大気×亜美 | ナノ




9.君の名を呼ぶのは

浦和が去った教室で、亜美が静かに泣いていた。
大気はそっと亜美を抱きしめている。

亜美は、浦和の気持ちに気付けずにいた自分にやるせなさを感じていた。

大気はそんな亜美の胸中を理解しながらも、彼女が他の男のために泣くのは、やはりおもしろくはない。

「亜美…もう泣かないでください」
小さな子どもをあやすように、自分の鼓動に合わせて彼女の背中をトントンと叩く。
色々な感情がない交ぜになって、爆発してしまいそうな自分を抑えるためでもある。

「それに、亜美がこうしていつまでも泣いていると、星野達や月野さん達が教室に入りにくそうなので」

教室の外で先程から人の気配を感じる。

彼らがいつからいたのかは分からないが、少なくとも浦和の告白シーンは目撃していたはずだ。



――ガラリ

扉が開き、みんながバツが悪そうに入ってきた。

「…バレて…た?」
星野が頬をひきつらせて言う。

「まぁ、なんとなくバレてそうな気はしてたけど…」
夜天はしれっと言う。

「いっやぁ〜、ドラマみたいだったわ」
美奈子は目を輝かせている。

「美奈子ちゃん…」
まことはどこか呆れたようすだ。

「亜美ちゃん…だいじょー「亜美ちゃん!」ぶっ!?」
うさぎが心配そうに亜美に声をかける合間に、豪快に教室に飛び込んできた人物がいた。
「「レイちゃん!?」」
うさぎとまことが驚き声を揃えて、その人物の名を呼ぶ。

亜美や大気だけでなく、星野や夜天も驚いたようすで目を丸くしている。

その理由は、レイがこの学校の生徒ではないからではない。
ぜぇぜぇと肩で息をするレイの服装は巫女装束だった。

「レイちゃん?そんなカッコでどったの?」
うさぎが心底、不思議そうに聞くと、レイは息を整えながら説明を始める。

「さ、さっき…美奈子ちゃん…から…メールが…あって…」
「なんて書いてあったんだい?」
まことがイヤな予感を覚えつつ聞く。

レイは黙って握りしめていた携帯をズイッと前に差し出す。



『亜美ちゃん貞操のピンチ!至急十番高校にきたれ!』



「なんだ?これ?」
その文面をじっくりと二回は読んだ星野が聞く。

「……」
夜天は呆れ果て、言葉にすらならない。

大気もいつの間にか亜美を解放して、その文面を読みに来ている。

「先ほどの教室内でのやりとりを、いつから見ていたのか詳しくは知りませんが…」
「あー、俺と夜天も大気が終わってから五分くらいで終わったんだよ。まぁ…つまり…」
答えながら、星野が言葉を濁すと、美奈子が妙に嬉しそうに笑いながら続けた。
「大気さんと亜美ちゃんの熱烈なチューシーンからよっ!」
「っ!?」
亜美がその言葉にフリーズする。

「いや……べ、別に覗こうとしたわけじゃないんだよ?入っていけなかっただけで…」
まことがあたふたといいわけをする。

大気は彼らの言葉を聞き、にっこりと笑う。
笑顔は完璧だが、周りのオーラは黒く渦巻いている。

「つまりは、ほぼ全部見た…と?」

それを見た星野と夜天は青ざめる。
「ま、まぁ、お、落ち着けよ大気」
「僕らだって悪気があったわけじゃないんだよ?
ってゆーかいきなりあんな展開になるなんて思ってなかったんだよ!」
夜天がやけに早口で一息に話す。

「そうですか?とりあえず夜天は、愛野さんの携帯から昼休みの分も含めて、動画を消去しておいてくださいね?」
大気の笑みはますます深くなる。

「ギクッ!」
「美奈…」
「な、なーんの事かしらぁ!ホホホ」
一生懸命ごまかそうとする美奈子だが、冷や汗をかき、声は裏返っている。
しかもレイにあんなメールを送っている時点でいいわけにすらなっていない。
「美奈、携帯貸して」
夜天は、右手を美奈子に差し出し、携帯を渡すように言う。

「えぇーっ!せっかくのラブシーンが!」
「愛野さん?消していただけますね?」
なおも、駄々をこねる美奈子に、大気が笑顔のまま美奈子に言う。

それを見た美奈子は、大気のオーラに怯えたように、しゅんと大人しくなり
「は、はい」と、言うと夜天に携帯を渡す。

そんなやりとりをよそに、うさぎとまこととレイは亜美に近づき声をかける。

「亜美ちゃん?」
「大丈夫かい?」
「う、うんっ。だいじょ…ぶ」
亜美はまだ少し涙でうるんだ瞳でうさぎ達を見つめる。

「「「はうっ」」」
三人は、亜美の涙目上目遣いに、同性ながら思わずドキッとする。
「うさぎ?」
「まこちゃん?」
「レイちゃん?」
「今の上目遣いは」
「「反則だよね」」

「どうしたの?みんな?」
亜美は不思議そうに三人を見つめる。



その後ろでは、夜天が美奈子の携帯を操作し動画の消去作業をしている。
「あぁ〜っ…あたしのメモリアルラブがぁ〜っ…」
「これ美奈のじゃなくて水野のメモリアルでしょ?」
「愛のメモリアルは全部あたしのよっ!」
「いや、それ全然意味わかんないよ。はい、終了っ…と」
動画を削除した夜天は美奈子に携帯を返す。

それを見届けた大気は、亜美に近づくと、彼女の髪をくしゃくしゃとなでる。
「帰れますか?」
「はい」
「ほら、みなさんもいつまでも遊んでないで帰りますよ。
火野さんもその格好では目立ちすぎます」
「い、急いでたから着替える余裕なくて…」
「ふふっ。ありがとうレイちゃん」
亜美が笑顔でお礼を言うと、レイはハッと気づいたように美奈子に詰め寄る。

「ちょっと!美奈子ちゃん!お昼休みの動画と言い、さっきのメールと言い、なんなのよ!?」
「動画?」
うさぎがはて?と、首をかしげる。

「まさか美奈…」
夜天がげんなりしつつ頭を抱える。
「もしかして昼休みの“あれ”を火野にメールしたのか?」
星野は驚く。

「それだけじゃないのよ?その…大気さんと亜美ちゃんの……」
レイは言いにくそうにすると、まことがわかったとばかりに大きく頷き、美奈子に呆れた眼差しを向ける。
「美奈子ちゃん…」

「だって!メモリアルの現場をレイちゃんだけが見てないなんて!みんな不公平だと思わないっ!?」
「だからっていくらなんでもメールで送ってこないでよ!飲んでた牛乳思いっきり吹いちゃったじゃない!」
「レイちゃん…そんなお約束ネタ」
うさぎが思わずツッコミをいれる。

「だって仕方ないじゃない!動画開いたらあんなシーンだったんだもの」
彼女たちのやりとりを見ていた大気がそっと口を開く。

「火野さん。そのメール削除しておいてくださいね?」
そう言って“にっこり”と、笑った。
「はっ!はいっ!もちろんですわ!今すぐ消します!」
レイも大気の黒オーラには勝てず、秒速で携帯メールを削除する。
レイは「証拠です」とばかりに、大気に携帯を見せる。

「ありがとうございます」と、丁寧に礼を述べると、教室の鍵を手にし、みんなに外に出るように促す。
ちなみに窓の戸締まりは、うさぎ達が騒いでる間に、星野と夜天の二人が終わらせていた。

大気が鍵をしめ、ついでにこのまま返してくると言い、亜美に「一緒においで」と、言うと、亜美はコクと頷き大気の横に並ぶ。

「それじゃあ、校門出たところで待っててください」
と言って、二人は職員室の方へと歩いて行った。



その後ろ姿を見送ったメンバーは、通用口に向かって歩き出す。

「あーっ!なーんか疲れた」
星野が背伸びをしながら言うと、夜天も深々と頷く。
「抜き打ちよりあとの方が疲れたよ…」
「え〜?そうなの?あたしはすっごく楽しかったけどな」
「ほとんど美奈のせいだよ…」
「ほんとだよ。しかもちゃっかり動画まで撮ってるしさ…」
まことも呆れながら言う。

「でも、消されちゃったじゃない?」
レイが言うと美奈子はにやりと笑う。
「ふっふーん♪あたしがそんなミスをするわけないじゃないっ!」
『は?』
美奈子以外の全員が口を揃える。

「撮ってすぐにSDに保存済みよ!」
「「「美奈子ちゃん」」」
「ぷっ、あははっ!愛野のそーゆー時の行動力すげーな!」
呆れるうさぎ達と違って、星野は感心したように笑う。

「もう僕知らない」
美奈子の隣の夜天は責任を放棄した。

校門についたみんなは話をしながら二人を待つ。
「今日一日でわかったことはっ!」
「美奈がアホの子だってことでしょ?」
「「確かに」」
まこととレイが頷く。
「違うわよ!?大気さんが意外にヤキモチやきで、独占欲が強いってことよ!」
美奈子がそう言うと、うさぎとレイとまことは『なるほど』と、ポンッと手を叩く。
が、星野と夜天が怪訝そうな顔をする。

「お前ら今さら何言ってんだ?」
「そんなのとっくの前からそうだよ」
何やら二人だけが分かっているようすで、うんうん頷き合っていると、そこへ大気と亜美がやってきた。

「お待たせしました」
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら?」
声を揃えて似たようなことを言う二人に、みんなは笑いながら「全然」と言うと、学校をあとにする。



「よーしっ!この後どうする?」
「あたしパフェ食べたい!」
「あたしケーキセット!」
「二人とも、さっき料研であんなに食べたのにまだ食べるの?」
「僕もう帰りたい」
「やだっ!あたし巫女装束っ!」
「コスプレって事にしちゃえばいけるんじゃない?」
「やーよ」
「じゃあ、雄一郎さんに連絡して洋服持ってきてもらえば?」
「なるほど。その手があったわね。うさぎにしては珍しく冴えてるじゃない」
「レイちゃん!『珍しく』は余計よ?」
「あら、そうかしら?」
「なによ!」
「こらこら二人とも道の真ん中で危ないよ」
「あ、そうだ!まこちゃんも浅沼ちゃんに連絡しちゃいなさいよ」
「えぇっ?なんで!?」
「そしたらカップル五組で喫茶デートできるじゃない?」
「あ、美奈子ちゃんそれグッドアイデア!」
「でっしょー?ほらまこちゃん早く早く」
「えっ、いや、でも///」
「もぉ〜っ。照れない照れない」
「じゃ、じゃあ連絡してみるよ…」
まことが携帯を取り出し操作を始める。



「亜美ちゃーん!亜美ちゃんはパフェだよねぇ?」
「亜美ちゃんはあたしと一緒にケーキセットにしよう?」
「亜美ちゃん知ってる?あそこはあんみつもおいしいのよ?」

「うんっ」
うさぎ達が話しかけてきたので亜美は、笑顔で答える。

みんな優しい。
きっと気を遣ってくれている。

みんなを見つめながら、亜美はふわりと笑った。

大気はそんな彼女を愛しそうに見つめる。
とても優しい瞳で。

「亜美」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、彼女の名前を呼ぶ。

「はい」
きちんと自分の声を聞いてくれた事が、うれしい。

「ちょっと呼んでみただけです」
「ふふっ。変な大気さん」
そう言って彼女はまた笑う。

「亜美は何か食べるんですか?」
「うーん…マロンパフェが食べたいです」
「いいですね。私もたまには食べてみましょうか」
「はいっ」





君の名を呼ぶのは…私だけでいい。



――――“亜美”






お読み下さってありがとうございます。
大気さんに「亜美」って呼ばせたくて書いたお話です。

きっと他の男が自分の彼女を、自分と同じ呼び方をされたら面白くないだろうと思って、無印で登場した浦和くんに登場してもらいました。
浦和くん良い人だから『悪い人』にはできなかったです。



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