1.朝の風景
「亜美さん。おはようございます」
「おはようございます。大気さん」
2年3組の朝の教室で大気光と水野亜美の二人は笑顔で朝のあいさつを交わした。
いつものように二人きりの読書の時間。
しかし、今二人が開いているのは、お気に入りの本ではなく亜美のノートだ。
昨日は、スリーライツの三人が仕事で丸一日休んだためだ。
大気のこの作業を見たうさぎや星野は「コピーすればいいのに」と言っていた。
それに対して、大気は「自分の手で書いた方が、頭に入ってくるんです」と答えた。
そんな経緯があり、授業に出られなかった時のノートは、こうして亜美に写させてもらっている。
「いつも助かります」
大気は、亜美の綺麗な文字を目でなぞりながら、自身のノートに書き写していく。
「いえ、あたしにできるのはこれくらいですから///」
大気は、恥ずかしそうに頬を染める亜美に目をやると、くすりと微笑む。
シャーペンを置くと、そっと亜美に手を伸ばす。
ほんのりピンクに染まった頬に手をやると――あつい。
「大気…さん?」
大気は亜美の唇をゆっくりとなぞる。
――大気からのキスの合図――
「〜っ///」
亜美に顔を近づけていくと、彼女はゆっくりと瞳を閉じる。
そのまま二人の唇が重なる――瞬間――廊下で足音が聞こえる。
「!」
亜美が大気からパッと離れた時、教室の扉が開いた。
「……」
いいところを邪魔された大気は怪訝そうに、そちらを振り向く。
(誰だ?)
入ってきた男子生徒は見たことがなかった。
少なくとも、クラスメイトではない。
だが、その男子生徒は教室を間違えたわけではないようだ。
大気と亜美のいる席に近付いてくると声をかけてきた。
「おはよう。亜美さん」
「!」
「おはよう。良くん」
「!?」
亜美とその男子生徒は知り合いのようで挨拶を交わした。
(『亜美さん』?)
その男子生徒は、確かに彼女をそう呼んだ。
『水野さん』ではなく『亜美さん』と。
そしてなにより――
(『良くん』……)
亜美が男子生徒を呼んだ時に衝撃を受けた。
大気は今まで、亜美が同年代の異性を下の名前で呼ぶのを聞いたことがなかった。
彼女は、今まで付き合った男性はいないと言っていた。
なんだかすごく
――胸がざわつく。
自分以外の男が、彼女の“名前”を呼ぶことにも。
彼女が、他の男のことを“名前”で呼ぶことにも。
「――さん?大気さん?」
愛しの彼女の声が自分を呼んでいることに気付いた大気は、ハッと我にかえる。
亜美に目をやると心配そうにこちらを覗きこんでいる。
「どうかしたんですか?」
「少しボーッとしていただけです」
と、言い亜美に微笑む。
「ところで、こちらの方はどなたですか?」
教室に入ってきた男子生徒をチラリと見つめ亜美に聞く。
「昨日から、このクラスに転入してきた『浦和良』くんです」
亜美が言うと、浦和は大気に向かってペコリと頭を下げる。
「あ、どうも。はじめまして。浦和良です。
これからよろしくおねがいします」
大気はスッと席を立ち浦和に向き直り、自身の自己紹介をする。
「大気光です。こちらこそよろしくおねがいします」
大気が右手を差し出すと、浦和も同じように右手を出し、二人は握手を交わす。
大気は少し力を強めて浦和の手を握る。
「っ!」
浦和がハッとした表情で大気を見ると、それに気付いた大気は微笑む――が、それは口元だけで目がまったく笑っていない。
「?」
亜美は不思議そうな表情で二人を見つめている。
浦和との自己紹介を終えた大気は、亜美に微笑むと席に座り、再び彼女のノートを写し始める。
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