の大気を思い出し、レイはなるほどと頷く。
スリーライツのシンボルとも言えるカラースーツに、ネクタイは必要不可欠だろうし、それでなくても彼は落ち着いた雰囲気の格好が似合うのだろう。
(ま、大気さんは亜美ちゃんがくれた物ならなんでも喜んでくれるわよね)
レイはそう納得する。

「実は、ね」
亜美が少しだけ言いにくそうに切り出す。
「ネクタイにしようっていうのは結構前に決めて、先週ひとりで違うお店に見に行ったんだけど」
「そうなの?」
「えぇ、その…そこで、お店に入った途端店員さんに『父の日のプレゼントですか?』って聞かれて…」
亜美が「違います」と言う前に店員が売れ筋商品などを勧めて来て戸惑ってしまい、結局「考えて出直します」と逃げるように店を出たのだ。
「それは、大変だったわね…」
「うん…店員さんには悪いと思ったんだけど…」
「そんな事ないわよ」
その店員はおそらく売上げノルマ達成に必死だったのだろうと勝手に結論付けた。

その後、二人でもう一度同じショップに戻りレイは素早く無地のシンプルなものを父の日のプレゼントとして購入することを決め、悩んでいる亜美の買い物に付き合うことにした。
父の日が近いと言っても二人以外の客層は男性ばかりだった。
「うーん…」
なんとか候補を三種類まで絞った亜美だったが、どれにしようか迷っている。
黙って亜美を見守っていたレイがふと店内を見回して何かに気付き「ねぇ、亜美ちゃん」と声をかける。
「なぁに?」
「プレゼントってネクタイだけ?」
「え?そのつもり、だけど」
「予算に余裕があるんなら、あれも一緒にプレゼントするのはどう?」
と、レイが亜美をショーケースのところに連れて行く。
「ネクタイピン?」
「せっかくならセットでプレゼントすればどう?シンプルなネクタイピンなら他のやつにも使えるじゃない?」
レイの言葉に亜美がこくりと頷いた。

「ありがとうございました」
三十分後、店員に見送られた二人の手にはそれぞれショップのロゴの入った袋があった。
「大気さん絶対に喜んでくれるわ」
「レイちゃんのお父様もきっと喜んでくれるわ」
「あ、あたしはいいの。毎年一応贈ってるだけだもの」
プイとそっぽを向くレイに亜美はくすくすと笑う。
「あ、そうだ。あたしちょっと見たい物があったんだけど、亜美ちゃんどうする?もう帰る?」
レイが話を変えようと切り出すと「せっかくだから付き合うわ」とレイの買い物に付き合うことにした。

「レイちゃんいいのあった?」
店内をくるりと見た亜美がシュシュのところで先ほどの自分と同じように悩んでいるレイに声をかけた。
「今日は父の日のプレゼントも買って手持ちもあまりないからこれはまた今度にするわ」
そう言ってレイは白のシュシュを元の位置へと戻す。
「せっかく付き合ってもらったのにごめんね」
「ううん。そんなこと気にしないで」
「亜美ちゃんは何か欲しい物あった?」
「えぇ」
レイは亜美が支払いに行っている間にお手洗いに行くからと店を出た。
亜美が支払いを済ませて店の外に出るとちょうどレイが戻ってきたところだった。
二人はその後近くのカフェに入り他愛のない話をして夕方まで過ごした。

「それじゃあまたね」
「えぇ、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそよ。当日に大気さんにプレゼント渡せるといいわね」
その言葉に照れながらも頷いた亜美に手を振り火川神社へと戻る。
社務所にいた雄一郎にただいまと言ってから部屋に戻ったレイがプレゼントを袋から出してふと覚えのない小さな物が入っていることに気付く。
不思議に思いながら取り出すと――「今日はレイちゃんのおかげでプレゼントを決めることができました。ありがとう」と見覚えのある綺麗な字でそう書かれた水色に黒猫のシルエットのワンポイントのポストイットが貼られていた。

プレゼントラッピングされた袋を開けると買うのをやめた白いシュシュ。
「……やられたわ…」
レイがお手洗いに行く時に亜美がプレゼントだけでもと預かってくれた時にそっと入れられたのだろう。
「あたしに買うなら自分にひとつくらい買えばいいのに…まったく…」
ふぅと小さくため息をつくと亜美に「ありがとう」とメールを打つ。
返すと言っても「あたしは使わないもの」とやんわりと断られるだろうからこの間借りた本の間に図書カードでも忍ばせて返そうと密かに心に決めて送信ボタンを押した。



目次
Top
[*prev] [next#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -